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教育

 高校教員室を訪れるのは人生で二度目、と感慨に耽れるわけはない。ただの職員室だ。

 鍵の置き場所はどこか、適当な先生に声を掛けようかと思ったら、覚えがある先生を見つけた。

「ん、あぁ、赤川か。もう部活終わったのか」

「先生こそ、情報部部長さんに呼ばれてたんじゃないんですか」

 吉田先生は吉田先生らしい杜撰な対応をした。僕を横目で睨みつけた後、加えていたタバコを灰皿に押し付けがら手元のノートパソコンなにやらガチャガチャと動かしている。すごいヤンキーっぽいな。

「どうせ部長さんは私に用はないだろうと思ってね。私にも部活の顧問以外にも仕事があるんだよ」

「いいんですかそれで」

「いいんだよ。仕事って言うのは給料分だけこなしてればいいのさ」

 そう言いつつ、先生のパソコンを動かす手は早い。見た目はおっかないが根は真面目、という噂はどうやら本当なのだろう。

「んで、お前は何しに来たんだ」

 あぁ、そうだった。本題を忘れるところだった。

「鍵を返しに来たんですよ。場所が分からなくて」

「鍵は私の後ろにある壁にかけておけば大丈夫だ。指定の場所にかけといてくれ」

「りょーかいです」

 えーっと、第三会議室は…、と、あったあった。赤いテープの貼ってある鍵の隣。覚えた。

「ちなみに隣にある赤いテープの貼ってある鍵は女子更衣室の鍵だ。覚えとけよ」

「どういう意味ですか!」

「職員室で騒ぐな」

 あ、はい、ごめんなさい。……っていやいやいやそうじゃなくて。

「なんで覚えておく必要があるんですか」

「んぁ? そりゃお前……女子更衣室の鍵手に入れたら女子の生着替え見放題だぞ。私物下着リコーダーの口つける部分取り放題だぞ」

「私はそんなことしませんし、だいたい女子更衣室にリコーダーがあるわけないでしょう」

 僕の記憶が正しければ女子更衣室と音楽室は離れているはずだ。

「ふむ。巷では恋愛どころか女にも興味を示さなくなる『悟り系男子』が流行ってるそうだが、君もそうなのか」

「違います。僕は悟りを開く気ないです」

「なんだ、じゃあ男の方が良いのか。ならその隣にある緑の鍵を持ってけ。それは男子更衣室の鍵だ」

「なんでそうなるんですか!」

 僕は同性愛に目覚めた覚えはない。……とりあえず今の所は。

「ふむ。だが恋愛は若いうちにしておいた方が良い。歳を取ると恋愛どころじゃなくなるからな。私からのありがたい教えだ」

 なんか吉田先生がそれ言うと言葉に重みがあるな。噂によれば先月合コンで盛大に爆死したらしいし。

「今君はとてつもなく失礼なことを考えているだろう」

「ソンナコトハアリマセンヨ」

 生徒の心を読むことができるのは教師をする上で重要なスキルだろうが今それを発動しないでくださいな。

「はぁ……、君は嘘が下手だな」

「私くらい清純な人はいませんよ」

「ふぅん? 清純な割には岩木と何か因縁がありそうな顔をしていたな?」

「……ハッハッハッ、ナンニモアリマセンヨ」

 なんでわかるんだこの先生。

「やはり君は嘘が下手だな」

「気を付けますよ」

 先生にばれないように。

「最近岩木の様子が変なのも、君のせいなのか?」

 先生の語気が強くなった。怖い。ヤンキー怖い。

「べ、別になにもしてないです」

 これは本当だ。むしろ被害者は僕だ。

「ふぅん……? まぁ、今は信じることにしよう」

 僕のいったことが嘘じゃないと分かると、先生は潔く引き下がった。

「だが、岩木は最近本当に調子が悪いみたいだ。今日の部活についても、部長が早退させたらしいからな」

「そうなんですか?」

「うむ、まぁ、今日は元々部活動は早めに終わらせる予定だったから、別に早退させてもさして問題はないがね。だから君も彼女に気を使って……やらなくてもいいか。君には無理だろうし」

「どういう意味ですか」

 確かに僕は女子の扱い方には慣れてないけどさ。

「最低でも彼女の心身をさらに抉るようなことはやめろよ?」 

「あ、はい」

 ごめんなさい先生、それはもうやりました。葵さんが。

 そんな心を読み取ったのか、先生は深くため息を吐いた。

「はぁ……、まぁいい。問題を大きくしなければ私としては別に構わんさ。それに、私は忙しいんだ。さっさと帰りたまえ。タバコを思い切り吸えないだろうが」

「そんなに吸いたければ喫煙室で吸えばいいんじゃ……」

「喫煙室に行ったらサボりたくなるだろ」

 あー……なんとなくわかる気がする。一度休憩取ると集中力途切れちゃうんだよね。先生が何か真剣に仕事してるのに喫煙室に行ったら集中力が途切れて給料分の仕事ができなくなるということだろう。よし、盛大に邪魔してやろう。鍵云々の仕返しだ。

「そう言えば先生何やってるんですか? さっきからガチャガチャと」

「あ? ……あぁ、プリント。あいつ専用の」

「あいつ……って椿さん?」

「そう。あいつの点字プリントを作るのが私の仕事だ」

「え? 先生点字が分かるんですか」

「わからん」

「わからないのに点字プリントって作れるもんですか?」

 第一点字ってパソコンでどうやって書くんだ。

「世の中便利だからな、専用のソフトがごろごろ転がってるのさ。信用できる機関が無料で公開してたりもする」

 へぇ……。インターネットは偉大なんだなと改めて思い知らされる。

 先生のパソコンを少し覗いてみると、確かに日本語の文章が点字に翻訳されていた。ちなみにこういう作業を「点訳」と呼ぶそうだ。

「君たちの世代だと点字は理解できるんじゃないか? 最近はゲームの謎解きにも点字が使われているらしいからな」

「らしいですね。僕はそのゲームやったことないんでわからないですけど」

 意外と点字ってロマンあるよなぁ。「限られた者しか読めない幻の文字! 解読書を片手に点字を解読するとそこには……!」って感じで。

「んで、この点訳したファイルを専用のプリンターで印刷すると、あいつにも理解できるプリントが完成、と言うわけだ」

「便利な世の中になったものですね」

 昔の事情を知っているわけではないけど、こういう便利ことになったのは最近なんじゃないだろうか。

「まったくだ。と言ってもこれは万能じゃないよ。私たちは点字が読めないから見直しができないし、プリンターは高いし五月蠅いし」

「五月蠅い……のはなんとなく理解できますけど、高いんですか?」

「高いね」

「どれくらい?」

「物によるが、私の給料一、二ヶ月分くらいだな。高い物だとさらに桁がひとつ多くなる」

 ……うわぁ。

「こういうのって結構高いんですね」

「まぁな。需要がないからだろう。左利き用の文房具が普通のより高値なのと一緒さ」

「こんな高い物買うなんてこの学校大丈夫なんですか?」

 視覚障害者の生徒に必要な道具がこれだけで済むとは到底思えないが。

「危ないという話は聞かない、今のところはね」

 まぁ、校舎を新築するくらいには財務には余裕あるだろうから大丈夫だろう、けど……。

「貧乏学校じゃ無理ですよね、こういうの買うのって」

「そうだな。だから盲学校――いや、正確には『特別支援学校』だな――に通わせた方が、社会全体としては効率がいいのさ」

「なんか生臭い話ですね」

「仕方ないさ。実際、今度いつ来るかわからない視覚障害者のために金や人をポンポン出せる学校なんて少ないと思うよ。それに……」

「それに?」

「……ん、いや、なんでもない。忘れてくれ」

 吉田先生にしては珍しく言葉を濁した。言うことはキッパリ言うタイプだと思っていたのだが。

「さて、もう君は帰りたまえ。用は済んだはずだ。私も仕事の続きがしたいんだ」

「……はい、そうします」

 僕は少し釈然としない気分のまま、職員室から退出した。


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