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顧問

「吉田先生」

「やあ椿、元気にやってるかな?」

「はい、そこそこ元気にやってます。先生の方こそ、情報部の方は大丈夫なのですか?」

「みんなそこそこ元気にやってるわよ」

 吉田先生というのは情報の先生にして情報部顧問だが……え、なんでここに? と、僕が首を傾げていると葵さんが補足してくれた。

「吉田先生は文学部顧問でもあるんだよ。掛け持ちしてるの」

 先生でも部活の掛け持ちってするんだ……。まぁ、この文学部は総勢六人の弱小部だからさしたる問題はないのだろうが。

「ん? この子が例の新入部員?」

「……一応」

 一応ってなんだ一応って。ちゃんと入部届は出したよ?

「確か一年F組の赤川だったな。よくもまぁこんな酔狂な部活を選んだものだね」

 酔狂って自分で言っちゃうのか。

「まぁ、成り行きで」

 まぁ実際、あんなことがなければココにはいないだろう。そして情報部あたりに入部してかもしれない。ほら、パソコンって生きる上での必須スキルだし。それになんか楽そうだ。

「ふぅん……? まぁ、ちゃんと参加してくれれば私は文句言わないよ。分かってると思うけど幽霊になるのは禁止だぞ?」

「わかってますよ」

「よろしい。……まぁ、どうやらわかってない部員もいるようだが」

 とそこで吉田先生は大きなため息を吐いた。わかってない部員? 話の流れからすると幽霊になってる部員ってことか。えー、と……つまり残りの三人か?

「部長たちは塾だそうですよ」

 と、補足したのは椿さん。そう言えば三年生って言ってたな。三年ともなれば受験準備で忙しくもなるだろう。と、僕は納得したのだが。

「あいつらがそんな勉強熱心だとは知らなかったね。第一、あいつらの志望校は三島だよ? 勉強せずとも普通に高校生活送ってれば、そのうち合格通知書が家に届くだろうよ」

 教え子をボロクソに言う人だな。実際厳しいと評判の先生だが、それは生徒を愛するが故の行動である、らしい。吉田先生の授業はまだ一回しか受けてないからその辺のことはわからないが。ちなみに吉田先生は独身でヘビースモーカー。年齢不詳。噂によると、誰かが「年齢を教えてほしい」と言ったときは真顔で「永遠の二十歳」と答えたそうだ。十八歳ではなく二十歳なのは酒とタバコのせいだろうな。どっちにせよドン引きだが。

「では確認しますか? 電話なり家庭訪問なりして」

「そこまで私は仕事熱心じゃないよ。今日はちょっとお前に用があったからついでに視察に来た、それだけさ」

 吉田先生が椿さんに用事? なんだろうか。授業に関すること? 確かに椿さんは情報の授業は全盲であることを考慮して、僕たちと違うカリキュラムが組まれてるようだ。

「情報の授業のことですか? それなら今のところ問題ありませんが」

「そうか、それはよかった。まぁそれが本題じゃないがね。プリントの方さ」

 プリント? なんの?

「点字はちゃんと印字されているかい?」

「はい。大丈夫です。問題ありません。欲を言えば図や表などをもっとわかりやすく書いてくれた方が読み取りやすいのですが」

「無茶を言わないでくれ。私も手探りなんだ」

「わかってますよ。お忙しいでしょうに、いつもありがとうございます」

 そう言うと、彼女はほんのりと笑った。彼女が笑った顔を見るのは初めてだ。横からだったが。

 というか話が見えないんだけど。何の話をしてるんだ。そういう思いが伝わったのか、あるいは表情を読み取られたのか、葵さんが説明してくれた。

「吉田先生はね、お姉ちゃんの補助教員なの」

 

 補助教員、もしくは教員補助員。仕事は読んで字のごとく、教員の補助だ。

「視覚障害者に対しては特別な配慮が必要だ、というのは君もわかるだろう? 例えば、椿が一人で校舎を歩くのは大変なことだ。階段もあるし、場所によっては段差もある。そういう時の介助をするのが私の役目だ。まぁ、椿の場合は葵がいるから私はその辺の事を全部丸投げしてはいるがね」

「先生、仕事して」

「してるさ。君たちの見てないところでね。椿専用の点字プリントを毎日作っているのは私だぞ? もっと感謝してくれてもいいだろうに」

「感謝してますよ。心から」

「無表情で言われてもなぁ……」

 ようやく話が見えてきた。そして納得した。やっぱりこの人は教育熱心なのだろう。ところどころ適当だけど。

「ま、特に何も問題ないようだし、私はそろそろ情報部に戻って……」

 と、吉田先生が第三会議室から出ようとドアノブに手をかけた時、

「あのー……吉田先生っていらっしゃいま……あっ」

 第三会議室を訪れた彼女が「あっ」言ったのは、果たして吉田先生を見つけたからなのか、それとも僕がいたからなのだろうか。

「あっあっ、ひぃっ」

 後者だろうなぁ……。



 今日は人生で最悪の一日になった。

 なんで例の人がここにいるんですか。もしかして部長、私がこのことで悩んでるの知ってたんじゃ。私に嫌がらせするためにわざわざ私に先生を呼ばせたんじゃ。そうにちがいない。あの部長ならやりかねない。きっと忙しいとか相談とかは嘘なんだ。

はぁ……早く帰りたい。いや、帰ろう。許可は取ってある。そう、思っていたのだけど。




「あぁ、岩木か。どうしたこんな辺鄙なとこに来て」

「辺鄙って……」

「廃部寸前なんだから辺鄙で大丈夫だろ。で、岩木はどうした」

 先生にそう問われた岩木さんはようやく状況が呑み込めたのか、それとも諦めたのか、おずおずと喋り出した。

「あの……部長が呼んでました。相談事があるとか、ないとか」

「どっちだよ」

 先生はひどく面倒そうな顔をしている。まるで不良だ。どっちが生徒だかわからない。

「第一『あの』部長が私に相談なんてあるはずがないよ。飄々としてるが一応部長だからな。それなりに優秀な女だ」

「え、情報部の部長さんって女子なんですか?」

 情報部なんてガリガリに痩せた眼鏡男子が部長を務めるもんだという偏見を持っていたがそうでもないのか? そんな疑問に答えてくれたのは葵さん。

「そうだよー。情報部の部長さんはね、確か二年生の……えーっと、ナントカって人で」

「あ、竹石カラナです」

「そうそう、竹石先輩。有名な人だよ」

「有名なのに葵は名前を忘れてたのね」

「お姉ちゃんの知って通り私は物覚えが悪いですゆえ」

 学校で有名(?)な情報部女子部長竹石カラナ。

葵さん曰く「リア充を絵に描いたような存在」らしい。なるほど。仲良くなれそうにないな。

と言っても葵さん自体も「リア充を絵に描いた(略)」みたいな感じなのだが。

「私もねー、中学の頃にもちょっとだけ見たことあるよ。窓側の席で、友達と優雅に会話してたの。その顔がすっごく美少女! って感じだったからよく覚えてるよ」

 それなのに名前は覚えてなかったのか……。

「で、先生はどうするんですか? 情報部の方がメインなんですから、戻った方が良いのでは?」

「そうしたいのは山々だが、竹石が私を呼びつけるときはだいたい仕事の話だ。私は行きたくないね」

「先生仕事してください」

「してるさ。君の補助という仕事をね」

「今は必要ないです」

 椿さんはそうバッサリと切り捨てる。先生相手でも容赦のない人だ。

「……先生思いの生徒を持てて私は幸せだよ。仕方ない。愛する情報部員の為だ。私はそっちに戻るよ。あとはよろしく頼むよ。鍵とかな」

「大丈夫ですよ」

 先生は椿さんの言葉を確認すると、そのまま第三会議室から去って行った。

 そして今ここに残ってるのは四人。僕、椿さん、葵さん、そして岩木さん。

 第三会議室には僕が入部して以来最大の気まずい雰囲気が充満していた。と言っても入部してからまだそんなに日は経っていないが。

 気まずさの原因は岩木さんだ。完全に部室から出るタイミングを逸してしまい、なおかつ同じクラスで何かと因縁のある僕を前にして黙って出ていくことはできない……と言う感じの顔をしていた。

 さて、どうしようか。

「……あのっ」

 僕が迷っているうちに行動したのは葵さんだった。さすが文学部きってのムードメーカーである。この気まずい雰囲気をどうにかしようといち早く動いたのだろう。たぶん。

「岩木さん、私たちと同じクラスだよね。あんまりお話した事ないけど」

「は、はい、そう、です」

「それで赤川くんとは浅からぬ因縁があるらしいけど」

 えっ? それ言っちゃうの? ダメじゃない? 

 ほら、だって岩木さんの顔どんどん青くなってるよ? 大丈夫?

「ひっ、あ、あの、えっと、そ、その」

 大丈夫じゃない、大問題だ。

 一方その頃の椿さんは平然とした顔をしている。というか耳にはイヤホンをしている。なんというか完全に「私はこの件は一切関知しませんよ」という風な態度だ。ちょっと頼りにしていたのに!

「あのさ、岩木さんはなんで盗んじゃったの?」

 その件に関しては僕も非常に気になることなんだけど、やめよ? なんか部室が取調室みたいなことになってるから。

「あの、あのそのっ、それは」

 岩木さん、若干過呼吸になってきちゃってるよ。やめてあげなよ。

「わ、私、あのっ、用があるのでこれで失礼しましゅっ!」

 彼女はそう告げると一目散に第三会議室から逃げ出した。うん、仕方ないね。僕でも逃げるよ。

 葵さんの方に向き直ると、彼女は頭上に「?」を浮かべていた。葵さん、もしかしてコミュ障なの……?

「仲良くなれると思ったんだけどなぁ」

 なれる要素がなかったですよ奥さん。

「あんなこと言ったら誰だって逃げるよ」

「私は別に赤川くんと違って脅すつもりはなかったよ」

「僕は別に脅してないよ」

 なんで脅したことになってるの。

「私ろいう存在を仲介して赤川くんとの関係が修復されたらなぁ、って思ったんだけど」

「思った結果がアレですか」

「アレです」

 どうしてそうなった。

 うーん……でもどうしよう。

 無論この問題は別段深く悩むようなことではないとは思う。岩木さんとは例の財布の件がなければきっとそんなに関わりもなく終わると思うし。

でもなぁ、岩木さんにとっては大問題だろうなぁ。なんせ僕に「脅されてる」らしいから相当なストレスになってるはずだ。

「まぁ悩んだところで仕方ないでしょう」

 いつの間にかイヤホンを外して帰る支度をはじめていた。今回の彼女は関係ないふりして意外と協力的だ。

「どうせ私たちには関係ないもの」

 前言撤回。やはり彼女は冷たい。

「じゃあ今日の部活はこれまでだね! 解散!」

 葵さんの一言によって今日は解散が決定した。ちなみにこの文学部の活動の終了宣言は渡良瀬姉妹が握っている。まぁ僕は別にいいけどね。新人だし。家に帰っても暇だし。

「あ、そうだ。今日はあなたが部室の鍵を返して来なさい」

「え?」

 この部室の鍵の管理は部長がしているのだが、生憎その部長は新年度一度も顔を出していないので渡良瀬姉妹が代行している。

「赤川くんもこの部活の一員なんだから鍵の場所くらいはわかってもらわないと」

 そういうことね。

「わかった。高校教員室だっけ?」

「そうだよ、具体的な場所は先生に聞けば分かると思うから」

「うん、ありがと。じゃあ、また明日」

「明日は土曜日だから部活はないよ?」

「あ、そうだっけ……?」

 そう言えば土曜日は一部の体育会系の部活を除いて部活動はないんだっけか。

「でもクラスは同じだから結局会うよね」

「ふふ、まぁね」

「んじゃ、また明日、もしくはまた来週」

「うん。またらいしゅー!」

「ちゃんと忘れずに返してきてくださいね」

「大丈夫だよ」


 小学生じゃあるまいし。

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