解決
僕が文学部部室に戻ると、椿さんはイヤホンを耳に読書をしていた。
いや、厳密には読んではいないのだから「聴書」とでも言った方が良いのだろうか。
僕が戻ったことを気配で感じたのか、椿さんはイヤホンを耳から外して聞いてきた。
「で、財布は取り返せたの?」
「うん。見つかったよ」
僕はそう返した。取り返したのではなく「見つかった」と言った。
彼女もそのニュアンスの違いに気付いたのかしばらく間をおいてから
「……そう」
と、短く答えただけだった。
一緒にいた葵さんは首を傾げていたけど、深く追及することはなかった。
「でもよくわかったね。目が見えないのに」
「目だけが真実を映すものではないもの。それに、あれでわからない方が変よ」
確かにすごく単純な事件ではあったけどそこまでバカにされるようなことなのだろうか。
「何かお礼しなきゃね」
「礼には及ばないわ。何もしてないもの」
確かに僕は財布を間抜けにも落としただけ、ということにはなっているが
「そういう訳にもいかないでしょ」
それで何もしない、というのは僕の安い矜持が許さない。
「あ、それじゃあさ!」
だが僕の提案に反応したのは本当に何もしてない(と思う)葵さんだった。何をさせる気だ。
「文学部に入部して!」
「へ?」
なんで?
「ここ、部員少ないから!」
葵さん曰く、この学校で部活と認められるには四人以上の部員が必要だそうだ。
それ以下の場合は同好会という扱いになる。同好会には部室は与えられないし生徒会に予算請求しても「四人以上じゃない部活が何言ってんだ」と蹴られる。
文化祭での出展に関しても「同好会」でひとくくりにされて人通りの少なくてちょっと狭いどこぞの部屋に十を超える同好会が押し込められる。
だから四人以上を集めるのに弱小部活は必死になるのだ。
ちなみに幽霊部員は生徒会の無駄な勤労意欲による抜き打ちチェックや顧問からの告発等によって名簿から抹消される。
つまり「文学部に入る=これから毎日部活しようぜ?」という提案をたった今されたというわけだ。めんどくせぇ……。
ん?
「今ここに部室があるってことは部活として認められているってことだよね? じゃあなんで僕を誘う必要があるの?」
「あっ……えーとね」
もしかして今理由考えてる?
「あ、そうだ。部員は私たち姉妹含めて五人なんだけど、そのうち三人は三年生なの! 今年で卒業しちゃうから、四人割っちゃうから!」
という訳らしい。若干日本語が変なことを除けば一応筋は通っている……のか?
でも僕をここで部活に入れたところで三年生が卒業したら四人割るじゃん。
と、ここで椿さんからの強烈な一言。
「あとこの学校、部活は強制参加ですよ」
なん……だと……? 部活強制参加で幽霊部員禁止ってきついなぁ……。
いずれどこかに入らなければならないのなら、ここで文学部に入っても良いだろう。
でもやっぱり本読まないとダメなのかしら。今から夏目漱石だとか芥川龍之介の本を図書室から借りないといけないかなぁ……。
「別にここは難しいことするわけじゃないよ! 私も本なんて全然読まないし! 先輩たちもあまり本読まないみたいだし!」
なんだと。
「え、じゃあここって何する部活?」
「……さぁ?」
いいのかそれで。
「で、結局どうするの?」
葵さんは上目遣いでそう尋ねてきた。うぅ……その目は反則でしょうよ……。
これが、僕が文学部に入部した経緯である。
次回投稿は未定です