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かあさんと263人のうそ

作者: こま

 僕には母さんがいる。おとうともいる。今の所、247人。おとうとの母さんも、僕の母さんと同じ母さんだ。1人の母さんと僕と247人のおとうと。

 母さんはうそをつく。母さんが1つうそをつくと、1人、おとうとが生まれる。

 少なくともこれまでに247回、母さんはうそをついていることになる。でも、母さんはうそをつくのが下手だ。聞いているみんなが(ああうそだな。)とわかってしまううそをつく。


 例えばさっきぼんやりしていてナベを焦がした。

 別に何てことないのに母さんは失敗がきらいだ。だから失敗をかくすのにうそをつく。

 失敗に気付くと母さんはまず、みけんをつまんでしわをつくる。それから肩をちょっと下げて、少し下の方をみつめる。準備ができたら、深呼吸を1回してぽつりという。

「あのね、百ひこ。」

 ナベをのぞき込んで母さんは話しかける。

「かっぱが来たの。」

「かっぱ?」

 うん、とナベに母さんはうなずく。本当は、僕はナベの中にいるのかもしれない。

「かっぱがたくさんやって来てね、らっぱ吹いてね、こう、頭のお皿をたいこにしているのもいたわ。かっぱっぱ、かっぱっぱって、楽しそうでね。」

 母さんの目がいつもの2倍の大きさになる。目の中でかっぱがかっぱっぱといいだしそうだ。みけんのしわは消えて、だんだん早口になってくる。

「かっぱかっぱ、いっしょにかっぱっぱおどりをしませんかってらっぱかっぱがいってきたの。

 あんまり楽しそうだから母さんもかっぱかっぱかっぱっぱっぱっておどってたら

 ……ナベがこんな風になっていたの。」

 母さんはほぅっと息をはく。ほっぺが赤くなっている。

「でもうそなんだよね。」

 ナベの中から僕はつぶやく。声がおぉんと何度もひびく。

「そうなのよねぇ。本当だったら良かったんだけど、うそなんだわ。」

 母さんはあっさりうそという。そしてくっくと笑う。

 うそついてごめんと笑いながらいう。僕もつられて笑ってしまう。

 くっくっくっく あっはっはっ はははは

 笑い声が1つ、2つ。3つになる。いつのまにかおとうとが1人増えている。

 248つ目のうそ。248人目のおとうと。


 母さんはまだ笑いながら248人目の頭をなでた。僕には、おとうとができるとやらないといけないことがある。

 おとうとに名前をあげること。

 重要な仕事だと思う。

 変な名前をつけるとあとでおとうとが文句をいうと思うし、僕だったら変な名前をつけられたらいやだ。

 失敗できないし、本当は母さんに任せたい。けれど134人目のおとうとの時、母さんに名前をつけてもらおうとしたら

「母さんがもし名前をつけるのを失敗したら、またそこでうそをついてしまうと思うわ。

 そしたらおとうとがもう1人生まれてしまって、

 そのおとうとにも名前をつけるのを失敗したらおとうとがまた生まれてっていう風にもっとたくさんおとうとが増えてしまうわね。」

 といって母さんは笑ってた。

 おとうとが増えるのはいやじゃない。だけど増えてばっかりはいやだ。だからみんな僕がつけている。


 247人も名前をつけているから、僕は名前つけのプロだ。

 おとうとの目をぎゅっとのぞき込むと名前が浮かんでくる。248人目のおとうとの目の中にはかっぱがいた。かっぱはおどりながら僕にいった。

「かっぱたろうがいいかっぱ。」

 だめだ。かっぱたろうはかわいそう。僕はかっぱのお皿を見つめた。お皿の中に僕がうつっている。

 かっぱの中の僕はこまっていた。

「こまった、こあった、こあったこーた。」

 あ、それいいや。僕とかっぱの中の僕は目を見合わせた。

 僕とかっぱの中にいる僕の目の中の僕が声を合わせた。

「こーた!」

 248人目のおとうとはコウタになった。


 *


 僕と母さんとおとうとが住んでいる「関川グランドコーポ」の208の部屋は、けっこうせまい。台所とお風呂とトイレとその他に部屋が2つ。それからベランダが1つ。

 そこに、僕と母さんとおとうとが255人(かっぱのうそのあと、母さんは7回うそをついた)の257人が住むのは大変だ。

 今まではお風呂やベランダを使ったり、天井からぶら下がったりして何とかしてたけど、もうぎゅうぎゅうでみんなくったりしていた。そこで母さんは255人のおとうとにいった。

「ごめんね。部屋がせまいから、小さくなってちょうだい。」

 おとうとたちは、ほっぺをふくらまして母さんにしがみついた。

 母さんは見えなくなってしまった。

「ぼく大きくなりたい。」

 おとうとたちのかたまりの中から笑いながら母さんがてい案した。

「ごめんね。小さくなってくれたらその代わりに好きな所を1か所ずつ自分の場所にしていいわよ。」

 255人のおとうとは自分の場所をさがし始めた。金魚ばちの中、TV画面、時計の文字ばん、小さくなると案外場所はみつかる。

 僕はカレーナベを取り合ってけんかしているおとうとを仲直りさせたり、どこにしようか困っているおとうとといっしょに場所を探してあげたりしていた。

 コウタは母さんの赤いカサの間に入り込んだ。2時間位かかってやっとみんな場所をみつけた。


 部屋はおとうとたちが小さくなった分広くなった。僕と母さんの2人しかこの部屋に住んでないみたい。

「ろくろう。」

 僕は呼びかけてみた。ろくろうは僕と1番仲のいいおとうとだ。

「なあに、お兄ちゃん。」

「ろくろうはどこに行ったの?」

 カタンと音がした。おもちゃ箱からさいころが1つころがってきた。

「ここだよぅ。」

 さいころを1つつまみあげ、探してみた。ろくろうは6の目の間にいた。

「これじゃ7になっちゃうよ。」

 僕がいうとろくろうはぷぷぷぅと笑った。そしてさいころの中から叫んだ。

「ふうたーどこぉ。」

 笑いながらいったのでぷぷたぁに聞こえた。

「ここだよぅ。」

 ふうたは使っていない方のラジカセの中にいた。

 今度はふうたがサクタロウを呼んだ。

「ここだよぅ。」 「ここだよぅ。」

    「ここだよぅ。」

 部屋は「ここだよぅ。」でいっぱいになった。

 


 洗たくものをすました母さんがベランダから僕を呼んだ。

「百ひこ。みんなを集めてきて。」

 ここの所ずっと雨が降り続いていた。

 きちんと洗たくできなった母さんは、やっと晴れたのを確認すると、すごいいきおいで265人分の(雨の間におとうとは263人になった)洗たくものでベランダ中をおおいつくしてしまった。

 母さんの声は洗たくものに吸い込まれてほとんど聞こえない。

「今日はこの1年で1番天気がいい日だわ。」

 母さんが僕の横に立っていた。僕は聞こえないふりをした。

「みんなを屋上につれてきてね。」

 僕の目の前で僕の目の中を見て母さんはいった。僕は、おとうとたちを集めて部屋を出てエレベータに乗った。

 6階までのぼると後は階段だ。1段2段3段…。僕はろくろうをズボンのポケットにかくして、上からおさえた。

 ろくろうはふがふがいっていたがそのままのぼっていった。屋上のとびらは開いていてかあさんが待っていた。

「みんな(―ろくろう)つれてきたよ。」

「ありがとう。」


 母さんは1年に1回、おとうとたちでお手玉をする。

 母さんはおとうとを手のひらにのせると、そっと上にほうり投げ始めた。

 ぽーん ぽーん ぽーん

 おとうとたちはカーブの1番上で両手をぱっとひらいたり、くるくる回ってポーズを決める。

 そして母さんの手の中にもどってきてまたほうり投げられる。

 母さんは器用におとうとを投げていく。飛んでいくおとうとの数はだんだんふえてくる。高さもどんどん高くなっていく。10人、20人、100人、150人…。1メートル、2メートル、3メートル…。

 ぽーん ぽーん ぽーん


 ろくろう以外のおとうと262人全員が空に舞った。母さんが手をぱちんとたたいた。

 その瞬間、262人のおとうとは1人になって落ちてきた。


「あら。」

 母さんがふしぎそうな声を出した。僕と、たまらず出てきたろくろうがのぞき込むと

「おんなの子だわ。」

 母さんは僕とろくろうにおんなの子を見せた。いもうとだ。はじめてのいもうと。


 母さんが笑った。僕とろくろうも笑った。

 262人分のおとうとが集まったいもうとも笑った。


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