第35話二人の思い出の地 中編
二人で泉で生活するとは言っても、お互い初対面な事もあって私とフォルナちゃんの間には微妙な空気が流れていた。
「あの、本当に野宿をするんですか?」
「それ以外ない」
「ほ、ほらフォルナさんには家があるんじゃないんですか? 野宿するより帰った方が……」
「帰りたくない」
「帰りたくないって、どういう事ですか?」
「あそこに私の住む場所はない」
当時の私は彼女の事情を知らなかったので、その言葉の意味が分からなかった。でもそれを聞いて彼女と自分が似たような境遇にいる事に、少しだけ親近感が湧いた。
「実は私も同じようなものなんです」
「同じ?」
「私にはもう帰る場所がないんです。帰ってもまた傷つくだけですから」
「帰りたくない?」
「帰りたくない、という事ではないと思います。いつか帰れたら帰りたいです。でも今は……」
そこまで言ったところで、私はある気配に気がつく。それは明らかに私に向けられた殺気であり、国へと帰れない理由の一つだった。
「フォルナさん、またどこかで会えますか?」
「え?」
「ごめんなさい」
この後私は、フォルナちゃんに危険が及ばないように遠くへと逃げた。全てが終わってもう一度戻った時には彼女の姿はそこにはあらず、その時はもう会えなくなると思っていた。
けど、出会ったのが偶然ではなかったのか私達はこの後何度も会う事になり、そしてお互いの仲を深める事になったんだけど……。
(やっぱり私、寂しいですフォルナちゃん……)
今となってはそれがもう叶わぬ願いだと考えると、私は少しだけ悲しくなった。
■□■□■□
「かえ……で……ん」
遠くから声がする。誰かが俺を呼んでいる。
「カエデさん! 起きてください」
「ん……」
声に誘われて目を開くとそこには俺を見下ろすモカの姿が。後頭部には僅かにぬくもりを感じる。あれ、俺確か気がついたら寝ていてそれで……。
「ようやく目を覚ましてくれましたね、もう夜ですよ」
「もうそんな時間か……。って、そうじゃなくて……」
意識がハッキリしていくにつれて、俺はある事に気がつく。彼女が俺を見下ろしている理由、そして後頭部に感じるこの温もり。ま、まさかとは思うけど……。
「ちょっ、これって、ひ、ひ、膝枕じゃ」
「よく眠れましたか?」
「わ、悪い!」
慌てて体を起こす。勝手に眠って、おまけに膝枕までしてもらうなんてすごく申し訳なくなる。更に彼女は一国の姫なわけだし、これ下手をすると……。
「随分と寝ていましたね、カエデさん」
「つい気持ちよくて……。いや、それよりも今のって」
「膝枕ですけど?」
「そ、それは分かっているけど」
変に勘違いしてしまいそうな事をされドキドキが隠せない俺。今までこういうイベントに遭遇した事がないので、心臓がバクバクしている。
(こういうのって、変に意識しちゃうよな)
「それにしてもカエデさん、もしかして最近寝不足だったりしますか? 随分長いこと眠っていましたし」
「寝不足、なのかな。確かに最近寝付けない日が続いているけど」
「何か悩み事でもあるんですか?」
「まあ色々とな。それよりもう夜遅いに、あまり遅いとルチリアに怒られそうだし帰るか」
まだ起きたてなので寝ぼけていて正確には分からないけど、もうそこそこ遅い時間だろう。これ以上遅いとルチリア達に怒られそうなので、急いで帰らないと。
「ちょっと待ってください」
「ん? どうかしたか?」
「私……まだ帰りたくないです」
「え? でも帰らないと流石に」
「私まだこの場所を離れたくないです」
「モカ……」
最初何の事かと思ったけど、モカは恐らくフォルナとの思い出の地でもあるこの場所からすぐ離れたくないのだろう。けどもう夜も遅いし、どうすれば……。
「そんなに帰りたいんですか? カエデさん」
「いや、そうじゃないけど。皆が心配するだろ」
「そんなのどうだっていいんです」
どうでもいいわけはないのだが、それはあえて口にしない。でも、まあそこまで言うなら一日くらいは、
「って、野宿になるけど大丈夫なのか?」
「私は全く気にしません」
「いや、そこは気にしようよ」
一国の姫なんだし。
結局モカに言われるがまま、俺は一晩を野宿という形でこの泉で過ごす事になった。二人で過ごす夜っルチリアですっかり慣れてはいたけど、相手が変わるとどこか新鮮味を感じる。
「そういえばモカって、野宿とかそんな言葉を知っているけど、誰から教えてもらったんだ?」
ふと思った疑問を彼女に尋ねる。勝手なイメージかもしれないけど、お姫様って箱入り娘な感じがするから、こういう言葉って知らないと思っていた。
「大体の事は城の教育の方に教えてもらいました。けど、それ以上の知識はフォルナちゃんが教えてくれたんです。この島での生き方とかも」
「へえ、あいつがねぇ」
意外といえば意外だけど、そういう優しさが彼女にあってもおかしくはないのかなって俺は思った。普段は無口なところがあったけれど、それでも彼女は……。
「さっきも言ったけど、やっぱり楽しかったのか? あいつと過ごす時間が」
「はい。どこで過ごす時間よりもここが、私にとっては幸せの場所だったんです」
「そっか……」
誰よりも優しかった。だから、こうしてモカにも慕われていたんだろう。俺も……彼女の優しさがなければあの時、生き残れなかった。だから……。
「辛いよな、やっぱり」
「辛いです」
彼女を失った悲しみは、未だに残り続けているのかもしれない。




