10.~天使だって怒る時は怒る~
親方っ、空から~!
「小僧! おめぇこんな所に何しにきてんだぁ? ここは子供の来るような場所じゃねぇんだぞ!」
ティファニアと二人で受付カウンターの前に立っていたら、見ず知らずのおじさんに声を掛けられた。
しかも明らかに酔っ払っていて、顔を赤くしていて体がふらついてる。
こんな火の高い内からお酒飲んでるのか。
「おうおう、なに無視してくれてんだ? よぉよぉ~」
「いや、今人を待っているんですよ。このギルドで登録しようと思って」
「あぁん!? おめぇみたいな小僧がかぁ? 冗談いってんじゃねぇよ! ぎゃははははっ」
酔っ払いのおじさんは腹を抱えて笑った。
大声を出して床をガンガンと踏みつける度に、腰にぶら下げていた剣がカチャカチャと鳴っている。
明らかに周りの迷惑になるような行為だったけど、ギルドの従業員の人達は迷惑そうな顔をしただけでなぜか注意しない。
周りの冒険者風の大人達も同じだった。
「あの~、周りの迷惑になりますから、もう少し声を抑えた方が」
「ぎゃははは、………はぁ~? なんだよ、小僧。俺に文句言おうってか」
僕が見かねて注意した途端、おじさんはさっきまで笑っていたのが嘘のように真顔になって、低い声と睨むような目で僕を見てきた。
この目、知ってるぞ。
時々両親に襲いかかってきてた人達とか、街中で僕に絡んでくる不良の人達と同じ目だ。
「俺を誰だと思って、――んぉ?」
「―――」
それまで黙っていたティファニアが音もなく動いて、おじさんと僕の間に体を滑り込ませた。
おじさんは目の前に現れたティファニアのことを見て、目を見開いて驚いたようだ。
「こいつぁすげー美人じゃねぇか。あんた、この小僧の知り合いかよ」
「この方は私の主です。主に絡むのは止めて頂けませんか」
ティファニアはどうやら僕を守ろうとしてくれたみたいだ。
けど、僕だっていちおう男なんだ。
女の人に守ってもらうのはなんだか心がモヤモヤする。
「へぇ~、なるほどねぇ~」
おじさんはティファニアの足先から頭の頂点まで、ジロジロと商品を見定めるようにニヤニヤしながら眺めて、唐突にこう言い出した。
「んじゃああんた、俺の奴隷になれ。小僧なんかの奴隷にあんたはもったいねぇ。俺がちゃんと使ってやるよ」
気持ち悪い笑い方をしながらそう言った。
その間もティファニアのことを舐めるような視線で見ていた。
……ああ、こいつは最低の部類に入る奴だ。
俺がこの世で一番嫌いなタイプ。
「俺の奴隷になるなら、今その小僧がした俺への無礼も許してやろう。どうすr『お断りだ』―――あ゛?」
男は自分の話を途中で遮った人物に目を向ける。
そう、俺の方へ。
「俺の耳がおかしくなったか? 小僧、今なんつったよ」
「お断りだって言ったんだよ。歳で耳が遠くなってるのかおっさん?」
「い、良い度胸っ、してんじゃねぇ、かっ」
おっさんは今度は酒に酔ってではなく、怒りで顔を真っ赤に染めた。
その様子を見て今まで周りで静観していた人達は、
「おい、あいつケリーさんに喧嘩売ったぞ」
「可愛そうに……あれは死んだな」
「巻き添え喰う前にずらかろうぜ」
「ケリーは態度こそ悪いけど、このギルドでもトップクラスの実力があるからな」
「ちょっと誰か、あの男の子を助けてあげなさいよ」
「無茶言っちゃ駄目よ。今まで何人の冒険者があの人の餌食になったか知らないの?」
「ギルド長も会合でいないって時に……こんな時にあの人がいてくれたら」
――と、それぞれいろんな反応を見せているが、仲裁に入ろうという人はいないようだった。
というか、このおっさん結構強い人だったのか。
余計に嫌いなタイプだな。
『力がある奴には責任がある』って近所の柔道有段者のおじいちゃんが言ってた。
クサイ台詞だけど、聞いたその時はその通りだと思ったもんだ。
「いいぜ、餓鬼の教育は大人の仕事だ。俺が目上の人に対する態度ってもんを教えてやるよ!」
オッサンは怒鳴り声を上げていきなり剣を抜いた。
「キャーー!」
突然のその行動に驚いて、カウンター内にいた奥へ向かった女性とは別の女性従業員が、女性特有の甲高い悲鳴を上げる。
それと同時に、俺達の近くにいた人も待避していて、いつの間にか俺達三人を中心にぽっかりと空間が出来ていた。
「おらっ! テメェも構えやがれ!」
おっさんは完全に戦闘モードに入っているようで、唾をまき散らしながら喚いた。
しかもその唾が俺の方にも飛んで来て、頬に数滴ひっかかった。
気持ち悪いったらありゃしない。
「――主、私に任せてもらえませんか」
「? ティファニア?」
「主に対する失礼の数々……我慢しようと努力していましたが、もう限界です」
ティファニアは笑っていた。
天使という名にふさわしい微笑みだったけど―――。
「ちっ、ちんたらしやがって。もうこっちから行くぞゴラァッ!」
さっきは構えろとか言ってたのに、痺れを切らして剣を振りかぶって襲いかかってくるオッサン。
「お任せ下さい」
ティファニアは一言そう言って一歩前に出る。
そこはおっさんが突っ込んでくる正面だ。
「どけ女ぁ!」
おっさんは構わず剣を振り下ろす。
誰もが剣がティファニアの頭へと直撃すると思っていた。
俺もそうだ。
だけど、そうはならなかった。
「――下郎が」
ティファニアの口から出たとは思えない声が耳に届いた。
そして、その声のあと、その場の音が一切消え、眩い光が―――。
「―――」
光で視界が遮られる直前、オッサンが口を開いて何か言ったみたいだったけど聞こえなかった。
そして目を閉じて暫くしたあと、世界に色と音が戻った。
「ティファニア、大丈夫だった?」
「はい、かすり傷一つしていませんよ」
目を開けて見えたのは笑みを浮かべるティファニアだった。
なぜかオッサンの姿はない。
「よかった。それで、あのおっさんはどこにいったの?」
「それなら上ですよ」
「上?」
ティファニアが指さした方を見ると、天井に穴が空いていて空が見えていた。
この建物は外から見た限り三階建てだったので、穴は三階分貫いて屋根まで貫通していることになる。
「もしかして、あの人吹っ飛んでったの」
「はい。私が吹っ飛ばしました」
その時、冒険者ギルドの外が騒がしくなった。
騒ぎに耳を傾けてみると、『空から男が降ってきた』らしい。
………うん。
間違いなくあのおっさんだろうな。
お読み頂きありがとうございます。
ティファニアはこれでも手加減しています。
本気を出したらケリー(絡んで来たおっさん)に被害どころの話では済まなくなってしまうので。
そして主人公の一人称が『僕』から『俺』にレベルアップしました。
怒ると言葉遣いが変貌する、ある意味二重人格。
これは一度書いてみたかった。
次話もよろしくお願いします。