油断大敵
既に矛盾が…
ふぅっー。
入れてもらったばかりのお茶を飲み干し、カラカラだった喉を潤して、息を吐いた。
私が愛用している、可愛らしい花柄の渋草焼の小さな湯呑みではなく、いつもより素朴で大きな湯呑みになみなみと注いでくれた山田のおじいちゃんが、透かさず二杯目を入れてくれる。
目が合うと、その瞳は優しく、
‘わかっているよ'
と云わんばかりに重々しく頷いた。
そう、山田のおじいちゃんは私達より先に、
あの、衝撃的な、驚愕な、非現実的な、有り得ない光景を、ひとりで、目の当たりにしていたのだ−−−
車は軽快にうちの畑を通り過ぎていく。ぼんやりと窓の外を眺めていたら、ふと何か違和感のようなものがあった…ような?気がする。
あれ?何だろ?
なんか微かに引っ掛かるものが、あるような?
ないよう…な?
目を凝らして、よぉく眼前の畑を見るけど特に変なところはない。
今来た道を振り返ってみるが、いつも通り。
うぅん?
気のせい?
もぉ何日かで収穫される芽キャベツや成長途中のそら豆が青々と育ち、隣の畑では玉葱やアスパラ、レタスがスタンバってる。
高原野菜は夏こそ本番。昼と夜との寒暖差が野菜を美味しくし栄養価が高くなるのだ。
しかし、春野菜も中々イケる。
ちなみに私の希望で育てているセロリなんかも(ハウスで姿は見えないが)後少しだ。
みずみずしい野菜達に異常はない。
野菜泥棒が盗んでいってもないし、萎れてもいない。
うん。
通常通りだね。
‘???’
なぁーんかモヤモヤするな。
ひとり悶々…とまでいかない、か?うーん、むんむん?うん。むんむんと悩んでいた私を置いて、弟が祖父に事の顛末を慌ただしく説明していた。
「…ほぉ、じゃあ山田さんとこへ戻ったら、少し前に出てってまだ帰らないと言われたんだな?それでしばらくは待ったと…」
「そぅ。んで、ちょっとそこまで行ったにしては遅いから探しに行ったんだ。ばあちゃんのよもぎ餅もできたしさぁ…」
うちの畑が終わると、今度は山田さんちのこれまただだっ広い畑が登場する。
山田さんの凄い所は、うちと違い野菜以外にも趣味で茶畑を栽培しているのだ。
これはただ単におじいちゃんが緑茶大好きで、新茶の季節には生産地まで喜々として買い付けに出向くだけでは飽き足らず、摘みたての一番茶が飲みたいと、それだけの理由で株を取り寄せ、長い年月と金をかけ茶樹を安定収穫できるまでにしたのだ。
そこまで苦労したのにナント儲けはゼロ。つまりおじいちゃんのお茶は100%自家用なのだ。ある意味贅沢な趣味?なので、茶畑の敷地自体はそう広くないけど。
うちにも毎年おすそ分けがあり、恒例の初夏の楽しみであったりする。
「…下の方だろうと探してさ…そしたら、向こうの道からふらふら歩いてくるなって…」
「それが山田さんだった?」
「そう。近寄っていったらめちゃめちゃ顔色が悪くて、青っつーよりも白?声かけるまで俺に気付かないでさ…」
後に、祖父にあの時のことを聞く機会がたまたまあった。事前に知っていたのなら私とは衝撃具合が違ったのではと。
しかし当たり前だかこの時、弟の説明を真面目に受け取る者など車の中にはおらず(この場合それが普通)、祖父も話を合わせていただけで、まるっきり、全く、全然、信じていなかった。
繰り返すが、当たり前だ!!
だから受けた衝撃の小ささや大きさなんて問題じゃなかった。 ‘次元が違う、あの光景が本物で今が現実だと理解した時には、心臓が止まりそうだった’
ショック死の危機だったとは…。
「…だから、見ればわかるから!とにかく見てくれ!!そこの一本桜の向こうだっ…」
平坦部から徐々に緩やかな下り坂になり左へとカーブしていく。
樹齢三百年の桜の大木を曲がると。
一気に視界が開け、深緑の山々の裾野が見え…………………………………………ないッ!!?
キキイイィーーーーッ!!!
「ぐッ…!」
急ブレーキで体が浮き斜め横にぶつかりそうになる。咄嗟に左手で運転席を掴み、右前腕を窓にへばり付けグッと力を入れる。
普段なら文句を言っているところだが、それどころじゃない。
窓から視線が剥がせない。
目を見開き、無意識の内にドアを開け、車から降りていた。




