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その1

 戦争と平和とあくび



―――――――――――


 あくび。それは、平和の象徴だ。

 戦争や紛争が絶えず、飢餓や病原菌が蔓延し、環境問題や社会問題等いろいろなことが起こっているこの世の中で、あくびができるということはとても幸せなことだ。

 自分を殺そうとしている人間の目の前で、暢気にあくびなんかできるだろうか? 病に倒れ、今にも死にそうな肉親の目の前であくびができるだろうか?

 この跳梁跋扈した世界で、あくびなどという行為ができるということは、少なくともその人の心の中、あるいはその人の周りのその一瞬間だけは、そこが平和であるということに違いない。

 然るに、あくびは、人間にとっての、この世界にとっての、平和の象徴なのである。


―――――――――――


 …………。

 私はそっとため息を吐いて、今読み終わったばかりの原稿用紙を机の上に置いた。そして、隣の席に座っているこの文章の作者へと顔を向ける。

「ねぇ、日下くん」

「ん、何?」

 私に声をかけられた日下くんは、暢気に微笑んでいた。

「これって、今日提出する予定の小論文の課題よね?」

「うん、そうだよ」

 これが小論文と言えるのかどうかはさておき。

「確かテーマは『戦争と平和』だったはずよね?」

「うん、それで間違いないよ」

 基本、記憶力が良い私はこのくらいのことを忘れるはずがない。目の前の人物については保障しかねるが。

「それじゃあ、これはなに?」

「今日提出する予定の、僕の小論文だよ」

 …………。

「再提出確定ね」

「ええぇぇぇえええ!?」

 誰がどうみても明らかなのに、なんでそんな「ありえない!?」なんて言う顔をするかなぁ。

「これ、『戦争と平和に』ついてと言うよりも『あくび』について語ってるだけじゃない。明らかに没よ」

「そんなぁ、一週間かけて書いたのにぃ」

「……一週間もかけてこんなもの書いたの!? ある意味天才ね……」

 もう呆れるしかないわね。この子将来大丈夫かしら?

「うーん、欠伸がいけないのなら、やっぱり鳩の方が良かったのかな? 平和の象徴っていうと鳩がポピュラーだし……。意表を突いてシーサーとか! でも、あれは守護神だから違うし……」

「……別に平和の象徴に拘らなくて良いじゃないの。戦争とか平和について率直に思ったこと書けば良いんだから」

「えっ、そうなの!?」

「……」

 頼むからそこで「本気で知らなかった」っていうような顔しないでよ。頭痛くなるから。

 馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど、ここまで馬鹿だったなんて……。いや、馬鹿じゃなくて天然か。どっちにしろ、私でも救いようがないわ。

「あ!? 野田くん、今あくびしたでしょ! 知ってる? あくびってねぇ、実は平和の象徴なんだよ! すごいよねぇ」

 自分で作ったネタを、さも共通の真理だみたいに言いふらさないでほしい。それと野田! 納得したような顔でうなづくな! ノリでやってるとしてもこいつが付け上がるでしょうが、バカ!

 ああ、もう嫌だ。なんでこんな奴の隣になったんたんだろう。誰か席代わってよ、特に窓際最後尾の人。

「ああどうしよう、もう先生来ちゃうよぅ。……そうだ!! 道の途中で山羊に原稿用紙を食べられちゃったことにしよう! うん、それならバレないはず!」

「誰か席代わってぇぇっ」

学校の授業で小論文を書いているときに思い浮かんだネタ。

いや、実際にこんなの提出してませんよ!? 本当ですよ!?

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