5、帰宅敬遠
「あら?一太ンち、凄い騒ぎジャン?」
一緒に帰っていた同級生の理子が、ピョンと身体を乗り出して、人だかりの出来ている一太の家の玄関先を指す。
一太はドキッと読んでいた料理本を閉じて、そうっと顔を上げた。
ワアワアと大騒ぎで、玄関先に人が押し寄せている。
クラッと軽いめまいを感じていると、理子が走って傍らに立つおばさんに何やら聞いていた。
「ここのネコがね、蜂をまき散らしたのよ。おかげで刺されて…」
「ちょっと!うちはお爺ちゃんの植木が!」
「この臭い何とかしてよっ!」
チョイと聞いただけの理子に、人々が不満をぶつける。
思わず振り向いた理子に、一太は知らん顔でまた料理本を広げた。
「何?あんたここの住人なの?」
鼻息荒いおばさんが、一太を捕まえる。
一太は涼しい顔で、プイと明後日を向いた。
「いえ、全然関係有りません。僕の家はずうっとずうーっと向こうですから」
クルリと背を向ける。
「一太ああああ!!」
しかし背を向け歩き始めた一太に、誰かが後ろから泣きながら声を掛けはじめる。
それはやっぱりエリやママ達だった。
「一太っ、失敗なのじゃ!金が出来んのじゃ、私の魔力は完璧なのに、材料が悪いのじゃーっ」
「一太ちゃん、ママこの臭い耐えられないのー。助けてえっ」
「一太あっ、待ってたばいー」
皆のウルウル声に、一太が大きく溜息をつきガックリと項垂れる。
「俺って、貧乏だけで十分なんです、神様」
つぶやいて心を決めると、にっこりクルリと振り向いて、それから懸命に事態の収拾に頭を下げ続けた。
「疲れた……」
ようやく玄関先から人が消えて、家に入ると台所は滅茶苦茶。
コンロを見るとエリが使っていた鍋には、異臭を放つ異様なスライムの様な物質がドロドロとうごめいている。
中を幾重にもビニールで包んで捨て、鍋を何とか洗っても、アルミの鍋の液体に触れていた所だけが何故か黄色く変色している。
「使えねえ」
ぽつりとつぶやいて、仕方ないので庭に放り出した。
胃がキリキリ痛んで腹は減らないが、罪悪感のカケラもないエリとドミノが台所に顔を出す。
「今夜はカレーがいいのう」
「おいらもカレーがいいばい」
ハアッと溜息付いて、目を尖らせて睨み付けた。
「カレーは、ぜーーっっったい作らないから」
「えええええっっ」
カレー好きの魔女達ががっかり頭を垂れる。
そこへサキューラがそうっと顔を出した。
「いやん、変な臭いん。サキューラお腹減ったのん」
ぷりぷりと無駄な色気を振りまいて、夕食がまだだと見ると居間にぺたりと座る。
一太が溜息をついて夕食の準備を始めると、外からサイレンの音が近づいてきた。
「あれ?近くで事件かな?」
しかしそれは近くではなく、我が家の前で止まる。
まさか、と嫌な予感。
ドンドンドン
「一太郎君いますか?行方不明のクラス委員長のことで聞きたいんだが!
ここには黒髪の派手な女がいるだろう!見た人がいるんだよ!」
ドンドンドン
「先生もいるんだよ。大丈夫、怖いことはないんだ開けなさい」
「行方不明?委員長が?」
警官に連れられて、学校の先生の声もする。
「あらん、あたしちょっと用が……」
すっかり犯罪者の家で一太は、こそこそ隠れるサキューラを捕まえた。
「ちょっと待った!」
「きゃーんっ、追い出さないでえんっ」
「この、委員長を出せっ!」
「いやん、いやんっ」
ドタドタと、家中をサキューラが逃げ回る。
「女だ!捕まえろーっ!」
玄関のドアが開き、鍵を開けるポーズのままで呆然と立ちつくすパパの両側から、ワアッと警官と先生達も突入してきた。
ポツポツと、外には雨が降り始める。
コンコンコンッと鍋底に落ちた雨が音を立て、唯一清々しい音を響かせる。
柔らかに漏れてくる部屋の光を浴びて、警察も入り乱れ大騒ぎの家の中を笑うように、庭に放り出された大鍋は色の変わった鍋底を、純金に変えて光り輝いていた。




