表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

1、家は火の車

カチャカチャカチャカチャカチャ


暗闇の廊下に、夜な夜な響く、電卓の音。

そして。


「はあ〜〜〜〜」


大ーーきな溜息。

そうっとふすまを開けると、サッと灯りが漏れてくる。

部屋では机に向かって一太郎が、グルグル眼鏡をキュッキュッと丁寧に拭いていた。

その顔は、ママそっくりの超美男子ではあるが、最近眉間のシワが目立っている。

それもこれも、家事を一手に引き受ける彼ならではの悩みが深いからだ。


「どがんしたと?」

九州弁の黒ネコドミノが、一太郎の足にすり寄ってくる。


「ああ、ドミノか。駄目なんだ、足りないんだよ」

「なにがね?」


一太郎、略して一太がヒョイとドミノを抱き上げる。数字の並んだノートを見せて、そして華々しくも赤い文字を指さした。


「あいつ等の食費がかさんで、凄い赤字なんだ。毎晩酒盛りするし、女のくせに2人揃って大食漢だろ?元々余裕がなかったから、うちの家計は火の車さ」

「火っ、火が車っ!そりゃあ、大変たい」

「大変なんだよ。はあー」


だから最近、野菜もモヤシやカイワレと安い物ばかり使うのに、買い物係のママは肉を頼むと高い物ばかり買ってくる。

ママは心配症だから相談も出来ないし、無口なパパはせいぜいうなずくくらいの物だろう。


「なあなあ一太、車が火だらけはどうすれば消えるとね?」

「金だよ、お金。お金があれば消えるのさ」

「ふーん、お金で消える火とは珍しかあ」


ドミノが鼻息荒く、ノートを覗き込む。


「バイトするかなあ、そんな時間ねえしなあ。あっ、もう12時だ。なんてこった、4時間半しか寝れない!」


朝は家事で忙しいので4時半起き。バタバタと、一太が慌てて布団に潜り込む。

しかし階下からは、彼の苦労を知らない女達の笑い声が、楽しそうに遅くまで響いていた。



翌日一太が学校へ行ったあと、ドミノはゴロンゴロンとテレビを見て、居間で転がっている白髪の美女に声を掛けた。


「エリ、エリ、大変ばい」

「うるさいのう、いま面白いのじゃ。見よ、この男がうわきという物で、あっちの女と争っておる。好きの嫌いのとドロドロじゃ」


ホッホッホッと笑っている。ハアッとドミノは大きな溜息をついた。

エリは、異世界の国一番(自称)の白魔女。

本名エリミネートリアグランチェスカ・マヌーケだが、面倒なのでエリと呼ばれている。

白く長い髪を結い上げ、杖に変わる何本ものかんざしを刺して、いつも純白の大きく胸の開いたドレスを愛用していた。


「ママさんは?」

「ママさんは買い物じゃ。何やらジャラジャラと財布を持っていったぞ。この世界の金は、どうやら砂金ではなく金の塊のようじゃ」

「金塊?そりゃあ大変たい。火が車になるはずばい」


ふむふむと、ドミノが何度も頷く。

そこへ鼻歌交じりの、見事な黒髪に真紅のボンデージファッションという、一般家庭には非常識な美女が現れた。


「いやん、ドミちゃんったら何悩んでるのん?いやんいやん、そんなドミちゃんも可愛いん」


クネクネいやんと、黒髪美女がドミノを捕まえ豊満な胸に押しつける。


「嫌じゃー、離さんねボケ魔女サキューラ!」

「あらん、やっぱり大ボケの下僕はしつけがなってないわねん」


黒魔女サキューラがキラーンと目を輝かせ、ジタジタ暴れるドミノをますますギュウッと締め付ける。


「ぐえー、出る!お腹が出る!」


プスッ


「キャー、くっさーい」

ツーンッと、辺りに異様な香りが立ちのぼり、バタバタとドミノを離したサキューラとエリが手であおぐ。


「フッ、ギューッとするからたい。弱者の報復ばい」

「何が弱者よん、下品な最後の手ねえん」


ペタンと色っぽくサキューラが座り、トポトポとお茶を入れる。

一口飲んで、ハアッと息を付いた。


「ア、ハーン、お茶が美味しいん」

「無駄な色気の女じゃ。ところでドミノよ、火が車とは何じゃ?物騒よのう」


エリはのんびりテーブルのクッキーを頬張り、ムグムグとテレビを見ながら何となく聞く。

一応話は聞いていたらしい。


「一太がね、赤い字がいっぱい書いてあったノートば見せたとばい。そんで、金が足りないと言うと。もう火が車ばい。」

「嫌だあ、それって火の車じゃなあいん?家にお金が無くって、貧乏なのを言うのよん」


さすが早くからこの世界にいるだけある。

2人は異世界からやってきた魔女だ。

囚われだった黒い魔女がこの世界へ逃げたのを追って、異世界の国から白い魔女が派遣された。追い追われ、そして2人は出会ったのだが、ハタと気が付けば帰る方法がわからないらしい。それで一太の家に居着いている。

そのおかげで一太は家事の量が倍増し、家計は火の車、と言うわけだ。

ガバッとエリが起きて、ふむうっと腕を組む。


「では、金をどうにかせねば追い出されるかもしれんのう」

「そうそう、やっと気が付いたとね」

「いやーん、一太ちゃんと離れるのは嫌よん」


いやんいやんとサキューラが悶える。


「うふふふ…」


不気味な笑いを、エリが漏らす。ビクッとドミノが身体を引いた。


「なんばすると?」

「ドミノよ、ようやく私の出番じゃ。この、国一番の白魔女の力、見事見せつけてやろうぞ!」


バッと立ち上がり、腰に手を置きホホホホホッと笑う。


「なにするのん?」

「錬金術じゃ!ボロッボロ、ゴロッゴロと金塊を作って見せよう。

私はお前のような落ちこぼれの、人の役にも立たない色気ブスとは違う。

きっと一太も喜んで、私の足下にひざまずくであろう」


ホホホホホホホホッと、甲高い声にガラスがガタガタ響いて揺れる。


「うるさかねえ、サキューラはどうすると?」


ドミノとサキューラが耳を塞いでいると、テレビでは今流行の占い師の豪邸が紹介されていた。


「あらん、これっていいわあん」

「占い?黒魔女に出来ると?」

「うっふん、占いなんか適当でも、このあたしの色気でいちころよん。

ザックザックお金稼いでくるわん」


サキューラがうっふんと立ち上がり、お尻をぷりぷりして部屋を出る。


「だ、大丈夫やろうか?」


何となく、大変なことを言ってしまったような気がしてドミノの目が座る。

そうっと部屋を出ようとしたとき、ガシッとエリに掴まった。


「忙しくなるぞ、ドミノ。キビキビのしっぽと、ドラドラの根っこ、それにケンドーラのよだれにサンザの牙を集めてくるのじゃ。あと……」

「無理ばい!この世界で同じ生き物がいると思うとね?無理!」


ぬ、ぬうっとエリが頬をヒクヒクさせる。

もう、サキューラにはやるっと言ってしまったのだ。

言ったからにはやるしかない。

出来ないなど、きっと馬鹿にされるのは目に見えている。


「やるのじゃ!似たものを探してこい、後は私の偉大な魔力でカバーする!」

「しらんよー」


ぴょいとドミノがその場を逃げ出す。

フンッと残されたエリは鼻息も荒く、キョロキョロとあたりを探し始めた。


「魔女の大鍋などここには無し、やっぱりあそこじゃな」

そう言いつつ、台所に侵入する。


「あるある。ホホ、やや小さいが使えそうじゃ」


ずらりときれいに鍋が並べられ、整然と片づけられたキッチンは神経質な一太らしい。

お玉一個もビシッビシッと真っ直ぐぶら下がって、手を付けるのに気が引けるのは普通の人間。しかし、エリがその部屋に入った後は、まるで怪獣でも大暴れしているような、ガラガラドスンッガタンッと、凄まじい音の洪水に見舞われた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ