四華物語2
「ーよし、市場に行くか」
邸の厩舎の前で、王貴珠は仲間にそう告げた。
貴珠の邸は大きく、父親の王清康の手腕ぶりが表れている。
「お嬢、ついて行きます」
「おう。俺も行きます」
二人が言い出したので、貴珠はうなずく。
暴れ馬だったのを、貴珠がならせて、今では良馬になっている。
「よーし、よし」
馬の首を撫でてやると、気持ちが良さそうだった。
その他にも馬がおり、貴珠の家はこの界隈では、有名な家だった。
ー任侠の家だからな。
他人を警護したり、自分達の領域をおかしたりする者を倒したりすることなどで、金を得ていた。
貴珠はもう十六歳なので、家のことは分かるようになっていた。
普通は女だと襦裙を着るのだが、貴珠は嫌がり、男装している。
このほうが身軽だし、いざという時のために、動けるからだった。
「頼むぞ、相棒」
馬に話しかけると、ヒヒーンと鳴く。
貴珠は飛び乗ると、邸を出る。
後ろには二人の護衛がついていた。
紅粧の街は碁盤目となっており、整理されている。
馬を市場へ向けて走らせてやると、他にいざこざがないか見て回る。
どうやら皆、貴珠達の姿に礼をする者や、白い目を向ける者など様々だった。
ー人間とは、面倒くさい生き物だな。
自分の感情を出すだけ、他の動物よりも阿呆かもしれないと、冷ややかに見返す。
どうりで、街の人達が貴珠達に対して、色んな感情を抱くのは、目立つ存在だからで、どうしようもなかった。
ー俺は俺のやることをやるだけだ。
貴珠は自分のことを俺と言っており、本当は男になりたいのだった。
「お嬢、市場ですよ」
「おう。…どうどう」
馬の速度を落とすと、仲間に手綱を渡し、市場の中へ一人で入って行こうとする。
「お嬢!! 一人では危ないです!!」
「大丈夫だ。ちょっと見回ってくるだけだから。心配してくれてありがとうな」
そう言うと、貴珠は仲間を置いて市場へ入る。
各国ーここは春華という国のなのだが、他にも三国あり、夏華、秋華、冬華と花びらの形をしていた。
その三国とは貿易があり、色んなもの、珍しい生き物から食べ物、衣服が並んでいる。
通り過ぎるのも一苦労なくらい、皆、市場に集まっており、楽しそうな雰囲気だった。
ーこれなら、大丈夫そうかな。
ふうと息を吐くと、腰の剣に触れる。
いざという時のために、さげているのだが、本当はあまり使いたくなかった。
ーいつも仲間相手に練習しているから、腕前はそう悪くないと思う。
そう思いながら、商品と人の波を見ていると、「きゃあ!!」と悲鳴が上がった。
何かと思えば、男二人が喧嘩していた。
「何? どうした?」
二人は取っ組みあっており、顔が怒りで真っ赤だった。
状況を若い女性が教えてくれる。
「どうも商品を盗んだとか、盗まないとかで、その、最初は口喧嘩だったんですけど…。段々と酷くなっていって…」
「そうか。ーちょっと失礼」
貴珠は人の間をくぐり抜けて、二人の間に入ろうとする。
「ーやめておけ。皆の邪魔だ!!」
「…何、お前。誰だ!!」
「そうだ!! 邪魔するな!!」
二人に反論されたが、貴珠は冷静で、二人に近づいていく。
驚いたのは、二人のほうで、貴珠をまざまざと見る。
「何の用だ? どけ!!」
「いや、どかない。ーえい!!」
一人の腹を蹴ると、「うっ」と油断していただけあって、深く入ったらしい。素早く動き、もう一人にも蹴りを食らわせると、男二人は怒りの形相で、貴珠を見てくる。
「おい、俺らが何なのか、知っているか?」
「それがどうした? 早く言え」
「俺達はな、王家の任侠なんだよ。強いんだぞ」
「何…!!」
かっとなったのは貴珠のほうで、勝手に名乗られては困ると、剣を取り出す。
八つ裂きにしてやるつもりだった。
「ふざけるな!! 王家の名前を語るんじゃない!!」
剣を振りかざすと、悲鳴が上がった。
しかし貴珠は気にせず、器用に身体を動かすと、剣を鞘の中にしまう。
「へっ。俺らが怖い…わ!!」
袍が斬られ、男達は恥ずかしい姿となる。
血なまぐさいのは好まないので、貴珠は軽く斬ったつもりだった。
「ー阿呆。王家の人間とは俺のことを言うんだよ」
冷めた口調で言うと、男二人は「え」ともらす。
貴珠は本当は名乗りたくなかったのだが、周りが誤解しても困るので、堂々と口にする。
「ー王貴珠だ。俺の家の者が、市場で喧嘩するわけがないだろう」
呆れたように言うと、貴珠は腰に手を当てる。
男二人は急激に青ざめ、貴珠を見てくる。
「王貴珠…? …まさか本当に?」
「本当に、本当に、本物だ。勝手に王家を名乗るな」
吐き捨てると、男二人は素早く袍を回収すると、喧嘩のことなど忘れたかのように逃げて行く。
貴珠はやれやれと肩を竦めると、皆に言う。
「安心しろ。もう喧嘩はおさまったから。ゆっくり買い物をしてくれ」
皆、最初は顔を見合わせていたが、そのうち拍手が小さくあかる。
「よくやった」
「ありがとう」
など、好意的なものが多かった。
ー買い物の時くらい、ゆっくりしたいものな。
家でのことや、街でのことなど忘れ、純粋な子どもに戻ったかのように、好きなものを買って欲しかった。
貴珠は皆に一礼すると、市場を更に歩いていく。
良い香りが漂ってきたが、すぐそこで喧嘩いたとは思えないくらい、人々は談笑していた。
ーそれでいい、それで。何もないのが一番だ。
貴珠もちらちらと店を覗いていく余裕ができ、足を進めていく。
しかし仲間を待たせているので、ある程度で戻ることにした。
「お嬢!! どうでした?」
聞かれて、貴珠は正直に答える。
「喧嘩の仲裁に入った。二人の袍を斬って、撃退したけどな」
「お嬢、危ないことは…」
「大丈夫。俺も一人前にならないと」
「ですが、俺達がいる意味がないでしょう? もっと自分を大事にしてください」
待っていた仲間に口酸っぱく言われ、貴珠は「はいはい」と答える。
しかし、心配してもらえるだけ、自分は愛されていると、反省する。
「今度はお前らも連れて行くから」
「お願いしますよ、お嬢」
二人に頭を撫でられ、貴珠は腹を立てるどころか、安心する。
「ありがとうな、二人とも」
「ほい。次はどこに行きますか?」
「そうだな…。目立ったみたいだから、街を一走りしてから邸に戻るか」
「そうしましょう。全く、喧嘩の仲裁なら、俺らに言ってくださいよ」
「分かった、分かった。…あ」
二人に伝えている途中で、頬に冷たいものが当たった。
それはにわか雨らしく、ゆっくりと小粒が降ってくる。
ーわ。綺麗だ。
にわか雨は絹の糸のように流れてきて、三人を包み込んでいく。
織物にしたら気持ち良さそうだと、考えていると、虹が出てくる。
「おい、あれ!!」
貴珠が指差すと、二人も同じ方向を見る。
とても美しい光景に、天国に来たのではと思ってしまう。
ー今日は良いことがあるな。
表面上は冷静を保っていたが、心の中では胸が速く打っていた。
口を開けて雨を受け取ると、甘露のようだった。
「ーよし、行くか」
「はい!!」
貴珠は馬に乗ると、仲間二人と走り始めたのだった。




