とある風景
手慰み第数弾であります。
お楽しみいただければ、幸いであります。
その世界のとある国の施設には、類を見ない名物教師がいた。
様々な事情で親元から離れた、まだ生活の覚束ない子供たちを引き取り、ある程度の年齢まで養い、最低限の教育を施す場所なのだが、この施設は世界の国々でも、特殊な子供たちが集められていた。
他の施設で持て余される問題児を始め、裕福な両親の元で育ったものの、何故か粗暴に成長した子息や息女も、最終的にこの施設に行き着く。
そして不思議なほどに、そんな子供たちほど、送り出す頃には落ち着き、世界で活躍する有名人になる。
そんな施設だからだろうか。
ある中堅の国から、王太子の婚約者だったと言う御令嬢が、修道女としてやって来た。
「? うちは、修道院ではない、よな?」
「ああ。別に、人手も、不足してない」
「なら、何故?」
不思議そうな声に答えず、施設の責任者は、簡素な馬車から降り立った、若い女性を出迎えた。
女にしては長身のその女性が、完全に見上げるほどに大きな施設責任者は、丸い目で彼女を見下ろす。
「多額の寄付金、感謝致します。が、この施設は、修道院ではありません」
籠った声での切り出しに、簡素だが高価な衣服に身を包んだ女性は、静かに頷いた。
「存じております。この施設で、勇者様が育ったことも。だからこそ、追放されて奉仕するならば、ここがいいと、希望致しました」
勇者?
大男は、首を傾げた。
ここには、あくたれ小僧や、はすっぱ娘しかいない。
そんな大仰な肩書きの小僧がいた記憶は、ない。
「人違いでは?」
戸惑う施設院長に、令嬢だった女性は静かに勇者の名を告げた。
「っ」
それは、施設特有の名前だった。
と言うか、髪色が黒かったから、日本名にしただけだが、確かに覚えがあった。
「ああ、あの、隙をついて木刀で斬りかかるのが、好きだった子か」
施設を出てから音沙汰がないと思ったら、彼の国で有名人になっているらしい。
思い出していると、王太子の元婚約者は、ポッと顔を赤らめた。
「勇者様は、我が国の森に住まう魔物を封じて下さった、恩人で御座います。罪を償う立場のわたくしが、その恩人を育て上げた場所で奉仕するのは、当然で御座います」
当然か?
院長は首を傾げたが、一先ず女性を施設に招き入れた。
もうすぐ、日が暮れる。
この辺りは既に、魔物は掃滅しているが、外が物騒なのは変わらないから、野宿させる訳にはいかないと思ったのだった。
それからひと月。
「うん、中々、優秀だ」
商会附属とも言える施設の一つで、院長が独断で人を入れたと聞き、監査に訪れた副会長に、院長は言い切った。
「男の童は厳しいが、女の童には丁度いい、悪女っぷりだ」
「本当に、悪女だったのか」
「ノリは、な」
呆れた問いに答えたのは、掠れた女の声だ。
施設の裏庭の、巨大な山を背に腰掛けた副会長は、その言葉に小さく笑う。
「一国の王太子の伴侶に、一度は選ばれたのなら、冷静な部分が悪女に感じても、不思議はないか」
「実際、悪女として、断罪された上で、婚約を破棄されたらしいぞ」
掠れた声の補足に、副会長は少し驚いた。
思わず振り返って、巨大な山を仰ぐ。
「あんたとも、仲良くなったのか?」
巨大な山がみじろぎし、その一部が動き、副会長の首に絡みつく。
「勇者になった子が、あたしの事も、話したらしい。どうやらあの御令嬢、あの子の思い人のようだ。令嬢の方も、憧れているらしい」
「へえ。中々情熱的な話だな」
「会長夫妻も、中々だよ。まさか、このタイミングで、授かったとはねえ」
監査とは名ばかりの、ただの情報交換だ。
この二人が受け入れた人材が、使えない訳がないと、副会長はよく知っている。
「報告は、以上か?」
「ああ。後は、御令嬢の国から、時々刺客が来るくらいだ」
「へえ」
「魔獣を相手にしているからか、中々手答えがあるが、そろそろ、面倒なことになりそうだ。潰してしまって、いいか?」
さらりと問う院長に、副会長は少し考えて、空を仰いだ。
春空から旋回し、白い鷹が肩に降り立つ。
それを見て、山が声を上げた。
「おや、鷹のお嬢さんじゃないか。この子についてるのかい?」
山を振り返りながら、白い鷹が目を細める。
「お久しぶりです、象の奥様。お元気そうで、良かった。今日はもしものための、連絡係です。ここは辺境過ぎて、この人について来れる人材が、限られているんですが、誰も空いていなくて」
「ついて来てもらって、良かった。この許可は、緊急で欲しい」
副会長は二人が挨拶を交わす間に、会長への書簡を書き上げていた。
手前のテーブルに移った鷹の足に、その書簡を取り付けると、鷹はすぐに飛び立って行った。
人里離れたその施設には、名物教師の院長の他に、隠れた名物がいる。
地球でも珍しい象の妖が、裏庭で子供たちを見守っているのだ。
旦那の院長とは、故郷のサバンナで出会った。
陸の最強草食動物と番ったのは、河川の最強雑食動物の河馬の妖で、こちらもかなり珍しいが、彼らは数年前、何故か日本にやって来た。
獣の妖が、隠居出来る場所があると、話を聞きつけてやって来たのだが、二人はすぐに何もしない生活に、飽きた。
人として働くには、人型の姿が大きすぎる二人を、副会長は地球の自分の経営していた施設で受け入れた。
その後、実の姉に会社ごと乗っ取られ、異世界への転職を余儀なくされた副会長に、二人はついて来てくれたのだ。
二人が暮らす施設はその後、平和を取り戻した。
件の国の刺客も、ぱったり途絶えた。
副会長が送った書簡の返書は、すぐに届いた。
すぐ辞めさせるから、早まるなと言う、会長代理の命で、施設に待機していたら、その翌日には、動機説明と、対処の報告が入った。
「勇者が、故郷に戻ると聞いて、施設を丸ごと消してしまおうと、画策したらしい」
「阿保?」
「どうだろうな。国に勇者を止めたかっただけらしい。それだけ、防衛に必死なんだろう」
「あの御令嬢の、恋敵出現では、なかったか。良かったね」
院長夫妻とのどかに笑い合い、副会長は苦笑した。
「? どうした?」
「いや……渋っていた割に、仕事が早い」
「ああ、会長代理の事か?」
頷いた副会長は、夫人に付ききりで、育休も取ると言い出しかねない会長の代わりに、諸々の責任を負う立場になった男を思い浮かべた。
自分の師匠の一人でもあるその男は、この分野でも有能だった。
ちょっぴり弱音を吐いて、頼み込んだ甲斐があったと言うものだった。
さて、異世界のドラゴンと彼ら、どちらが強いでしょうか?




