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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

はつひので

はつひので(中)2

作者: 八雲みなと
掲載日:2026/02/28

部屋に入ると、重い空気が落ちた。


松政は菅笠を脇に置き、静かに座る。


視治は立ったまま、拳を握りしめている。


「……本当なんですか」


低い声。


「今日、なんですか」


松政はゆっくり頷いた。


「午の刻」


その一言で、空気が凍る。


朔弥が息を呑む。


「そんな……先生、何とかならないんですか……!」


視治の声は震えていた。


拳が白くなるほど握られている。


松政は目を伏せた。


「手は尽くしました。ですが……決まったものは、覆りません」


「そんな……!」


視治の瞳が揺れる。


「なんで……いったい、先生が何したって言うんですか……」


視治は俯き、溢れ出る涙を右の手で必死に拭う。


松政が小さく息を吸い、静かに語り出した。


「彼はただ、旅をしていただけです……。」


視治がハッとして顔を上げる。


「じゃ、じゃあ何で……!」


「見てしまったんです!彼は…」


松政が声を荒げて言う。


視治と朔弥は驚き硬直し、視治の涙は自然と止まっていた。


松政は左手を胸に当て、心を落ち着かせ静かに息を吐く。


しかし、彼の吐く息は震えていた。


「遠井さんは見てしまったんです。見てはいけないものを。

彼が囚われているのは隣国にある牢獄です。彼はその国と接する、いわゆる武士の国との国境くにざかいを旅していたようです。その途中、彼はおそらく、隣国が行なっていた国家秘密を目撃してしまったようなのです。何をしていたかはわからなかったようですが、それを見ていた姿を目撃されてしまい、その場で捉えられ、即刻死刑が決定したようです。」


視治は目を大きく開く。


「そ、それじゃあ…兼通先生は別に悪いことなんて何もしていないじゃないですか!見ても何もわからなかったのなら、それでいいじゃないですか!」


「ええ…しかし、見てしまったことが罪だったのでしょう……。」


「で、でも!それじゃあ、ただ口封じのための虐殺じゃないですか!兼通先生はまつりごとになんて興味ないんですよ!ただあの人は…美しいものを見たいだけで…」


松政は強く歯を噛み締めた。


「ほんとに…もう何もできないのですか…?」


視治が尋ねる。


「はい…」


松政は顔を伏せ、声を低くして言う。


「……なら、僕が行きます」



「視治君」


松政が驚いて顔を上げる。


「今から助けに行きます!まだ間に合うはずだ!」


朔弥が慌てて前に出る。


「無茶だ!相手は兵だぞ!」


「放してくれ!」


視治は振り払う。


松政が声を低くして言う。


「行っても、何も変わりません」


視治は振り返る。


「それでもです!」


その目は、あの日、弟子入りを願った時と同じだった。


必死で、まっすぐで、痛いほどに美しい目。


そうして、視治はすぐに部屋を飛び出した。


朔弥が後を追おうとする。


「待て!視治!」


しかし、松政が腕を掴んだ。


「……行かせてあげなさい」


「何でですか!」


「これは、彼自身の問題です」


松政の目は、揺れていなかった。


「止めれば、一生、後悔するでしょう」


朔弥は歯を食いしばった。


兼通の処刑は、牢獄の近くではなく松政たちのいるところからおよそ六里。


視治は走る。


転びそうになりながら、何人も押しのけながら。


胸が焼ける。


喉が裂けそうだ。


(先生……私はまだ、あなたともっと旅がしたい……!あなたと見たい景色が……まだたくさんある……!だから……死なないでくれ!)


河原はすでに人で溢れていた。


柵の向こう、兵に囲まれた姿が見えた。


兼通は、縄で縛られ、静かに座っている。


その顔は、穏やかで、いつものように笑っていた。


「どいてください!」


視治は人波をかき分ける。


ようやく柵の前にたどり着いた、その瞬間。


目が合った。


兼通が、はっとした。


ほんのわずかに、笑みが揺らぐ。


視治の目から涙が溢れる。


「先生――!」


声は、喧騒にかき消される。


しかし、兼通の目は確かに視治を捉えていた。


そして、ゆっくりと、空を見上げる。


太陽が高く昇り始めていた。


「……あぁ」


小さく、しかし確かに聞こえた。


「あぁ、何と美しいのだろう……」


次の瞬間。


振りかぶられていた刀が、振り下ろされた。


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