改造人間4号の省察(後)
× × ×
翌週。
期末試験最終日程の終了を告げるチャイムに合わせて教室を出る。
旧部室棟の『学園相談部』のドアには本日休業の札を掛けておいた。廊下で出くわした友達と挨拶を交わしつつ、早足で帰路につく。
駅前広場で待ち伏せを受けるより前にカラオケボックスに入り、いつもの604号室に向かってみれば、先に来ていたよよつさんがひとりぼっちで超巨大パフェに舌鼓を打っていた。
「すげえもん食べてますね」
「おう川口。随分早いじゃねえの。どういう風の吹き回しだ?」
「その様子だとダメだったんでしょう」
「まあな」
よよつさんの笑顔には珍しくハリが無い。
パフェ用のスプーンだけがひたすら口元とパフェの間を行き来しており、その回転数は原付ぐらいなら動かせそうな程だった。
世間はそういう状態を「やけ食い」と呼んでいる。
俺は狭苦しいソファに座る。
彼女が超巨大パフェから焼菓子の部分を差し出してきたので、先端だけかじらせてもらう。甘い。
「入部はさせてもらえたんだよ」
「えっ」
「お前が勧めてくれた文芸部だ。文字を愛する者なら誰でもウェルカムだと言ってもらえたよ。ありがたい話だよなぁ」
「だったら大成功じゃないですか」
「川口。オレは演技が下手なんだ。見たらわかるだろ? あそこに居ても何も喋れねえんだわ」
「会話はキャッチボールですよ。他の部員にオススメの小説を訊いてみるところから始めましょう」
「無意味だろ、そんなの」
宇佐さんは机にスプーンを放り投げる。
食器の扱いに一言物申したくなるが、その前に彼女から抱きつかれてしまった。
「もう、お前が居たらいいわ」
シャンプーの匂いが鼻腔をくすぐる。たぶん宇佐先生と同じ銘柄だな。
柔らかい身体が密着しているのに俺が比較的平静を保てているのは、おそらく毎週のカラオケで彼女の存在に慣れたからだ。
「川口。約束通り慰めてくれるよな?」
彼女が端整な顔を近づけてくる。頬に唇が当たる。太ももがこちらの太ももに乗りかかってくる。正面から抱き合うような形になり、いよいよ逃げ場が無くなってきた。
実は学園相談部では異性にアプローチをしてはいけないローカルルールがあるのだが、彼女の場合は異性とも言いきれないから言い訳に使えない。
あちこちで制服が布擦れする。肉付きの良いお尻が擦り寄ってくる。吐息を感じる。
さすがに俺の身体の部分が反応を示し始めた。
俺は説得を試みる。
「冗談はもう良いですから。一旦退いてください」
「だから。オレは演技が下手なんだって。わかるだろ」
「わかりませんよ」
「いいから。ほら。お前のチンコ、よこせ」
「まだ狙ってたの!?」
「ああ? そういうことじゃなくて──」
コンコン。
ドアからノックの音がする。
よよつさんが慌てて飛び退くと、アルカイックスマイルの女性店員さんがフライドポテトの皿をテーブルに載せてくれた。
「目的外の使用はお控えくださいね」
店員さんの言葉に俺たちは首を縦に振るしかない。
目的外の使用。想像してしまうと自分の顔が赤くなる。
よよつさんも恥ずかしそうにしていた。両手で顔を覆っている。
「なにやってんだオレ……」
「宇佐先輩が勘違いされるようなマネをするから怒られるんですよ!」
「勘違いじゃねえわ!」
「勘違いであってください! 絶対に俺の息子は差し上げませんからね!」
性行為に及んでやるから局部を寄越せ。
よよつさんが持ちかけてくる取引に応じるわけにはいかない。
失ったものを取り戻したい気持ちはわからないでもないが、こればかりは譲れない。
彼女は口元をモゴモゴさせる。頭の中で言葉を選んでいる。わかりやすい人だ。
そして、小さな唇から出てきた言葉は。
「……発散したい」
彼女は廊下からガラス越しに見えないように、こちらの左手を握ってくる。
さらにもう片方の手も触れ合う。
手汗が混じる。
「お前が欲しい」
ストレートすぎる肉欲と独占欲の発露だった。
思えば、宇佐よよつには常に二面性が付きまとっていた。
男でも女でもあり、同級生でもあり先輩でもあり。
放っておけないタイプだが、あまりお近づきになりたくないタイプでもある。
ガキっぽいが大勢の子供がいる身であり、世話を焼きたがるくせに世話がかかり、将来苦労しそうなのに莫大な財産を持っている。
陰茎を取り戻したいくせに、今の可愛らしい姿に自信がある。
それら両極端の全てを、あるいは一部ですら隠したまま人間関係を結べるほど、彼女は器用な人間ではない。
彼女自身が、現在の己の二面性を明らかに持て余しているのは、傍目でもわかる。
仮に本当の自分を受け入れてくれるのは川口だけ、と思われているのなら。
自分の器では受け止めきれそうにない。
重たすぎる。
何より俺は彼女のことを好ましく思っているが、別に恋愛対象・異性として好意を抱いているわけではない。
抱きたくない。
カラオケの画面からアーティストのインタビューが聞こえてくる。
緊張した面持ちのよよつさんが、ギタリストとお酒にまつわる呑気な問答に少しだけ気を取られている。
時間が過ぎていく。
俺は深呼吸の後、彼女の生温い手を握り返した。
「宇佐先輩。俺は処女厨です」
「は?」
よよつさんが目を丸くする。
俺は立て続けに自分語りをさせてもらう。
以下、世の中でもっとも無価値な話だ。
「別に相手に純真さ、イノセントを求めたいわけじゃありません。ただ、どうしても。俺の息子を他人の局部と比較されることに耐えられないんですよ」
「いやいやいやいや」
「恥ずかしながら俺の全身はコンプレックスで出来てます。小学生の頃はピカソ、中学ではキュビズムと呼ばれた顔面だけじゃありません」
「なあ川口。別にオレたち結婚しようって話じゃなくてだな。せっかく玩具があるんだから遊ぼうぜって感じで……」
「小学校の修学旅行は長野県でした。俺は温泉の露天風呂で友達から言われたんです。お前のチンチンが一番小さいって。あれが今もトラウマなんです」
「待て。朗報だぞ。オレは童貞ではねえけど、こっちは未経験なんだわ! 金持ちの妾になる話は断ったし。だから安心しろ。他の奴のチンコなんて見たことも…………あっ」
よよつさんは気づいてくださった。おのずと視線が下に向かう。
そういうことだ。
もし仮に彼女と愛し合ってしまえば、他ならぬ彼女自身の元相棒と比較されてしまう。
その眼差しに自分は耐えられない。どんな言葉をかけられようとも関係なく。
俺は弱い。
その上で相談者には弱い部分を見せないように努めてきたが、今回は見せてしまった。
普段とは反対側の椅子に座っている気分だ。
よよつさんは腕を組み、小さくうなづく。
「そうか。なるほどなあ。元男としては、気持ちはわからないでもないなあ」
「宇佐先輩の人柄は好きですが、今回お役には立てません」
「す、好きなのかよ。ふうん。そうかそうか」
「そういう好きではないですよ」
「わ、わかっとるわ。尊敬してるってことだろ!」
別に尊敬の対象ではないが、怒らせたくないし黙っておこう。
よよつさんの端整な横顔が左右に揺れる。
この方は考え事をする時、首を動かす癖がある。
俺は少し身構えてしまう。
「……川口に言っておくことがあります」
やがて彼女は妙にかしこまった様子で、こちらに話しかけてきた。
何故か目線をカラオケの画面に向けたまま。
「なんでしょうか」
「全部嘘です。今までのオレの話、全部嘘。宇佐よよつは教師の妹で、普通の女の子です」
さすがにそれは今さらすぎる。
もし今までの話が全て「宇佐よよつ」という同級生の少女が考えた、妄想を飛躍させた突拍子のない謎設定の集まりだとしたら?
石油王も金持ちの怪しい大会も存在せず、彼女の妄想だったなら?
確かに全部の前提が覆る。
その代わりに彼女が『学園相談部』に来た理由も失われる。
彼女が元々女の子であれば、あるいは「女の子」を演じられたら、周りの人間が放っておくとは思えない。
よよつさんの孤立は結局のところ御自身の内面に起因していた。彼は不器用すぎて、どうあがいても「彼女」の仮面を被ることが出来ない。
きちんと嘘をつけないから、自分のつく下手な嘘に耐えられないから、よよつさんはここにいるのだ。
少なくとも俺にはそう見える。
「全部嘘なんだ。信じてくれ川口」
彼女はようやくこちらに身体を向けてくる。
上半身を捩らせ、迫るように。
「与太話が過ぎますよ」
「今さら更新できないならさ。せめて。そういう体でやり直せないか?」
興味深い提案だった。
お互いに嘘だとわかった上で嘘に乗る、と。
これは昔読んだ本の受け売りだが。
人間が認識している現実は全部悪魔によって刷り込まれたものである、という仮説がある。
ゆえに考える自分自身以外に信じられるものはない(=自分以外全てを疑うことが出来る)という答えに行きつくらしい。
そこから一歩二歩進んで、自分が信じたいものを信じようという発想に至るとは。
俺は思わず笑ってしまう。
「自分に嘘をつけるほど器用な人じゃないですよね、宇佐先輩は」
「そうなんだけどさぁ」
「それにやり直しても多分同じですよ」
「い、一回やってみよう! やってみてから考えたほうがいいって! ほら出会いからやり直そう!」
よよつさんは根っからのチャレンジャーだった。
机上の超巨大パフェが溶けつつある。
仕方ない。
俺は一旦個室から出た。廊下では人気アイドルグループの新曲がBGMで流れている。
出たついでにトイレも済ませたいところだが、あまり待たせると二度目の逃走を疑われそうだ。
ああ。俺にもやり直したいことが一つあったな。
改めて。俺は604号室の前に立つ。
初めて出会ったのは1ヶ月前だった。あれから毎週金曜日、よよつさんと交流を重ねてきた。
本当のことを言えば。最近は週末が待ち遠しい気持ちもある。
それはよよつさんといると楽しいからだ。
俺は手の甲でドアを叩く。
小柄な女子生徒が出迎えてくれる。いつものカレッジジャケットから足湯学園のブレザーに着替えていた。
確かに評判通り可愛いデザインだ。彼女によく似合っている。
彼女はウェーブのかかった髪を指先で弄りながら、こちらに上目遣いを向けてくる。
「は、初めましてぇ。わたしは宇佐先生の妹で宇佐よよつと言います……酷い名前ですよね、親から愛されてないのが丸わかりというか……」
「初めまして。学園相談部の川口雄二です」
「あはは……えーと。クソッ。ダメだわ。やっぱりオレはオレだ。女のふりなんて続かねえ。恥ずかしい」
よよつさんが頭を抱える。
自分を偽れない。生きづらそうだが、本当に好ましい人だと思う。
そんな彼女の手を取らせてもらう。
「大丈夫です。ご安心ください。学園相談部はいくらでも話を聞きます。絶対に相談者から逃げたりしません」
「へへっ。平気で嘘つくじゃん」
相手の目を見ながらセールストークを飛ばしたら、ようやく涙目の彼女に笑顔が戻ってきた。
自分も嬉しくなる。
「…………」
「…………」
「よし。戻るか」
「そうしましょう」
彼女に促される形で室内のボックスソファに座る。ほぼ液化したパフェ入りの器を手渡されたが、さすがに固辞しておいた。
よよつさんは飲み干すようにパフェの残りを平らげると、こちらの左肩に頭を預けてくる。軽い。重い。
「川口ぃ。デンモクでオレの曲入れてくれよ」
「わかりました。曲名は?」
「ノッツの『うそつきでもすき』」
うおお。
直球勝負の選曲にたじろぎそうになった。
俺は大急ぎで検索をかける。液晶画面に表示された歌い出しの歌詞が、少し前の記憶を呼び起こす。
「この前、うろ覚えでほとんど歌えてなかった曲じゃないですか」
「うるせえ。ずっとカラオケばっかでレパートリー尽きたんだよ。川口にはそろそろ別の遊びも教えてやらねえとなぁ」
彼女は頬を赤らめつつ立ち上がり、マイクを握りしめる。
もはや「相談部」「依頼者」という建前が壊れつつある気がする。しかし、それを咎める気にはならない。
「♪♪♪」
もちろん彼女に相談があるならいくらでも乗るけれど。
今後よよつさんからお誘いいただけるなら、詮ずるところ、口実なんぞ何でもいい。
相手は路上に平気で痰を吐くような野蛮人なのだが、そう思える程度には我ながら気を許している、らしい。
結局、人間は自分に好意を寄せてくれる人間が好きなのだ。これは図書館の文庫本の受け売りではなく『チェンソーマン』デンジ君の言葉である。
「ところで遊びって、どこに行くんですか?」
「ラブホ!」
元気いっぱいの声がマイクで増幅され、スピーカーから室内に響き渡る。
俺は丁重にお断りさせていただいた。
× × ×
時が過ぎるのは早いもので、気づけば春の足音が近づいていた。
年越し蕎麦の味も忘れられないまま『学園相談部』の日めくりカレンダーは3月下旬に差し掛かっている。
春休み明けには、俺も高校2年生になる。
終業式を終え、休暇前の学園相談部には相談者がごった返すことはなく──いつもどおり窓用エアコンと冷蔵庫の音だけが耳に入る。
春休み中は悠々自適の自堕落生活を送ることができない。
それこそホグワーツからダーズリー家に帰省するハリー・ポッターの気分になる。
俺は万感の想いを込め、お気に入りのソファに身体を預け、新刊の漫画を読み始めた。
左手のカップにはコーヒーメーカーで淹れた温かいカフェラテ。
幸せのひと時だ。
「川口く~ん」
ノックもなしに部室の扉が開け放たれ、廊下から女教師が飛び込んできた。
宇佐みみつ。今日もパンツスーツがよく似合う方だ。生徒想いの先生には来年も引き続き顧問を務めていただきたい。
ちなみに俺の友達の姉でもある。
俺は読みかけの漫画をソファの谷間に押し込み、先生の元に駆け寄る。盛大にお迎えしなければ。
「我が太陽、我が恩師、宇佐大先生の御尊顔を拝謁できて光栄であります」
「何なの急に。さては疾しいことでもあるのかな~?」
「特に無いですよ」
「またまた~」
宇佐先生はニコニコしながら相談用の椅子に座る。
背中は他の同級生たちと変わらない感じがする。肩幅など俺より華奢だろう。
俺は小型冷蔵庫から先生用の烏龍茶を取り出した。手のひらサイズのスチール缶だ。
「先生、どうぞ」
「いつもありがとう。妹とは最近どうなの?」
「今もたまに遊んでますよ」
「駅前のカラオケボックス?」
「ええと。あそこのカラオケは出禁になりました」
「ほほう」
宇佐先生は目を丸くする。
先生に明かすと問題がデカくなりそうだから説明は控えるが、去年よよつさんがカラオケ店の看板を蹴り倒してしまい、店側からこっぴどく怒られてしまったのだ。
よよつさんは当初「たまたま足が当たった」と強弁していたが、すぐに「無性にキックしたくなった」と自供した。
性根が悪い人ではないのは知っているつもりでも、こういう部分は本当に相容れない。
きっちり3000万ドルの貯金の中から弁償していたが。度しがたい人だ。
ともあれ。
あれから思い出の604号室を訪れることはなくなり、週末の彼女の待ち伏せもなくなった。
近頃は彼女のお誘いで休日に遊びに行くことが多い。食べ歩き、釣り、遊園地などなど。
学校で孤立する彼女にとって、友達の存在は数少ない拠り所の一つになっていると思われる。
俺も普段友達とはゲームばかりだから、よよつさんとの外出は新鮮で楽しい。
時が経ち、いずれお役御免の時が来るかもしれないが、それは肉親を含め、どのような関係性にも当てはまる話だ。
お互い友達として今を楽しみ、思い出を育めたら良いんじゃないか──と自分なりに捉えている。
「良かった~。お付き合い上手くいってるみたいで」
「別に付き合ってるわけじゃないですよ」
「またまた~。よよつったら、家に帰るといつも川口君の話なんだよ。デート前はすっごい気合入れてるし」
「デートじゃないですよ」
「あの子、ずっと辛そうだったからさ~。やっぱり彼氏にヨシヨシしてもらうのが一番かなって」
「彼氏じゃないですよ」
「上手くいって良かった~」
宇佐先生は満足そうに両手を合わせる。全然聞く耳をもってくれない。いつも何でも聞き入れてくれるのに。
少なくない人数の恋愛相談を受けてきた経験上、自分の精神的健康の世話を恋人にやらせるのは関係性の破綻に繋がるから避けたほうが良い気がするが、先生には先生の考え方があるんだろう。
他者との繋がり方が違うだけで、孤立脱却という処方箋は俺と変わらないわけだし。
俺は熱々のカフェラテを机上のソーサーに戻す。
「ところで先生。今日の迷える子羊は何組の生徒なんですか?」
「うふふ。今、川口君が一番会いたい人かもね~」
「オリックス・バファローズの太田椋?」
「そんなわけないでしょ! もう!!」
宇佐先生はスーツのポケットからスマホを取り出した。
誰かにメッセージを打っている。
およそ予想はつくが、今から学園相談部に呼びつけるつもりなら、初めから一緒に来たら良かったんじゃないか。
「あれ。たしか他校の生徒は校舎内に入れないんじゃ。先生が許可証出したんですか?」
「それは来てからのお楽しみ。お邪魔虫になっちゃうから先生は職員室に戻るね~」
「先生。一応言っておきますが、本当によよつさんとはお付き合いしてないですからね」
「そうなの? 妹は彼氏みたいなもんだって言ってたけど~」
宇佐先生はニコニコしながら部室を出ていく。
去り際にとんでもない爆弾を残していきやがった。
よよつさん。自分自身を偽れない・自分に嘘をつけないだけで、他人には嘘をつくからな。
そして自家栽培の罪悪感に耐えられなくなり自白する。
見てて面白い人なんだが、宇佐先生を誤解させるのはやめてほしい。
俺の楽園・学園相談部の存続はひとえにあの方の好意に支えられている。先生に切られたら全て終わりだ。
いくらチョロいとはいえ「妹」については相当可愛がっているみたいだし。俺がよよつさんを傷つけたと判断された時の反応が怖い。
「お待たせー」
ノックもなしに部室のドアが開かれる。
廊下に立っていたのは今問題になっている当人だった。
彼女はこちらの反応を伺うような素振りを見せる。
上着こそ普段のカレッジジャケットだが、制服のスカートの柄が変わっていた。リボンの色も異なる。
「宇佐先輩。ウチの学校に転校するんですか」
「ビックリしただろ。来年からお前のクラスメートだ。似合うか?」
「足湯学園の制服のほうが可愛いですよね」
「ほんとにそれだよなぁ。まあ文句言っても仕方ないわ。今後とも仲良くしようぜ」
彼女は満足げに微笑み、部室の中に入ってくる。ウェーブのかかった横髪が揺れる。
ここで会うのは初めてのことだ。
何となく地元の友達をバイト先に呼んだような気分になる。
「こんなボロい部屋で相談部やってんだな」
「宇佐先輩、お話があるんですが」
「なんだお前から相談してくるのか? へへへ。いいぞ。何でも先輩に聞いてみな」
「宇佐先生に何か嘘ついてません?」
「何のことだか」
よよつさんは惚けたように目を逸らしてくる。
しばらく黙っていたら、彼女は観念したように頭を下げてきた。
「は、早く付き合えって家族から言われ続けるのが面倒になっちまって」
「嘘はダメですよ。俺だっていずれは穢れを知らない箱入り娘とお付き合いしたいんですから。」
「お前それずっと言ってるよな! いい加減観念しろよ! こんなに可愛いよよつちゃんと毎週デートしてんだぞ、もはや内縁の妻だろうが!」
「逆ギレしてどうするんですか」
俺はいつもの癖で冷蔵庫から烏龍茶の缶を取り出す。
よよつさんに差し出すと、彼女は打って変わって心底嬉しそうに受け取ってくれた。
少女めいた笑顔が弾ける。
「おいおい。何だよ何だよ。オレの好物を用意しててくれたのか。ひょっとしてオレの転校を期待してたのか~?」
実際は宇佐先生用のストックなんだが、あえて言うまい。
プライベートブランドの安物でここまで喜んでくださるんだから、相変わらずチョロい人だ。
彼女は一口で烏龍茶を飲み干した。
「ご馳走様。来月から毎日飲みに来てやるよ」
「用も無いのに来ないでください」
「入部しろってことか? 仕方ねえなあ」
「よよつさんは隠し事苦手だから向いてないですよ」
「うわっ。つれねえ奴」
よよつさんは相談者用の椅子に座り、挑発的な仕草で脚を組む。冬用のタイツがなまめかしい。
相手は俺の視線に気づき、余計に自信を深めたようだ。
垂れ気味の双眸が色っぽく歪む。
「なあ川口。来月から目の前の美少女とイチャラブピュアピュアダイアリー2年生編が始まるわけだが、感想は?」
「宇佐先輩が環境を変えられたのは良いことだと思います。ウチの学校なら変な奴も多いですし、俺の友達も紹介できます」
「へえ。よよつちゃんに男を紹介してくれるんだ?」
彼女は小悪魔的な笑みを浮かべる。
こちらとしては少し複雑な気分になるが、彼女の独占欲を突っぱねている以上、俺が独占欲を向けるのは「お門違い」というものだろう。
そもそも川口雄二に女友達は一人も居ないんだから、男以外は紹介しようがない。
「もちろんご紹介しますよ。もしかしたら先輩お目当ての局部が手に入るかもしれませんね」
「ふうん。オレ的には今はこのままでいいし。将来のことは医学の進歩に期待するつもりだけどな」
「そういえば3000万ドルあっても生やしたりできないんですか?」
「ゼロからイチを作るのは上手くいかないっぽいわ。トンネルは掘ればいいが、蛇口付きの親指を生やすようなもんだしな。オレが世話になった石油王も逆方向の大会はやったことがないって言ってたなあ」
逆方向とは女性から男性を作り出すことだと思われる。
つくづく世界のお金持ちの発想には共感できない。お金が余ってるならもっと良い遊び方があるだろうに。
彼女が言うところの「医学の進歩」には貢献しているのかもしれないが。
「そのかわり今の医学でもイチからサン・ヨンにはできるみたいだぞ」
「駅前のクリニックが宣伝してますよね。男ならでっかく生きよう、って少年漫画に似せた広告出してて……」
まずい。
俺は言い終える前に両手で口を抑える。
よよつさんも同じく口元を抑えていた。おそらく「気づき」のジェスチャーとして。
「その手があったか」
あ、やべえどうしよう。
お読みいただきありがとうございました。
以降は不定期掲載になります。
よろしければ新作小説「英雄契約説 革命と魔女」もご覧ください。戦記系のTSものになっています。




