改造人間4号の省察(前)
× × ×
学園相談部にはめったに相談者が来ない。
単純に知名度が低いのもあるが、何より立地が悪すぎる。校舎裏の旧部室棟の二階なんて普通に過ごしていたら訪れようとは思わない。おそらく一般の生徒には建物の存在すら認知されていない。
だからこそ俺はこの場所を隠れ家に選んだ。
放課後、自宅に帰らず怠惰な時間を満喫できる場所を合法的に手に入れるため、適当な部活をでっち上げたのである。
学園相談部という耳通りの良い名前を付けてくれたのは、俺の迫真の演技に絆された顧問の宇佐先生だ。若くて情熱のある女教師はとてもチョロかった。「みんなの悩みに寄り添いたいんです!」と涙ながらに訴えたら、すぐにも部活の認可を取りつけてくれた。
おかげで俺は今日も悠々自適な放課後を楽しんでいる。
右手には缶コーヒー。左手にはマンガ。
足元には冬の底冷えから身を守るために持ち込んだ赤外線ヒーター。
窓用エアコンの温風・足掛けの毛布と合わせて三位一体となり、部室の主をぬくもりで包み込んでくれる。コタツの中で眠る猫の気分だ。もう外には出られない。一生ソファの上でまどろんでいたい。
「川口く~ん」
ノックもなしに部室の扉が開け放たれ、廊下から猛烈な冷気が吹き込んでくる。
相談者だったら速攻で閉めるように指先で促すところだが、相手が先生となると強気には出られない。部活の顧問ともなれば尚のこと。
「宇佐先生。また迷える子羊を連れてこられましたか」
「うんうんうん。そんなところだよ~。私は君の先生としてバリバリ営業活動に精を出しているからね!」
小柄な女教師がガッツポーズを見せてくださる。仕立ての良さそうなパンツスーツだ。元サッカー少女らしいスポーティなボディラインが映えるなあ。
宇佐みみつ。国立大学を出たばかりの新米教師であり、俺にとっては敬愛してやまない女性だ。
彼女の尽力で我らが『学園相談部』が生まれたことは言うに及ばず、部室内の設備も随分と整えていただいた。
蛍光灯のLED化、ソファの提供、コンセントの増設、窓用エアコンの設置など。宇佐先生には頭が上がらない。今後ともそのチョロさに甘えていきたい所存です。
「それでさっそくだけど、今から駅前のカラオケボックスに行ってもらえるかな。もう部屋は取ってあるから」
「カラオケですか? 俺、基本アニソンしか歌えねえッスよ」
「今回の子羊ちゃんはここに来れないんだ」
宇佐先生の表情に影が差す。
学校に来られないとなると不登校の生徒だろうか。
季節は年末だ。仮に相談者が来年以降の進路に悩んでいるのなら、まずは然るべき大人たちに相談するべきだ。しかし一般生徒の俺でも多少の泣き言ぐらいは聞いてやれる。
遊ぶ場所欲しさに始めた相談部なのに、実のところ相談を受けること自体はそんなにイヤじゃない。
他人の話を聞いてやって「川口ありがとう」と言われるのは存外に気分がいいもんだ。
「不登校の方でしたら、たしかに学校には入りづらいでしょうね」
「いや。他校の生徒なんだよね」
俺はソファから転げ落ちそうになった。
今まで宇佐先生の紹介で色んな人の相談に乗ってきたが、他校の生徒を紹介されるのは初めてのことだ。
「ど、どういう人なんですか」
「宇佐よよつ。名前のとおり私の可愛い妹だよ。悩みがあるっぽくてさ~。話聞いてあげてくれない?」
みみつの下がよよつなら、その下はごごつなんだろうか。
「お言葉ですが『学園相談部』を私物化しないでいただけますか」
「おいおい。それを川口くんが言っちゃう?」
宇佐先生が半笑いで首を竦める。
俺は何も言い返せなかった。
× × ×
駅前広場に面する雑居ビルの五階で受付を済ませ、ドリンクバーで表面張力ギリギリまで注いだ紅茶を片手に目的の部屋に向かう。
カラオケに来るのは久しぶりだ。中で待ち合わせるのは初めてかもしれない。
それも女の子が待っている部屋に入ることになるなんて。相談とわかっていても浮き足立ってしまうぜ。
604号室のドアの前に立ち、今度は急激に気分が落ち込んできた。俺は本来不細工すぎるせいで女子の空間に入ることを許されない男だ。過去には同級生の女子から中指を立てられたこともある。悲しかった。
そんな奴が狭苦しい部屋に入ってくるんだから、もう相手の反応を想像するだけで辛くなっちまう。
仕方ない。悲鳴を上げられたらすぐに電話で宇佐先生を呼ぼう。
意を決してドアノブを握ろうとしたら、部屋の中から扉を開けられてしまった。
背の低い女の子がこちらを見つめている。
「やっと来やがった」
随分と可愛らしい子だった。ぶっきらぼうな口調だが、声自体は可愛い。若干垂れ目で睫毛が長い。顔は小さめだな。お姉さんとは似ていない。艶やかな黒髪を肩まで伸ばし、淡い色のシュシュで二つくくりにしている。
制服のリボン付きシャツの上からアメリカの大学生が好んでそうなジャンパーを羽織り、足回りではストライプ柄のニーソックスが「小悪魔」的な印象を与えてくる。
全体を見るかぎりでは骨格ウェーブだな。女性らしい体つきだ。
「おい。何をチンタラしてんだよ。とっとと入れって」
「こ、こんにちは」
「みみつ姉ちゃんの生徒なんだろ。知ってる」
よよつさんはオレンジ色のボックスソファに座り、卓上のフライドポテトをひとつまみする。
「ん」
こちらにコーラ入りのコップが差し出された。乾杯。
フライドポテトも分けてもらえるみたいだ。手元に大皿が寄せられてくる。
「いやー。最近すぐにお腹いっぱいになっちまうからなー」
「ちょっとだけいただきますね」
「お前学年一緒なんだろ。タメでいいって」
よよつさんも高校1年生だったらしい。小柄な体格ながら謎の風格を感じてしまっていた。
俺は同級生向けの態度に切り替えようとするが、なかなか上手くいかない。どことなく下手に出てしまう。
「ところでお前、名前は?」
「川口雄二だけど」
「ちっちゃい時に兄ちゃんにやらせてもらったパワプロに出てたわ、そんな名前の野球選手」
「よく言われるよ」
中学時代の担任からは「近鉄の下位打線は強かったよな」と同意を求められたこともある。俺が生まれた時には消えていたチームの主力選手だが、今も一定の年齢層の記憶の中で生きているらしい。
「オレは宇佐よよつ。ひっでえ名前だろ」
彼女は無垢な笑顔を浮かべる。オレっ娘なのか。
初対面の相手の自虐ネタは反応に困るぞ。沈黙は金なり、されど愛想笑い程度は浮かべておこう。
すると彼女は、こちらの肩を抱くようにして身体を寄せてきた。
「そんなオレから川口に相談があるんだよ」
「か、改名の手続きなら役所に行ってみたらどうだろう」
「お前のチンコをくれねえか」
発言がストレートすぎて反応できなかった。
彼女からすごく良い匂いがする。柔らかい。こちらの左腕に小ぶりな膨らみが当たっている。一生記憶に残ってしまいそうな素晴らしい触感。
間違いない。美人局だ。
彼女の誘いに乗った途端に仲間の男達が現れ、慰謝料として金品を取られてしまうんだ。
この場合、恐喝犯の元締めは宇佐先生ということになってしまうが……あれれ?
「最後に一発ヤラせてやるから。頼むわ」
彼女の左手が少しずつ下半身に伸びてくる。
俺は咄嗟にそれをはね除けた。
「カラオケ屋はラブホではありません!」
「うるせえな。どうせそのツラだ、一生使い道ねえだろ。川口よぉ。お前は童貞卒業できてオレはチンコをもらう。良い取引じゃねえか」
会話の雲行きが怪しくなってきた。いや、すでに相当怪しかったのだが、チンコをもらうの意味合いがわかってきた。
多分切られるやつだ。
彼女は令和の阿部定になろうとしている。
な、何のために?
「も、もしかしてコレクションしてるんですか。いろんな男の大切なものを!」
「コレクション? そういうことじゃねえよ。姉ちゃんから話聞いてないのか」
「可愛い妹の相談に乗ってほしいとしか聞いてませんが!」
「妹だと? 冗談キツいわ。こちとら宇佐家の次男坊、第三中学の宇佐よよつと言えば、ちょっとは地元じゃ名の知れたもんなんだぞ」
「なんで男なのにおっぱいあるんだよ!」
「オレ、改造人間なんだわ」
宇佐よよつは改造人間である。
彼を改造した医師は性別適合手術を専門とするタイ人ではなく、とある石油王お抱えの闇医者であった。
1年前。お金欲しさに闇バイトに応募した宇佐少年は、たまたま日本を訪れていた石油王のエージェントに素質を見出された。
エージェント曰く。中東某国で『男性から絶世の美女を生み出す大会』が行われるらしく、出場者には莫大な報酬を与えるという。
宇佐少年は熟慮の末に出場を承諾した。現在、彼女の銀行口座には3000万ドルの預金があるらしい。
その証拠とばかりに、彼女はシャツの中から黄金色の細長いネックレスを引っぱり出してくる。
「1000万ドルは出場報酬。2000万ドルは準優勝の賞金だ」
「お薬とかやってません?」
「何も飲んでねえよ。他の出場者は色々飲んでたが、オレはお腹にiPS細胞で作られた人工子宮が入ってるからな。ホルモンバランスはバッチリだ。詳しいことは知らねえが、石油王のオッサンがアメリカの技術チームに特注したらしいぜ。ああ。子供は産めないらしいわ」
妄想が過ぎる。
設定に現実味を感じられない。ネックレスまで安物に見えてくる。
俺は率直な感想を漏らしてしまう。
「中二病って憧れから来るものとは限らないんですね」
「おいコラ」
よよつさんに襟元をつかまれた。凄みを効かせたつもりなんだろうが、肝心の腕力が決定的に不足している。
怖くない。
おそらく俺の筋力なら彼女を組み伏せられる。
彼女は物理的な対応に限界を感じたのか、言葉で噛みついてくる。
「てめえ。一丁前に憐れみやがって。言っておくけどな。オレはよく考えたからこそ肉体改造に応じたんだぞ」
「改造も何もどう見ても普通の女の子にしか見えませんが」
「だから全身改造されたんだよ。顔面を大改造されたし、声帯も変えられた。手足も術後は動かしづらかった。おまけに身長と肩幅を5%ぐらい削られたし、おへそも前より下に移されて……」
「見せないでください!」
シャツをめくってエッチなお腹を見せてくる彼女に抗議させてもらう。学園相談部ではセクハラ禁止です!
それにしても男女で臍の位置が違うなんて初耳だ。その石油王は本気で『男性から絶世の美女を生み出す大会』に臨んでいたらしい。そもそも何なんだそのマニアックな大会は。海外の金持ちの発想は恐ろしいな!
全部彼女の作り話である可能性は依然高いが、もし実在する大会だったなら悪魔的すぎる。
生まれつきの生きづらさを抱える人たちに性別適合手術を施すのではなく、そうでない人を性別不適合な状況に陥れるとは。それも金持ちの見世物にするためだけに。
カラオケボックスのオレンジ色の照明に照らされた彼女のあまりに可憐な容姿が、逆に痛々しくてたまらない。
「なあ。さっきからいい加減にしろよ。可哀想な動物を見るような目をしてきやがって。どうせ一生童貞のお前と違ってなあ、こちとら100人の子供を抱える身なんだぞ!」
「え?」
「石油王のオッサンに精子バンクの優先枠をもらったんだよ。ほら見ろ。このページの夫婦が抱えているのは、みんなオレの精子から生まれたガキどもだ。毎日フェイスブックで成長ぶりを眺めてるんだよ。パパなんだ、オレは」
彼女はスマホの画面をこちらに向けながら、持ち前の無邪気な笑顔を見せてくれる。
なるほど望まぬ形で生殖能力を奪われるかわりに、チンギスハン並みに子孫を残すことができる条件だったわけだ。
石油王のアフターケアの万全ぶりには感心するが、彼女が小さな唇から言葉を発するたびに話の信憑性が失われていく。
「ジュースを入れてきます」
俺は彼女にそう告げて、そのままカラオケボックスから姿を消すことにした。
君子危うきに近づかず。
彼女の発する危険な匂いに俺の脳内では常時アラートが鳴りっぱなしだった。もっと早く逃げるべきだった。
仮に彼女の話が本当だったとしたら、生き様が無鉄砲すぎるし、チャレンジ精神を評価するにしてもファーストペンギンというよりスーサイドペンギンでお近づきになりたくない。
作り話だったとしたら? 痛い妄想が過ぎる。
何より。
どうせ一生役に立たないにしろ、俺は局部を切られたくなかった。
小さくても大切な箱入り息子なのである。
× × ×
翌週。
夕方まで『学園相談部』で漫画を読み耽っていた俺は、全員下校のチャイムと同時に校門を出た。
母親の再婚以来、家路には憂鬱が付き物だ。
俺の身の上話なんぞ何の価値も無いが、一つだけ言っておくと、一応ダーズリー家でのハリー・ポッターより遥かに正当な扱いを受けている。要するに俺は「家庭内の他人」扱いなのだ。
日没後の帰路には人影が少ない。それゆえに一人一人の姿が目立つ。
サッカー部の男子グループ。リーダー格の2年生は春頃に相談室に来たことがある。寝小便癖に悩んでいた。
勉強熱心な進学クラスの生徒たち。赤色のメガネをかけた女子生徒は他校の恋人に振られてから勉強に手が付かなくなっていた。あれからモチベーションを回復できたのだろうか。
男子バスケ部の元部長。指定校推薦が原因で友達から嫌がらせを受けていた。今は後輩たちの居残り練習を手伝うことで「寂しさ」と「後ろめたさ」から逃れている。
駅前広場のベンチで胡坐をかいている、背の低い女の子。
彼女がマスクを外せば、周りの通行人たちは否応なく一度は見惚れてしまう。それは俺も例外ではない。
宇佐よよつ。今夜は艶やかな黒髪を丁寧に編み込んでいた。後頭部の黒いリボンが左右に揺れる。
先週の小悪魔系美少女から打って変わって、日本版・悪役令嬢のようだ。
「待ってたぜ~」
彼女が右腕に抱きついてくる。
元男子を自称するくせに色香を使ってくるのはどういう了見なんだ。いや。そんなことより。待ち伏せされるとは思いもよらなかった。
前回、俺は彼女の相談を勝手に切り上げた。カラオケボックスから何も言わずに逃走した。
学園相談部の創設以来、初めての不祥事となったわけだが、顧問の宇佐先生は何も言ってこなかった。余計に怖かった。
もしかしたら、もしかしたらば。全てが俺の想像通りなら。
よよつさんは姉である先生に何も伝えていないのでは?
「川口よぉ。どうしてこの前は逃げたんだ?」
「すみません」
「理由を聞かせてくれないとなあ。何でだよ」
「局部を切られたくなかったからです」
「そうか。それならアレは無しでいいわ。これでOKだよな。カラオケ屋に戻ろうぜ」
彼女に手を引かれ、前回と同じカラオケボックスに入店する。
奇しくも同じ部屋に案内された。
狭苦しいボックスソファだけの空間。ソファに座るだけで身体の一部が触れ合いそうになる。
彼女はあの時と同じようにジュースの乾杯を求めてくる。卓上にはフライドポテトではなく鶏肉の唐揚げが用意されていた。冷めている。
「お前に相談があるんだよ」
「相談ですか」
「相談だよ相談。人生相談だわ」
よよつさんは唐揚げを手づかみで食べる。指先についた油を舐めとるあたりに清潔感の面で相容れないものを感じるが、世間一般には容姿が美しい彼女のほうが「清潔感がある」扱いを受けるのだろう。理不尽だ。
俺は紅茶をすする。
「よよつさんの人生相談は、然るべきカウンセラーに任せたほうがよろしいかと存じます」
「なあ。敬語やめろって。オレら同級生なんだぞ。そりゃオレは去年海外に居たから留年してるけど。もっと気安く喋ろうぜ」
「宇佐先輩の人生相談は、然るべきカウンセラーに任せたほうがよろしいかと存じます」
「お前面白いなぁ」
彼女から頭を撫でられる。
ヤバい相手だとわかっていてもスキンシップされると心が揺らいでしまう。俺は弱い。髪の毛に唐揚げの油を付けないでほしいのに。見た目が可愛いから好きになっちゃいそう。
「なあ。せっかくだからチューしようぜ」
よよつさんが顔を近づけてくる。
せっかくだからと接吻がつながる感覚が自分にはわからないが、身体が改造されると心まで引っ張られるものなのだろうか。
彼女の唇は唐揚げの油で潤っていた。俺は顔を背ける。
「宇佐先輩って男性がお好きなんですか?」
「いや全くもって全然。去年まで彼女も居たし。肉体改造されても脳みそまで弄られたわけじゃねえし。ほら、こっち向けよ」
「思いつきで行動しないほうが良いと思いますよ」
「お? オレに説教するつもりか? 一丁前に?」
よよつさんはニヤニヤしている。
そう言われると俺から何も言えなくなる。
まあ『学園相談部』は相手の話を聞くことが本旨であって、解決策を捻りだすための活動ではないから、ひとまず彼女が話してくれるまで黙っていたほうが良いのかもしれない。
「おいおい。怒るなよ。良いって別に。何でも言えよ川口」
「先に宇佐先輩の話を聞かせてもらえますか」
「ああ。チンコの件もいずれ解決したいんだが、それより困っていることがあってだな」
「何です?」
「クラスメートから浮いてんだよ、オレ」
そりゃそうだろ。
反射的にツッコミを入れそうになり、俺は咄嗟に紅茶を飲み干した。後でおかわりを取りに行こう。
よよつさんは苦笑いしている。
「また逃げるつもりかよ。今度はみみつ姉ちゃんにチクるぞ」
「今日は逃げません。それより宇佐先輩ってマジメに学校に通ってるんですね。3000万ドルも持ってるのに」
「せっかく姉ちゃんが取りなしてくれたからな。しかも私立の足湯学園だぞ。ほら。制服可愛いだろ?」
確かに足湯学園の制服は可愛いと評判が高い。
彼女自身は私物のカレッジジャケットを好んでいるようだが、本来はブレザー形式の制服だったはずだ。
ちなみに我が校の制服も男女共にブレザーである。
閑話休題。
彼女の相談内容は(彼女のエキセントリックな生き方に対して)比較的ありきたりなものだった。
教室に友達がいない。孤立している。寂しい。
そんなお悩みに人知れず寄り添ってきたのが、何を隠そう川口雄二である。
俺は過去の相談経験から彼女に合いそうな「解決策」を提案してみる。
「ひとまず変人のふりをするのは辞めたほうが良いですよ」
「はぁ? 別に変人のふりなんてしてねえよ。オレはオレだ」
「宇佐先輩が学校でどんな感じなのか知りませんけど。少なくとも改造人間だとか言わないほうが安全です。仮面ライダーじゃないんですから。もちろん涼宮ハルヒでもないわけですし」
「へえ。川口ってアニメオタクなんだ。なんかわかるわ~」
「帰っていいですか?」
「ウソウソウソ。いやバカにしたわけじゃねえって。オレもアニメ好きだぞ。石油王の家で暇な時はずっと観てた」
「その石油王の話も避けたほうが賢明です。怪しすぎます。もうちょっと普通の女の子のふりをしてみましょう」
「普通の女の子なぁ」
彼女は皿に残った唐揚げをつまむ。
「オレにできると思うか?」
「とりあえずやってみましょう」
「ん。わかった」
よよつさんは唐揚げを食べきると、手元の通信機材で数年前のプリキュアの主題歌を予約した。
彼女の中では普通の女の子=プリキュアのイメージなんだろうか。幼児じゃねえか。
「♪♪♪」
歌は意外にも上手だった。
本人の話によると例の怪しい大会では「容姿」「振る舞い」等のほかに「歌唱」も採点項目だったらしく、石油王が連れてきたアメリカのボーカルトレーナーに鍛えられたらしい。
身振り手振りを付けながら楽しそうに歌う彼女の姿は、普通の女の子に見えないこともなかった。
× × ×
翌週。
またもや駅前広場で待ち伏せを受けた俺は、彼女に手を引かれるままカラオケ屋に入ることになった。
今回も同じ部屋だ。もし仮に有り余る現金で店員を買収しているなら、その金の一部で良いから「相談料」としてこちらに回していただきたい。
よよつさんは無垢な笑みを浮かべていた。
「ダメだったわ!」
ダメだったらしい。
彼女は運ばれてきたパンケーキにフォークを入れる。
「オレには女子のマネとか向いてねえわ。全然ムリ。いつものオレの感じになっちまう。何なら自分で気づくまで男子便所でションベンしてたぐらいだし」
「他の男子が可哀想なので止めてあげてください」
「おう。あれからずっと学校ではガマンしてるぞ」
それはそれでどうなんだ。
俺は以前から聞きたかったことを訊ねてみる。
「そういえば、宇佐先輩は学校では男子生徒扱いなんですか?」
「ぶっちゃけわからん」
「わからないことないでしょう。先生からは君って呼ばれてます?」
「足湯学園は男女関係なく「さん」付けなんだわ。みみつ姉ちゃんは女子生徒として入学をねじ込んだみたいだけどよぉ、一体どう思われてんだろうな」
「健康診断は男女分けられますよね」
「オレの改造されまくった身体で受けられると思うか? 余裕でサボってるわ」
「体育の授業は──」
「男女どっちに行ってもハブられるから保健室に行ってる。どいつもこいつも喋りかけても相手してくれねえから何もわかんねえ」
彼女はパンケーキをどんどん切っていく。そのうちの一切れをフォークに差し、こちらの口元に持ってきてくれた。
いただきます。甘い。
女の子(?)に「あ~ん」されたのは初めてのことだが、俺より腫物扱いの生徒を見るのも初めてだった。
年上の留年生(自称:改造人間)に絡みづらい周囲の気持ちはよくわかるが、ほとんど村八分扱いなのはさすがに可哀想だ。
逆によよつさんのほうは一体何をしでかしたらそんな扱いを受けるようになるんだ。
まさか転入早々に男子生徒の局部を狙いまくったのか……?
とはいえ。
よよつさんの場合は美少女の外見という絶対的な武器がある。
今さら女子の群れには入れてもらえずとも男子たちからチヤホヤされることは間違いなく可能だ。
もしかしたら彼女が求めてやまないモノも刈り取れるかもしれない。そうなれば俺も毎回局部に不安を感じずに済む。
彼女はパンケーキを平らげると、あろうことかカラオケ店の伝票の紙で口元を拭き始めた。
彼我の根本的な相容れなさを感じる。ここがセルフ会計の店でなければ、店員に殴られても文句を言えない。
見た目だけなら本当に可憐な少女なのだが。
今日の彼女は毛先を軽くウェーブさせていた。加えて両耳の後ろあたりで横髪を紐で結んでいる。ツーサイドアップというやつだな。いつもながらヘアスタイルが凝っている。
自分でやっているらしいが、いまいち信じがたい。
「宇佐先輩、今日の髪型可愛いですね」
「おっ!? そ、そうなんだ。へええ。今後はこの感じで行こうかな……」
「急に乙女っぽい反応見せられても困りますけど、その雰囲気なら男子グループの姫になれるんじゃないですか」
「男子に混じるのか。どんな奴らに声をかけたらいい?」
「どちらかといえばモテなさそうな客層を狙うべきかと」
「そうなるとあの辺だな。いつも遠巻きにジロジロ見られるばっかでキモかったんだが、明日は姫になってみるわ」
よよつさんは満面の笑みで胸を張る。
本人の弁によれば、頭頂部から足元まで、内も外も改造され尽くした身体の中で、おっぱいはシリコンを入れずに育て上げた天然モノ(?)らしい。
かなり自信たっぷりに話していたあたり、金銭目的とはいえ美しい女性の姿となり、非合法的な匂いがする大会で『準優勝』を飾れたことは彼女なりに自慢できることのようだ。
俺にはよくわからない。
「♪♪♪」
彼女はディズニーアニメの主題歌を歌い始める。雪山の歌。
今の彼女はありのまま、なのだろうか。
ボックスソファに座りながら、そんなことをぼんやり考えさせられた。
× × ×
翌週。
またもやカラオケボックスに連れ込まれた俺は、いつもの部屋に入るなり無垢な笑顔を向けられた。
「ダメだったわ!」
ダメだったらしい。
よよつさんは運ばれてきた担担麺を豪快にすする。香辛料由来の赤い飛沫がワイシャツに付きまくっている。帰宅後にすぐ洗わないと落ちないやつだ。家族に怒られろ。
「今回はオレなりに考えてみたんだよ。狙い目の男どもはアニメ好きそうだからアニメの話を振ろうって。そしたらアイツら、アニメよりゲーム実況? とかそっち系のファンだったらしいわ」
「そういう人もいるでしょうね」
「そんでオススメの動画を聞こうとしたら、前の川口みたく逃げられちまった。完全にシャットアウトされたわ。何なんだろうな。そんなに面白い動画なら布教してくれりゃあ良いのによぉ」
「多分、根本的に宇佐先輩が避けられているんだと思います」
「おお? 傷心のよよつちゃんにケンカ売ってんの? 川口、お前ぐらいは優しくしてくれぇ」
彼女はさりげなく身体を寄せてくる。狭苦しいボックスソファに逃げ場は少ない。
このままだと俺のワイシャツにも担担麺の汁が付いちまう。
俺は距離感を保つために彼女の両肩をつかんだ。否応なく双方の目が合い、正面から対峙するような形になる。
「な、なに?」
彼女は瞬きを繰り返す。
宝石の如き瞳、長い睫毛、白い肌、小さな唇。紅潮した頬。どれをとっても端正な顔立ちだ。
闇医者に人工的に改造されたからこそ、なのかもしれないが、時折見ているだけで変な衝動に駆られそうになる。
「なんだよ。オレにチンコくれるのか?」
「あげるわけないでしょ」
「だったら慰めてくれ。お前の言うとおりにして失敗したんだぞ!」
「俺に何を言われても慰めにならんでしょう」
「そんなことねえよ。ほら、目をつぶってやるから」
彼女は目を閉じる。
人形のようでありながら自然な睫毛が際立つ。
こんな時、何を言えば良いのだろう。俺の人生経験の致命的不足が露呈する。女子相手だと特にわからなくなる。
いや。この人は元々女子じゃなかったわ。シンプルに考えよう。
「頑張りましたね」
「……うん」
一応、正解を引けたらしい。
彼女は嬉しそうに頬を掻く。うーん。チョロい。
何だろう。この妙に既視感のあるチョロさ。
生徒の熱心な頼みなら何でも応えてくれそうな……ああ。そういえばこの人、宇佐先生の弟だったわ。
彼女が石油王の口車に乗せられた原因を察しつつ。
俺は次なるアイデアを披瀝させていただく。宇佐よよつのひとりぼっち脱却計画の切り札だ。
「宇佐先輩。俺なりに先輩をどうしたらいいのか、今週ずっと考えてきたんですよ」
「なんだなんだ。どうしたどうした。随分とオレのこと大好きじゃねえの。えええ。照れるじゃん」
「そういうことではなくて。俺は依頼人の信頼には出来るだけ応えたい性分なんです」
「ふ~ん」
「それで次の作戦なんですけど。先輩には部活動に励んでいただこうかと」
「部活だぁ?」
よよつさんがものすごく面倒くさそうな顔を見せてくる。
確かに入学時ならともかく、二学期の後半から入部するのは心理的ハードルを感じるだろう。しかしクラスメートから完全に危険人物扱いされている以上は他に手段が思い浮かばねえからな。
来年のクラス替えに賭ける手もあるが、彼女が校内で友達を求めているなら早めに作ってあげたい。
本人が望まない形の社会的孤立は人間の心に少しずつヒビを入れてしまう。
これは『学園相談部』で半年間、少なくない数の相談を受けてきた自分の経験則だ。
「例えば、文芸部などいかがですか。足湯学園にも多分あるでしょう」
「オレが本を読むように見えるか?」
「別に何でも良いんですよ。どこかのコミュニティに入っておけば、孤立感は薄まります」
「そりゃそうかもなぁ」
「数学部でも天文部でも。もちろん運動部でも構いません。宇佐先輩はヤバい人ですけど、足湯学園のどこかには先輩と仲良くなれる人がいるはずです」
「まあ、お前がそこまで言うなら顔を出してみるわ」
よよつさんは前向きに答えてくれた。
向こう見ずではあるが、とりあえず一旦挑戦してくれるところは彼女の長所だと感じる。
「追い出された時は、また慰めてくれよな」
「もちろんですよ」
「そんじゃ、聴いてください……宇佐よよつで『小さな海』」
いつの間にかカラオケの前奏が始まっていた。
普段の彼女は歌曲に感情を込めない、言ってしまえば採点狙いで上手いだけのタイプだが、今日はちょっぴり演じるように歌う方針らしい。
「♪♪♪」
少し前のアニメソングがしんみりとさせてくれる。
後半から盛り上がる曲構成が、何となく彼女の前途を期待させるが、その時は自分がお役御免になるわけで。
結局は物寂しい気分に落ちついた。
後編は連休明けに投稿します。




