第4話 苦難は続くよどこまでも⑧
「これより、乙女の繊細なハートを傷つけた梛くんの処罰を開始する!」
綾芽は後ろで手を組み、高らかに宣言する。
まるで犯罪者を輸送するかのように囲まれて電車に乗り、たどり着いた先は都内のボウリング場。
決して「取り壊しになった」という修飾語は付かない、絶賛営業中のごく普通のボウリング場だ。
終始、女性陣から恨めしそうに見られていたものの、さすがに手を出そうとは思わなかったらしい。
ただ、道中「手が滑るのは仕方ないよね」と美卯が何か企むように微笑んでいたのが、ものすごく恐ろしかった。
入場する際も、梛の全奢り――なんてことはなく、普通に割り勘。
ここまで何もないと、逆に怖くなってくる。
「さて、梛くん。覚悟はできたかな?」
「人って……死んだら、魂はどこに行くんでしょうね。成仏できるといいんですけど」
「ちょっと梛くん、物騒なこと言わないで!?」
綾芽は梛の肩を掴み、前後左右と縦横無尽に梛を揺さぶった。
食後すぐに電車に乗せられて瀕死寸前だったので、川の向こうで生みの親が手を振っているのが見えた気がした。
「お兄ちゃん何言ってんの。普通にボウリングするだけなのに」
「美卯だって、『手が滑るのは仕方ないよね』って、いかにもな発言してただろ」
「人聞きの悪いこと言わないで。投げようと振りかぶったときに、たまたま、偶然、はずみで、ボールを離しちゃって、後ろの客席のお兄ちゃんに飛んじゃうかもしれないだけだから」
「名指しの時点でそれはもう偶然じゃない。必然だ」
妹の隠そうともしない殺意に、梛は冷静に言って返す。
どうやら美卯は、ボウリングのピンの代わりに兄を倒すつもりのようだ。
ストライクという単語は「攻撃する」という意味も持っているのであながち間違いではないのだが、残念ながらボウリングはそういう競技ではない。
と、綾芽は話を戻すように、こほん、と咳払いをした。
「ルールは簡単。梛くんの最終得点が、私たちの誰か一人にでも負けていれば罰ゲーム!」
「……罰ゲームって何されるんですか?」
「それはまあ……負けてからのお楽しみ、だね!」
「楽しみな要素が何ひとつないのは気のせいですかね……」
呆れ返った梛がため息を吐くと、陽葵が口元に手を当て、笑いを堪えるように言ってくる。
「なんすかなんすか。梛先輩、怖気付いたんすか?」
「……よし、その挑発に乗ってやる。ただし、俺に負けた場合も同じように罰ゲームを設けること」
「ほうほう、その罰ゲームとは何なのかね?」
綾芽が興味津々といった様子で聞いてくる。
梛はにっこりと満面の笑みを浮かべて答えた。
「俺に負けた人は全員、彩峰家出禁。姉貴と美卯は、俺の部屋立ち入り禁止で。どうですか?」
と、梛が言った途端、四方八方から悲鳴が上がった。
「却下! 却下却下却下! 罰ゲームが重すぎるって!」
「やーだー! 梛と離れたくなーいー!」
「お兄ちゃん……さすがにそれは大人げないって……」
「えーっと……それは嫌、かなあ」
「梛先輩。本ッ当に反省してるんで、どうかそれだけは勘弁してくださいっす」
「き、棄権することってできます……か?」
などと、全員が堪らないと言った様子で梛に訴えかけてくる。
「梛くん、罰ゲームが常識の範疇を超えてるよ! ぶっ飛びすぎだよ!」
「でも、自分も何されるかわからないんですから、そのくらいの保険はかけておかないと……」
「OK、わかった。罰ゲームはなしにしよう。純粋にボウリングを楽しもう」
綾芽は両手を上げて、犯人を説得する刑事のように梛の前に立つ。
これではどちらが悪者かわからなかった。
「というか、お兄ちゃんがビビりすぎなんだって。いくら罰ゲームだからって、そんな変なことされるわけないのに」
「この面々を見ても、同じことが言えるか?」
「……」
美卯は梛の質問に答えることなく黙り込む。
その沈黙が、すべてを物語っていた。
「……でも、そもそもはお兄ちゃんが全女子を敵に回すようなこと言わなきゃよかった話だしね。罰ゲームで報復されても仕方ないでしょ」
「だから、話をちゃんと聞けって。太りもしないけど、身長も伸びないんだって言ってるだろ」
梛が不満そうに言うと、美卯は自分は悪くないと言わんばかりに肩をすくめる。
高校入学時、「成長期なんだから多少背が伸びるだろう」と少し大きめの制服を購入したのに、現実は非常なものだ。
入学してから一年経つも、身長は伸びず、体重も変わらない。
胃の中に入ったものはどこへ行ったのか。
いくら考えたところで、身長や体重と同じように現実もまた変わらない。
楓はもちろん、後輩組に身長を抜かれるのも時間の問題だ。
「梛先輩。罰ゲームはなしでも、勝負は受けてくれるんすよね?」
「別にいいけど、初心者だから相手にならないと思うぞ。ボウリングなんてゲームでしかやったことないしな」
梛は椅子に腰を下ろし、貸し靴に履き替えながら言う。
ゲームでなら、障害物が置かれたレーンや、ピンが百本並んだものをやったことがあるが、現実ではそんな経験は役に立たない。
実際、梛同様にゲームでしか経験がない楓が、目の前でボール選びに悩んでいる最中だ。
重さで投げやすさや威力が違うのだろうが、どちらを重視すべきかなんて初心者にはわかりっこない。
同じく経験のない美卯が、なぜか悩む間もなく重いボールを選んでいた理由も、一切わからない。
「大丈夫っすよ。自分もやったことないっすから。初心者同士、同じ条件で勝負しましょうよ」
「まあ、勝負形式の方が楽しめそうだしな」
梛は適当に手に取ったボールを持って、そのままレーンの方へと向かった。




