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第4話 苦難は続くよどこまでも④

 そして、およそ一時間後。


 梛にブロックされたことに気づいた綾芽は、楓や美卯と連絡を取り、無事に合流を果たした。


 梛を見つけるなり、綾芽はまるで凜桜のように駆け寄ってくる。

 そして首に腕を回し、梛の頬にぐりぐりと人差し指を突き刺してきた。


「梛くーん。置いてくなんて酷くなーいー? あと、なんでブロックするのさー!」


「反省の『は』の字も見えないんだから、然るべき処遇ですよ。少しは反省してください。というか、反省しろ」


 梛は綾芽の人差し指を掴み、逆方向に曲げ……るのはさすがに可哀想だったので、そのまま押し返すに留めた。暴力ダメ、絶対。


「ま、まあ、綾芽さんのお家から駅までって、バス使わないとすごい時間かかっちゃうから……ね?」


 綾芽を気遣うように言ってくる楓に、梛は眉をひそめる。


「……遅れたのは百歩譲って仕方ないとしても、全然申し訳なさそうにしてないからな、この人。やっぱ置いてって正解だろ」


「お姉さんのこと捨てるなんて酷い……酷いよ、梛くん!」


「人聞きの悪いことを言うな!」


 まるで捨てられた婚約者のような台詞を吐く綾芽の顔を、梛は容赦なく手のひらで掴んだ。


 こめかみの辺りを指で押し込んでやると、大して握力が強いわけでもない梛がやってもものすごく痛いのだ。

 これをプロレスで『アイアンクロー』と言う。


「いたたたたた、痛いよ、梛くん!」


「反省してますか?」


「してる! してるから許して!」


「口だけじゃなくて?」


「心から反省してます!」


 言いながら綾芽は、梛に掴まれながらもこくこくと頷く。

 反省しているようなので――なにより、手が疲れてきたので、梛は力を緩めた。


「ねー、梛くーん。少しはお姉さんのこと敬ってくれてもいいんじゃないのー?」


 こめかみの辺りを摩りながら、綾芽は唇を尖らす。


「敬う……? 姉貴と同じで、尊敬できる点があっても、それ以上の欠点で全部台無しにしてる綾芽さんを?」


「それ、地味にお姉ちゃんのことも刺してるからね?」


 と、美卯が呆れたように言うも、凜桜は梛に抱きつくことに夢中で、会話など耳に入っていないようだった。


「おっとー? お姉さんのこと尊敬はしてくれてるのかなあ?」


 一方で綾芽は、梛の言葉を自分に都合のいいように切り取って解釈したらしい。

 再び梛の頬を指でつついてくる。


 同じことをしても無駄だろう。

 と、梛は指を掴む代わりに、綾芽の頬を挟み込むように掴んで抵抗した。


「調子に乗らないでください」


「なひふん、ひほいほー」


「いやー、何言ってるかわからないですねー」


「ぶー!」


 綾芽は不満そうに頬を膨らませようとするが、梛に掴まれているせいで口が閉じない。

 結果、空気が抜け、口から妙な音が漏れた。


 そんな様子に、梛が馬鹿にするような笑みを浮かべると、陽葵が若干引き気味に言ってくる。


「……やっぱ、梛先輩ってドSっすよね」


「何言ってんだ。俺がそうだとしたら、美卯はどうなるんだよ」


「あー……たしかに、それもそっすね」


 と、陽葵が納得したように笑った瞬間、二人の背中に殺意のこもった視線が突き刺さると同時に、ぽん、と肩に手が置かれた。


「誰が……何?」


「……なんでもないです」


 梛が即座に答えると、陽葵もこくこくと頷いて敵意がないことを示した。


 いくら年上に対して強気に出られても、妹にだけは敵わない。なんとも情けない兄だ。


「み、美卯ちゃん。そろそろ行かないと予約の時間が……」


「……命拾いできて良かったね。桔梗に感謝しなよ?」


 言って美卯は肩から手を離すと、そのまま梛の襟元を掴み、犬のリードを引っ張るように歩き出した。


「……それで、俺はどこに連れていかれるんだ? 予約の時間とか言ってたから、何かしらの店なんだろうけど……」


「梛も知ってる場所だよ。昔行ったことあるから」


「……?」


 楓に言われ、梛は首を傾げる。


 梛が今いるのは、記憶の限りでは訪れたことのない場所だ。

 もしかしたら幼い頃に来たことがあるのかもしれないが、少なくとも周りの景色に見覚えはない。


 もっとも、都市開発で風景が変わっている可能性もあるし、記憶力に自信があるわけでもないので、ただ単に覚えていないだけかもしれないが。


 と、梛が辺りを見回して目的地を探っていると、美卯はある店の前で立ち止まり、ようやく手を離した。


 美卯はくい、と顎先で目の前の店を指す。


「はい、ここ。着いたよ」


「あー、たしかに来たことあるな……別のとこのだけど」


「昔行ったところは、去年閉店しちゃったみたいなんだよね」


 そう言って楓は、少し残念そうに肩をすくめる。


 その隣では陽葵と綾芽が、遊園地に遊びに来た子供のように目を輝かせていた。


「ついに来たっすね……スイーツバイキング!」


「へっへっへっ……今日は食べて食べて、食べ尽くしてやるぜぇ……」


 ……一方は、子供というよりも、ヘビメタ歌手というか山賊というか、そういった類の方がしっくりくる気がしてきた。


「お兄ちゃん、甘いの好きでしょ?」


「そりゃあ……まあ、好きではある、けど」


「けど、何?」


 言い淀む梛に、美卯は怪訝そうに訊いてくる。


「……甘い話には裏があるって言うし、このあと何されるか不安で仕方ない」


「私のことなんだと思ってんの?」


 罠でも仕掛けられているのではないかと警戒する梛を、美卯は不満そうに睨みつける。


 その後ろで綾芽が、「スイーツだけに? スイーツだけに?」と騒いでいた。やかましすぎる。


「……まあ、いいや。こんなところで立ち止まってないで早く入ろ」


「店に入った瞬間拘束されて、酷い目に遭ったりとかは……」


「いや、ないから。普通にバイキングを楽しみに来ただけだから」


 美卯は呆れたように梛を一瞥すると、今度は襟元ではなく梛の腕を引いて店内へと入っていく。


 美卯が店の扉を開けた途端、果物の甘く芳醇な香りに、シトラスや柑橘特有の爽やかさ、さらにスパイスの刺激が混ざり合った独特の匂いが、梛の鼻腔をくすぐった。


 ……背後からくう、と可愛げな音が聞こえたが、発生源らしき人物が顔を赤く染めて俯いているので、気づかない振りをしてあげよう。

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