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第4話 苦難は続くよどこまでも③

 駅前は今日も老若男女で溢れ返っていた。


 近くの公園から流れてきたであろう桜の花びらが地面に散乱し、人々はそれを見向きもせずに踏みつけて去っていく。


 少し前までは開花前線だの、花見日和だのと騒いでいたというのに、花が散った途端この扱いだ。


 まるで使い捨てカイロのような扱いに、少し可哀想に思ってしまう。


 もっとも、今この場で一番哀れなのは自分自身なのだが。


「……はあ……」


 タイルにこびりついた靴跡だらけの桜の花びらを眺めながら、梛は大きくため息を吐いた。


 数時間前――陽葵たちが帰ったあと。

 梛が自室でパジャマ姿のまま、だらだらと本を読んでいると、部屋に入ってきた美卯に「いつまでそんな格好してるの」と怒られてしまった。

 美卯に逆らうと危険なので大人しく着替えると、なぜか外に連れ出されることになった。


 そこまでされて、梛はようやく凜桜がやけに上機嫌だった理由を理解した。


「……なんか、数日前にも似たようなことがあった気がするんだが」


「まあ、先週も出かけたしね」


「先週も出かけたのに、今日もわざわざ外に出る必要はあるのか?」


「行き先も違えば、行く相手も違うでしょ。先週より賑やかになっていいじゃん」


「人数が増えれば増えるほど疲れるだろ。外に出るだけで疲れるってのに……」


 まだ駅に着いたばかりだというのに、早くもグロッキー状態の梛は、その疲弊っぷりを隠すことなく改札前の壁に寄りかかる。


 あの日も、家に帰るなり即ソファにダイブするくらいには肉体的にも精神的にも疲れ切って、翌日の学校でもほとんど机に突っ伏して過ごしていた。


 おそらく、今日明日も同じようになるのだろう。

 運命からは逃れられないらしい。

 ……同じように凜桜からも、美卯からも。


「――お待たせー!」


 と、少しでも現実から目を逸らそうと本を開いたところで、梛たちの前に一人の人物が現れた。


 家が隣だというのに、わざわざ駅前で合流することになった幼なじみ・楓である。


「梛もちゃんと来たんだね」


「連れて来た、が正しいけどね。行くの散々渋ってたし」


 言って、美卯は肘で梛を小突く。


「にしても、楓ちゃん早いね。まだ誰も来てないのに」


「誰かを待たせるよりは、先に待ってた方がいいかなーって思って。それでも、美卯ちゃんたちの方が早かったから、私は二番目だったんだけどね」


「全然早いと思うけどな。まだ時間まで結構余裕あるし」


 言いながら梛は、目の前に立つ時計を見上げた。


 時刻は十一時十八分。約束の時間まで、まだ十二分もあるのだ。

 十五分前に着いた梛たちも早いが、その三分後に来た楓もかなり早い。


「この調子だと、半になる前に全員集まるかもね」


「そんな急ぐ必要もないだろうにな」


「ま、遅刻するよりかはいいでしょ」


「それはまあ……そうなんだけどさ」


 梛は相槌を打ちながらも、納得しないといった表情を見せる。


 遅刻しないに越したことはない。

 それは美卯の言う通りだ。


 しかし、これだけ余裕があるなら、もう少し家でゆっくりできたのではないのか――なんて考えてしまう。


 ……もっとも、そんなことを言えば、文句を言うなと美卯に殴られそうなので口には出さないが。


「――お、お待たせしました……」


「――いやー、相変わらず美卯は早いっすねえ」


 と、梛と美卯がいつものようにやりとりを繰り返していると、梛たちの前に第二、第三の待ち人たちが現れた。


「……本当に早かったな」


 梛が意外そうに言うと、陽葵は威嚇するように睨みを効かせながら近づいてくる。


「なんすか、なんすか。自分が遅刻すると思ったんすか? それはちょっと酷くないっすかねえ」


「いやいや、そんなこと思っ……たりはしたな、うん」


「……初めて喋ったのが二日前っすけど、梛先輩が自分のことをどう思ってるか、もう完全完璧に理解できたっす」


「いや、冗談だって……」


 口をへの字に曲げる陽葵に、梛は困ったように苦笑した。


「……にしても、綾芽さんが最後か。常にふざけてるくせに意外としっかりしてるから、なんだかんだ一番に来て、遅いだのなんだの言ってくると思ったんだけどな」


「お兄ちゃんって、綾芽さんにあまり良い印象持ってないよね。扱いが酷いというか……」


「……美卯はまだ日が浅いから、あの人のこと全然知らないんだよ。一年くらいしたら、俺と同じ評価に落ち着くと思うぞ」


「どうだろうね。お兄ちゃんの評価って基準が厳しいから」


 美卯が言うと、楓は思い当たるようにうんうんと頷く。


「梛ってば、綾芽さんと初めて会ったとき、すごく嫌そうな顔して逃げようとしてたよね」


「……お兄ちゃんさ……」


「いや、あれに関しては、俺は絶対悪くない」


 白い目を向けてくる美卯に、梛は首を横に振って否定する。


 美卯は、梛と綾芽の出会いを知らないから、梛をそんな目で見ることができるのだ。


 初対面から今と同じようにぐいぐい来られたら、誰だって怪しむはずだ。

 あのとき、綾芽の隣に凜桜がいなければ、ただの不審者としか思わなかっただろうし、楓が制止してこなければ、間違いなく全速力で逃げていた。


 まあ、最終的には「次の授業に間に合わなくなる」と言って、その場から去ったのだが。


 と、初対面の日を思い出し、梛が苦虫を噛み潰したような顔をしていると、ズボンのポケットが小刻みに震えた。


 抱きついたまま大人しくしていた凜桜を引き剥がし、スマートフォンを手に取る。

 案の定、画面に表示されたのは綾芽の名前だった。


「もしも――」


『梛くん、やっほー!』


 電話口の向こうからうるさい声が聞こえて、梛はスマートフォンを遠ざける。


『あれー? もっしもーし、梛くん聞こえてるー?』


「……うるさいんで、もう少し声のボリューム抑えてください。それで、今どこですか? 綾芽さん以外、全員北口にいますよ。南口じゃなくて、北口ですからね?」


『……』


「……あれ、綾芽さん? もしもし?」


 梛が問いかけるも、綾芽の反応はなし。

 そのまま電話は切れてしまった。


「この辺、そんなに電波悪かったか……?」


「綾芽先輩すか?」


「ああ。ただ、電波悪いみたいですぐに切れた。探してくるから、みんなはここで待っててくれ」


「逃げたらどうなるかわかってるよね?」


 梛が駅の反対側に足を向けると、美卯が肩を掴んで、脅すように言ってくる。


「姉貴が引っ付いてる時点で、逃げるのは無理ゲーだろ……」


 梛が通話を終えた途端、そこが定位置と言わんばかりに、凜桜は再び腕に抱きついてきたのだ。

 そんな反射的に動くような人間から逃れるなんて、誰であろうと不可能だろう。


 梛は半眼を作って美卯を見やり、凜桜を引きずるようにして南口へと足を進める。

 と、十秒も歩かないうちに、再びスマートフォンが数回震えた。


「……と。綾芽さんか? あの人、いったいどこに――…………は?」


「ねー、どうしたのー?」


 頬を引きつらせる梛の顔を、凜桜は心配そうに覗き込む。


 綾芽からの連絡かと思ったら、安達からだったり、くだらない広告通知だった――というわけではない。


 件の人物からの連絡で間違いはないのだが、画面に映し出された文章があまりにもふざけていたのだ。



『いやー、まさかもうみんなが来てるとは思わなかったねー』


『あ、電話越しだと梛くんに怒られちゃうから文章で送るんだけど』


『実はねー、バスに乗り遅れちゃったテヘッ☆』


『少し遅れちゃうけど許してね♡』



「……」


 こんなものを見せられれば、誰だって怒り、そして呆れ返るだろう。


 梛は落ち着きを取り戻すように深く息を吐き、無言のまま流れるように綾芽の連絡先をブロックした。


 踵を返し、凜桜を引きずって、梛は来た道を戻っていく。


「あ、お兄ちゃん帰ってきた。綾芽さんは?」


「ああ、バスに乗り遅れて、待ち合わせに間に合わなそうだから先に行っててくれだとさ」


 梛はなんの躊躇いもなく、息を吐くように嘘をついた。


 遅刻したことを――というより、申し訳ないという気持ちが一切感じられない文章を送ってきたことを、綾芽に少しでも反省してもらうために、仕方なく、やむを得ず、不本意ながら、渋々嘘をついたのだ。


 決して、日頃執拗に絡んでくる綾芽への鬱憤を晴らすため、とかそういうわけではない。

 断じて違うので、勘違いしないでほしい。


「というわけだから、さっさと行こうぜ。どこ行くのかは知らないけど」


「まあ、それについては、着いてからのお楽しみ」


 美卯は先導するように、梛の前を行く。


 相当楽しみなのだろう。

 その足取りは、心なしか軽やかに見えた。


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