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第4話 苦難は続くよどこまでも②

 凜桜の脇腹をつつけば抜け出せるのはわかっている。

 だが、腕の上からがっちり抱きしめられているせいで、自由に動かすことができない。


 万事休すか――と、諦めかけたそのとき。


「――お兄ちゃんは、今日も朝からお姉ちゃんのこと襲ってるの?」


 と、呆れたように見てくる、救世主もとい美卯が部屋に入ってきた。


「陽葵たちも、お兄ちゃん起こすだけなのに何やってるの?」


「いやいや、梛先輩と凜桜先輩の仲を引き裂くなんて、到底無理っすよ!」


「そーそー! そんな惨いこと、お姉さんにはできないよー」


 綾芽と陽葵は、口裏を合わせたかのように言い訳し出す。


「……まあ、いいや。もう朝ごはんだから、早く下りてきなよ」


「いや、見捨てるな。見て見ぬふりするな」


 踵を返して部屋から出ていこうとする美卯の服を掴み、梛は助けを求めた。


「そのくらい自分でなんとかしなよ」


「それができたら苦労はしないだろ……」


「……はあ……」


 美卯は嘆息すると、隣で横たわる梛にも聞こえないほど小さな声で凜桜に囁く。


 昨日も凜桜を起こすときに同じことをしていたが、また変なことを吹き込んでいるのではないか。

 そんなことを考えていると、凜桜は意外にも大人しく梛のことを手放した。


 なぜかご機嫌な凜桜の気が変わらないうちにすぐさまベッドから離脱し、久方ぶりの自由を堪能するように、梛は大きく伸びをする。


「……と。楓に謝らないとな。朝飯作らせちゃったみたいだし」


「楓ちゃんは、気にしないで、って言ってたけどね」


「いや、そうは言っても、客人に何させてんだって話だろ……」


 言いながら部屋を出ようとした梛の袖を、綾芽が引っ張って引き止めた。


「梛くん、梛くん。楓ちゃんはね、客人として扱ってほしくないんだよ。昔から一緒に過ごしてきた幼なじみなんだから、対等に扱ってほしいんだとさ」


「そうは言っても、親しき仲にも礼儀ありって言いますし……」


「そんな昔の人が勝手に言ってるだけだから! 死人に口なし、故人の言ってることなんて気にしなくていーの!」


 綾芽は梛の鼻に指を押しつけながら、間髪入れずに続ける。


「今大事なのは、楓ちゃんが梛くんにどう接してほしいか。それ以外はどーでもいい! わかった?」


「まあ……はい……」


 梛が戸惑いながらも返事をすると、綾芽は満足そうにうんうんと頷いた。


「さて、梛くんと凜桜も起きたことだし、みんなで朝ごはん食べよー!」


「お兄ちゃんがなかなか下りてこなかったせいで、トーストもコーヒーも冷めちゃってるかもね」


「文句は全部姉貴に言ってくれ。そもそも、姉貴が俺の布団に潜り込まなければよかった話なんだから」


「だって梛と一緒に寝たいんだもーん!」


 言って凜桜は、背後から覆い被さるように梛に抱きつこうとする。

 それを防ぐように、美卯は素早く凜桜の肩を掴むと、ぐいと自身の方へ引き寄せた。


「お姉ちゃんはまず服着てきな。その格好でごはん食べるつもり? いくら四月だからって、さすがにそれは寒いでしょ」


「むー……」


 凜桜は唇を尖らせると、渋々梛の部屋をあとにした。


「お兄ちゃんは早く顔洗ってきな。三分で」


「へいへい」


 梛は適当に返事をすると、美卯の言う通りに顔を洗い、遅れて洗面所に現れた凜桜と共にリビングへ向かう。

 言わずもがな、凜桜は梛に抱きついていた。


「梛も凜桜さんもおはよー!」


「おはよー!」


「ああ、おはよう。悪いな、朝飯作ってもらって」


「いいのいいの。昨日も言ったけど、私がやりたくてやってるんだから」


「でも――」


 そう言われても釈然としない。

 続けようとした梛の唇に指を当て、楓は優しく微笑んだ。


「普段、梛に助けられてばっかなんだから、それはお互い様。早くごはん食べちゃお」


「……ああ、そうだな」


 梛は指を掴んで口元から離すと、楓に微笑み返す。


「だが、それはそれとして、何かしらのお礼をしないと俺の気が済まない」


「……え?」


「よって……よって…………まあ、何か俺にできることがあったら言ってくれ」


 結局、何も思いつかず、梛は笑って誤魔化した。


 席について梛たちを待っていた美卯は、呆れたようにため息をつく。


「いや、そこは自分で考えなよ。なんで人任せにするの」


「仕方ないだろ。楓って、勉強以外は基本なんでもできるし、勉強も普段から教えてるから、改めて言う必要もないしな」


 言いながら、凜桜を引き剥がして椅子に座らせ、梛も美卯の隣に腰を下ろす。


 常日頃梛に引っ付いてばかりの凜桜も、梛が食事をしたり作ったりするときだけは大人しく離れるのだ。

 ……まあ、たまに離れないときもあるが。


「そういや、この前の春休み明けのテストの結果どうだった? 点数によっては復習でも――」


「ほら、冷めちゃうから早く食べよ! いただきます!」


 楓は誤魔化すようにそう言って促すと、手を合わせてコーヒーを口に運んだ。


 楓の反応からして、そこまで良くなかったのだろう。

 今すぐテストの結果を問い質したいところだが、各々と楽しそうに会話を始めてしまい、そんな空気ではなくなってしまった。

 後日、ゆっくりとお話をさせていただこう。


 梛はやれやれというふうに息を吐き、同じようにコーヒーを啜る。

 舌に伝わる苦味が、体内に残る眠気を覚ましてくれた気がした。

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