第3話 類は友を呼ぶ。面倒な友を呼ぶ。⑩
「……梛くん、なんかその……ないの?」
と、綾芽が困惑した様子で訊いてくる。
「何がですか?」
「いやさあ、検索履歴を見ても料理関連や新作書籍の情報ばっかりで、本当に何もないんだよ! 写真フォルダにも、たまに凜桜の自撮りが入ってるくらいだし……」
「SNSも見てみたんすけど、特に投稿したりもしてないんすよね。ただの閲覧用というか……」
綾芽と陽葵は、ぶつぶつと不満そうにスマートフォンを返してきた。
「だから言ったじゃないですか。別に見られて困るものはないんですよ」
「そういうのは建前で、本当は……ってオチがつくのが基本でしょ!」
「そうっすよ! 自分たちの純情を弄んで……酷いっすよ!」
「何言ってんだあんたら」
勝手に勘違いして被害者ヅラしている二人に呆れ、梛はため息をこぼす。
この理不尽さ、まさに凜桜と美卯の友人だ。
……ともあれ、これで二人も大人しくなるだろう――と、梛が油断した瞬間。
「まあ、お兄ちゃんが見られて困るものなんて、『あれ』しかないよね」
美卯が意味ありげに言い出した。
当然、綾芽と陽葵は興味津々で食い入るように尋ねる。
「ほう……美卯ちゃん、それ、詳しく教えてもらえるかな?」
「なんすか、なんすか。やっぱ、何か隠してたんすか?」
「いや、何も隠して――」
「ちょっと待ってね。かなり昔のだから……と、あったあった」
美卯は自分のスマートフォンに指を滑らせ、机の上に置いた。
嫌な予感がした梛は、その瞬間手を伸ばしてスマートフォンを隠そうとする。
しかし、梛より早く、綾芽の手がそれを奪っていった。
「梛くんがそんなに焦るなんて相当なお宝――ん? 美卯ちゃん、これ何?」
綾芽が言うと、みんなが一斉に画面を覗き込む。
無論、凜桜だけは梛に抱きついたままだ。
「可愛い女の子、ですね……」
「しかも三人も……。もしかして、この中に梛先輩の初恋の人がいたりするんすか?」
「ほお……梛くんってば、そんなものを隠していただなんてねぇ……」
「……」
梛は何を言うでもなく、だんまりを決め込む。
ドレスに身を包んだ三人の少女が写る一枚の写真。
その中の一人が、実は少女などではなく梛でした、などという恥ずかしい真実は、黙っていればバレることはないのだ。
無論、凜桜や美卯が言い出す可能性もなくはないが、そのときは適当なお菓子でも突っ込んで口を塞いでやればいい。
しかし、敵は思わぬところから現れるもの。
正体を知らないはずの楓が、懐かしむように微笑んだ。
「たしか、真ん中が梛なんだよね? 今でも似合うんじゃないかな?」
「……なんで楓がこれを知ってるんだ?」
「あっ……えーっと……」
梛が眉をしかめて問いかけると、楓は目を泳がせて追及から逃れようとする。
しかし、梛の判断は間違っていた。
「……梛くんのその反応。本当に梛くんなの?」
「え、これ梛先輩なんすか!?」
……藪蛇とはこのことを言うのだろう。
とぼけるなり、だんまりを決め込むなりしていればよかったのに、変に反応してしまったせいで、中央に写る少女の正体が梛であることがバレてしまった。
「……そんなわけないだろ?」
と、遅れてとぼけてみるも、もう遅い。
桔梗は驚いてフリーズし、綾芽と陽葵はにやにやと悪趣味な笑みを浮かべながら、両側から梛を肘でつついてくる。
「なるほどねぇ……まさか梛くんにそんな趣味があったとはねぇ」
「そりゃあ隠したいっすよねぇ。梛先輩の女装姿なんて」
「いや、趣味とかそういうのじゃなくて、昔姉貴と美卯に無理やり着せられただけで……」
梛が本当のことを言って弁明しても、二人は信じることなく、笑みを浮かべたままだ。
「大丈夫大丈夫。梛くんに女装癖があっても、お姉さんは受け入れてあげるから、ね?」
「そうっすよ! 普通に可愛いんで、人前に出てもバレないっすよ!」
「だから、話を聞けって! 姉貴と美卯に無理やり着せられたんだって!」
何度でも言うが、梛にそういった趣味があるわけではないし、好き好んでこんな格好をするわけもない。
これは、梛がまだ小学生の頃に、凜桜と美卯によって無理やり着せられたときの写真だ。
親も親でノリのいい――というよりふざけた性格で、梛が着るわけもないのにお揃いのドレスを三着買ったのだという。
まったく、何を考えていたのだか。
いや、両親の思考回路なんて今はどうでもいい。
「……で、なんで楓が知ってるんだ?」
梛はしつこく絡んでくる二人を無視し、改めて楓に問いかける。
この写真を撮られたとき、楓は彩峰家にいなかった。
それに、梛がこの黒歴史を誰かに見せるわけがない。たとえ幼なじみであっても、だ。
とはいえ、なんで楓が知っているか大体予想はついている。
どうせ、出処は凜桜か美卯だ。それ以外に考えられない。
「えーっと……凜桜さん……」
と、楓は観念したのか、気まずそうに目を逸らしながら、梛の問いに答えた。
やはり姉貴だった――と、梛が凜桜に文句を口に出そうとしたそのとき、楓はそのまま言葉を続ける。
「……と美卯ちゃん。両方から写真をもらって……」
「両方かよ……」
単独犯だと思っていたら、実は複数犯だったらしい。
梛は呆れたように大きく息を吐き、引っ付いたままの凜桜と、ソファに腰掛けている美卯へ恨めしそうに目を向けた。
「……なんで楓に送ったんだよ」
「だって、可愛い梛をみんなに自慢したいんだもーん」
「昔のことだし、別にいいかなーって」
「いいわけないだろ、黒歴史なんだから……」
反省の色も見えない二人に、梛は再び重いため息をこぼす。
と、ハッとしたように桔梗が口を開いた。
「だ、大丈夫ですよ、お兄さん! 可愛いですから!」
桔梗としては、梛を気遣ったつもりなのだろう。だが、その気遣いがトドメとなった。
梛は恥ずかしさを隠すように両手で顔を覆い、その場に崩れ落ちるように跪く。
「もう勘弁してくれ……」
梛の悲痛な嘆きが、静かな春の夜空に溶けるように消えていった。




