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第3話 類は友を呼ぶ。面倒な友を呼ぶ。⑧

「おっ、今日は唐揚げっすか?」


 と、二人と入れ替わるように風呂上がりの陽葵が現れ、目をきらきらと輝かせながら、キッチンの向こうから顔を覗かせてくる。

 梛は自信ありげに、にやりと笑って答えた。


「ああ。それもただの唐揚げじゃなくて、タルタルやネギ塩だれみたいなソースも用意して、いろんな味を楽しめるようにするつもりだ」


「なんすか、それ……めちゃくちゃ最高じゃないっすか!」


 陽葵は興奮したように声を上げた。


 まだ揚げてもいないのにこの喜びようとは、唐揚げを選んで正解だったようだ。

 もっとも、唐揚げを嫌いな人間など、油がきつくなってきた年代の人くらいしかいないだろうけど。


「普段はソースなんて用意してないのにね。二人が来るからって張り切りすぎじゃない?」


「そりゃあ、せっかく楽しみにしてくれてるんだから、できる限り手は尽くしたいだろ」


「ま、それもそっか」


 言って美卯は、ソファに深く腰を下ろして、スマートフォンをいじり始めた。


「……と。鍋に油入れちゃったけど、まだ揚げ始めない方がいいか。やっぱり、唐揚げは出来たてがいいもんな」


「そうっすねぇ……外はカリカリ、中はジューシーな揚げたてこそ至高の極みっすもんねぇ……」


 梛が少し休憩と言わんばかりにリビングへ移動すると、陽葵もそのあとを追ってソファに腰を下ろした。


「そういえば、今日楓ちゃんってどこで寝るの?」


「あー、考えてなかったな……。たしか、美卯は二人と一緒に父さんたちの部屋で寝るんだよな? だったら、美卯の部屋借りてもいいか?」


 梛が問いかけると、美卯はにげるようにスマートフォンに視線を下ろす。


「……無理」


「なんでだよ」


「無理なものは無理。散らかってるし」


「今日掃除したんじゃなかったのかよ……」


「お兄ちゃんの部屋を掃除するのに手こずって、自分の部屋を掃除する時間がなかった」


「そんなわけないだろ……。週三で掃除してるってのに……」


 断固として他人を部屋に入れたくないらしい。

 美卯は頑なに首を縦に振らなかった。


「まあ、お兄ちゃんの部屋は綺麗なわけだし、楓ちゃんにはそこで寝てもらえばいいんじゃないの? いつもお兄ちゃんの部屋で寝てるんだし」


「いつの話をしてるんだよ……」


 梛は半眼を作って、美卯を見やる。


 楓が最後に彩峰家に泊まったのは小学生の頃だ。

 もう五年以上前のことなのだから、そのときと同列に考えるわけにはいかない。


 と、桔梗がおずおずと小さく手を挙げた。


「あの……お兄さんは掃除がお好きなんですか?」


「掃除が好きというか、しないとヤツが出るからな」


「……ヤツ? あ、もしかして、ゴ――」


「おっと、陽葵。それ以上は言うな。お前を家から追い出さなくちゃいけなくなる」


「そんなにすか!?」


「仕方ないだろ。無理なものは無理なんだから……」


 ――そう。梛は虫が大の苦手だ。

 家で遭遇すれば発狂したのち即逃亡。両親が討伐してくれるまで自室で怯えることしかできないくらいには苦手――というか大嫌いなのである。


 そんな梛が掃除を怠るわけがない。


 自分の部屋に出るわけがないだろう。

 そう考えていたのに突如出没したときには、背に腹はかえられぬという気持ちで、凜桜の部屋に匿ってもらったりもしたのだ。


 もうそんな過ちは繰り返したくはない。

 そんな思いから、三日に一回は必ず掃除することを心がけている。隅から隅まで、一つの塵も残さないよう、しっかりと、だ。


「お兄さんにも苦手なものがあるんですね……」


「むしろ苦手なものだらけだよね。虫はもちろん、魚――というより魚介類全部無理だし。あと、私と同じでホラー映画とかも」


「……だな」


 梛は自嘲するように笑う。


 しかし陽葵は、そんな梛を信じられないといった様子で声を上げた。


「えー! 面白いじゃないすか、ホラー映画!」


「ジャンプスケアを多用してるから結構ビビるし、最近のCG技術がすごすぎて、普通にグロくて嫌なんだよな」


「……ジャンプ……なんすか?」


「ジャンプスケア。急に大きな音を出して驚かせたりしてくるだろ? ああいうのを言うんだよ。現実でも、後ろから急に大きな声で驚かせてくるやついるだろ? あれもジャンプスケアの一種だ」


 説明すると、陽葵は梛に訝しげな視線を向けてくる。


「梛先輩、嫌いな割にはすごい詳しいっすね……。本当に嫌いなんすか?」


「いや。嫌いじゃなくて、『大嫌い』だな。本読んでると、そういう知識も勝手に身についてくるんだよ」


「あー……そういえば、美卯が言ってたっすね。梛先輩は授業中にずっと本を読んでる、って」


「……俺、美卯にそのこと言ってないよな? ……楓か?」


 梛は眉をしかめ、美卯の方を見やる。


 凜桜はもちろん、梛の授業中の様子を美卯が知っているはずがない。

 情報の出処としてあり得るのは、担任である秋穂、その友人である雛菊、そして梛のクラスメイト兼幼なじみの楓のみだ。


 正直なところ、この中だと全員が容疑者として十分あり得るのだが、前者二人は美卯と知り合ってから日が浅い。このことを話す時間もないはずだ。


 そうなると、残るは楓のみ。嘘をつくのが苦手な彼女なら、美卯に問い詰められて白状しても全然おかしくはない。


 しかし、そんな梛の予想は半分正解、半分不正解に終わった。


「楓ちゃんからも聞いてはいたけど、普通にわかるでしょ。家だと全然本を読む時間がないのに、それにしては読み終わるのが早すぎるし」


 美卯は、推理をする探偵のように淡々と続ける。


「お姉ちゃんに邪魔されずに読むとなると、学校……それも誰からも干渉されない授業中か休み時間だけ。十分休みの間に読むだけであのペースはおかしいし、そうなると授業中に読んでるんだろうなって」


「……その推理も怖いけど、ペースを把握してるのが一番怖いわ」


 妹の知られざる一面を垣間見た気がする。梛は思わず身震いした。


「お兄ちゃんって、本を読むときブックカバーつけてるでしょ? 本棚の欠けてる巻を見れば、誰だって読んでるペースがわかるよ。あと、栞も挟んでるから、その巻のどこまで読んでるかもね」


「……梛先輩。おたくの妹さん、怖すぎないすか?」


「……うん。改めて美卯の恐ろしさを実感したわ」


 美卯を敵に回す真似だけはすまい、と梛は強く心に誓った。


 そんな梛の覚悟から十分後。

 そろそろ揚げ始めようと準備を始めたところで、パジャマ姿に変化した三人がリビングに姿を現した。


 不機嫌そうだった楓も、綾芽のアフターケアとやらのおかげで、普段となんら変わらない様子だった。


「お風呂入っちゃったから、あとは梛に任せても大丈夫?」


「ああ。というか、元からそのつもりだしな」


 言って、梛はエプロンを付け直してキッチンに立つと、唐揚げを揚げ始める。


 熱した油の中で、味のついた鶏肉がサクサクの衣を身に纏っていき、それと同時に香ばしい香りと油の跳ねる音が部屋中に広がっていった。

 ……ついでに、跳ねた油が梛の手に火傷をもたらした。揚げ物はこれがあるから恐ろしい。


 とはいえ、喜んでもらうためには必要な犠牲。

 火傷のひとつやふたつなど、料理をしていればよくあることだ。――火傷の痕を見た凜桜が慌てふためく様も含めて。


 遠くでよだれを拭うような仕草を見せる陽葵や綾芽を眺めながら、梛は二度揚げで再び火傷しないことを願った。

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