第3話 類は友を呼ぶ。面倒な友を呼ぶ。⑤
「どしたの、梛くん。……はっ、さてはお姉さんに会えて嬉しかったんだなー?」
「そんなわけないでしょ、大丈夫ですか? 頭でも打ったんですか?」
「もー、梛くんってば辛辣だなー。それとも、ツンデレさんかなー?」
言いながら、その少女――小鳥遊綾芽は、馴れ馴れしく梛の頬をつついてくる。
……これが、梛が綾芽を苦手とする理由だ。
彼女は別に梛の友達ではない。
嫌いとかそういうのではなく、綾芽は凜桜の同級生。つまりは梛の先輩にあたる人物なのだ。
特に深く関わりがあるわけでもないのに、友人の弟というだけで妙に親しげに接してくる上、名前呼びまで強要してくる。
あまりのしつこさに梛が折れたものの、かろうじて「さん」付けだけは死守することに成功した。
これで、初めて会ってからまだ一年しか経っていないというのだから、距離感が明らかに狂っているとしか思えない。
「……そもそも、綾芽さんはなんでここに? というか、なんでうちがわかったんですか?」
「その辺はほら、凜桜に聞いて、ね。そして今日は、梛くんのおうちに泊まりに来ましたー!」
「………………は?」
何を言われたのかわからず、梛は額を押さえながら、綾芽が言ったことを繰り返す。
「……泊まりに?」
「そうそう、泊まりに」
「姉貴から何も聞いてないんですけど」
「そりゃあ凜桜には言ってないからねー。サプライズだよ、サ・プ・ラ・イ・ズ」
「それはサプライズって言いません。前もって言わないなら、ただの迷惑行為です」
「でも、前に凜桜に聞いたときは『いつでもOK!』って言ってたよ?」
梛がぴしゃりと言い切ると、綾芽は凜桜の声真似をしながら、悪びれもせずVサインを突きつけてきた。
類は友を呼ぶ、という言葉は、まさにこのようなときのためにあるのだろう。
いい加減な姉には、当然いい加減な友人がいる――どうやら、これが世界の理らしい。
梛は扉に寄りかかるようにして座り込むと、すべてを諦めたように再びため息を吐いた。
無論、その様子を綾芽に隠すこともなく、はっきりと。
「……とりあえず上がってください。詳しい話は、あのバカも交えて話しましょう」
「梛くん、梛くん。敬語じゃなくていいんだよ? さん付けもいらないし、もっと気楽に行こーぜ!」
「こんなのでも『一応』先輩なんで、ちゃんと敬語は使いますよ。まあ、だからといって敬ってはいませんけど」
梛は受け答えに不満そうな綾芽をよそに、家の中へと入っていく。
綾芽もまた、そのあとを追うように梛に続いた。
「あ、お兄ちゃん。やっと戻って――って、綾芽さん……?」
「あれ、もしかして綾芽さんもお泊まりですか?」
「やっほー! 二人とも元気ー?」
驚いた表情を見せる二人に対し、綾芽は梛の首に腕を回して、まるで酔っ払いのように大きく手を振る。
「美卯……姉貴を起こしてきてくれ」
「あー……了解」
さすがは妹。梛の一言ですべてを察したらしく、こくりと頷いて階段を上っていった。
そして数分後。美卯と共にリビングに現れた凜桜の最初の発言は謝罪――なんてことはなく、
「いらっしゃーい!」
という、あまりにも呑気な挨拶だった。
美卯から梛がお怒りだと聞いているだろうに、凜桜はどこ吹く風といった様子で、そのまま流れるように梛の隣へ腰を下ろす。
「姉貴はあっちだ。綾芽さんの隣」
「えー、なんでよー」
「姉貴の無責任な発言のせいで、もう一回買い物に行かなきゃならないかもしれないんだよ。少しは反省しろ」
梛は、座ったまま抱きついてくる凜桜をどうにか引き剥がし、向かいの席にいる綾芽の隣に座らせた。
それから自分も席に戻ると、子供を叱る親のような口調で話し始める。
「まず姉貴。無闇矢鱈に『いつでも泊まりに来ていい』なんて言うな。掃除や食材の買い出しとか、色々とやらなきゃいけないことがあるんだから、準備する側の負担も考えてくれ」
「だって梛なら何とかしてくれると思ったから……」
「さては俺のことを万能ツールか何かと勘違いしてるな?」
どうやら凜桜は、梛のことを過信しすぎているらしい。
信頼されていると思うと、どうしても強く怒ることができなかった。
梛は嘆息すると、諭すように言葉を続ける。
「……ただ一人増えるだけなら別に大したことじゃないけど、今日みたいに大人数な日はその人数分しか用意してないから、色々と足りなくなるんだよ。だから、いつでも来ていいみたいな無責任なことは言わないでくれ」
そして梛は、笑いながら話を聞いていた綾芽へ視線を向けた。
「それと綾芽さんも。姉貴から『自由に来ていい』って言われたとしても、連絡のひとつくらいはください。俺の連絡先持ってるでしょ。俺のスマホ奪って無理やり登録したんだから」
「奪ったとは失礼な! 一瞬だけ借りたんだよ!」
「何言ってんだお前」
思わずタメ口になってしまった。
一瞬反省しかけたが、本人がそれを望んでいるのだし、別に気にする必要はないだろう。問題はこのあとだ。
「さて……陽葵が多く食べる読みで多めに買ったけど、足りるか少し不安になってきたな。せっかく食べたいって言ってくれてるんだから、お腹いっぱいになるまで食べてほしいし、ちょっと買い足した方がいいかもな……」
梛はテーブルを迂回してキッチンへ向かうと、戸棚にかけてあるエコバッグを手に取り、再び買い物に出ようとする。
「陽葵か桔梗に連絡して、こっち来るときに買ってきてもらえば?」
「考えはしたけど、多分もう近くまで来てると思うんだよな。それに、客人におつかいを頼むのも気が引けるし」
「それなら私にお任せあれ!」
「いや、さっきも言ったけど、楓は客人なんだからな? 頼むからゆっくりしててくれ」
そう言って梛は、代わりに買い物へ行こうとする楓を必死に引き止めた。
楓は「そんなの気にしなくていいのに」と言うが、いくら幼なじみとはいえ客人である以上、丁重にもてなすのが当たり前だろう。
親しき仲にも礼儀あり、というやつだ。
「仕方ないなあ、梛くんは。私と凜桜が行ってこようじゃあないか!」
「……話聞いてました? あなたも一応客人なんですよ」
呆れたように梛が言うと、綾芽はちっちっちっ、と舌を鳴らしながら指を振る。
「まあまあ、落ち着きなさいな。ちゃんと考えあってのことなのだよ。凜桜は梛くんに無断で『いつでも来ていい』と言った。そして私は、なんの連絡もなしに今日来たわけだ。これは罰せられる必要があると思うのだよ」
「……つまり、罰として姉貴と綾芽さんが買いに行く、って解釈で合ってます?」
「そゆことそゆこと! だいせいかーい! いやー、梛くんは頭がいいねー!」
言って綾芽は、梛の頭をぽんぽんと撫でると、手に持っていたエコバッグをひょいと掻っ攫った。
「というわけで、お姉さんたちにまっかせっなさーい!」
「えー、私も行くのー? 梛と離れたくなーいー」
「そりゃあ二人で行かないと罰にならないからねえ。……もしかしたら、梛くんが褒めてくれるかもしれないぜ?」
綾芽が耳打ちするようにボソッと言うと、凜桜は勢いよく立ち上がった。
「梛ー! お姉ちゃんに任せてねー!」
「ほい来た! そいじゃ、梛くん。罰せられてくるぞい!」
二人は梛の返事を待たずに家を飛び出して行く。
梛から、もも肉かむね肉、どちらを買うかも聞いていないというのに。




