第3話 類は友を呼ぶ。面倒な友を呼ぶ。④
「ふわあぁ……」
来客が故の忙しさと、春特有の暖かな陽気にやられ、梛は大きなあくびをこぼした。
手で口元を押さえようとするも、両手は食材と少しのお菓子(当社比)などが詰め込まれたエコバッグで塞がれている。
そのため梛は、隣を歩く楓に、なんとも情けない顔を晒すこととなってしまった。
まあ、十年間一緒に過ごしていれば、幾度となく見られているのだろうけど。
「……悪いな、買い物に付き合わせて。楓も一応客人なのに」
梛が再び出そうになったあくびを噛み殺しながら言うと、楓は首を小さく横に振り、微笑みを返してくる。
「いいのいいの、私がやりたくてやってるんだから。言ってくれれば掃除も手伝ったんだけどね」
「いや、さすがにそこまでさせるわけには……」
「あ、ご飯作るのは手伝うよ?」
「……わかった、よろしく頼むよ」
梛は思わず苦笑しながら、楓の申し出を快諾した。
おそらく楓の前世はメイドか何かなのだろう。どうしても梛の世話を焼きたくて仕方ないらしい。
「たしか今日は唐揚げだよね? それなら私がサラダとお味噌汁用意するね」
「ああ、助かる。量もいつもの倍以上だから揚げるのも大変だしな」
「うん、私に任せてね!」
と、楓が満面の笑みを作り、意気揚々とした様子で言ってくる。
まったく……この楓という幼なじみは、この上なく頼りになるし、どこに出しても恥ずかしくない――自慢の存在だ。
料理だって、母親や料理本から学ぶだけでなく、楓から教わることも幾度となくあった。
そういう意味では、楓は梛の師匠とも言えるだろう。
……ただまあ、その分梛が勉強を教えているので、ギブアンドテイクの関係と言えなくもないが。
「……と。悪い、楓。ドア開けてくれるか?」
「はーい」
梛が言うと、楓はポシェットから彩峰家の鍵を取り出す。
梛の両親が家を空けることになった際、「うちの子たちをよろしく頼む」と楓に託した合鍵だ。
小説とかだと、こういうのは庭のプランターの下やガスメーターボックスの中に隠しておくのが定番だったりするのだが、楓のことを信頼しているからか直接手渡したらしい。
楓が遠慮することなくそれを受け取り、しかも常に携帯しているというのも驚きだ。
ちなみに梛も月宮家の合鍵を持っているのだが、使う機会がないと思っているので、タンスの肥やしになっている。
今すぐに出せと言われても、多分無理な気がする。
「はい、どうぞ」
言いながら楓は扉を開け、まるで自分の家かのように梛を家に招き入れた。
「サンキュ」
「ふふ、どういたしまして」
梛は礼を言い、鍵を閉めるのも楓に任せて、リビングに入るなり買ってきた食材を冷蔵庫へとしまっていく。
と、
「おかえり。色々買ったね」
梛たちが帰ってきたことに気づいた美卯が、階下へ下りてきてリビングに顔を覗かせた。
先程まで掃除に徹していたのだろう。その手にはまるで杖を持つようにして掃除機が握られている。
「もうすぐお風呂沸くから、沸いたらすぐに入ってきちゃえば?」
「俺は最後でいいや。飯の準備とかしなきゃいけないし。楓、先入っていいぞ」
「私もご飯作るの手伝うから、あとでいいよ。……って、あれ、凜桜さんは?」
いつもなら梛が帰ってくるなり抱きついてくるはずの凜桜の姿が見当たらず、楓はきょろきょろと辺りを見回した。
「お姉ちゃんならお兄ちゃんの部屋で寝てるよ。お兄ちゃんの枕に顔埋めてる」
「あ、そうなんだ。それなら少し静かにした方が良さそうだね」
「いや、なんで俺の部屋で寝かせたまま放置してるんだよ。普通に叩き起こ……さない方が静かでいいのか?」
凜桜を起こすべきか頭を悩ませながらも静かに冷蔵庫を閉め、梛はお茶を淹れるためお湯を沸かし始めた。
「二人もまだ来ないし、少し休憩するか」
「そういえば、陽葵たちは何時くらいに来るの?」
「掃除とか買い物があるから四時以降だと助かるって伝えておいたし、そろそろ来るんじゃないか?」
と、梛が言った直後。タイミングを見計らったかのようにピンポーン、とインターホンの音が鳴り響く。
「噂をすればってやつだな」
言って、梛はやかんの管理を楓に任せて玄関へと向かった。
色々と楓に任せてばかりな気がしなくもないが……まあ、気のせいだろう。
『ピンポンピンポンピンポン……』
「はいはい、今開けるから待ってろって」
インターホンの連打に苦笑しながら、梛は靴の踵を踏んだまま玄関の扉を開ける。
「おっ! やっほー! 梛く――」
と、その声が聞こえた瞬間、梛は相手の姿を見るまでもなく家の中へ退避した。
「見間違え……じゃなくて、聞き間違い……だよな?」
梛は冷や汗を浮かべながら、恐る恐る扉を開けて外に出る。
そこにいたのは、案の定、梛があまり得意としない人物だった。
明るい茶髪は波打ちながら滝のように流れ落ち、その髪に映える双眸は鋭くも眩しい。
肩を大胆に露出した服装から覗く、陽光を弾くような透き通った肌が、彼女の明るさをよりいっそう鮮やかに印象づけていた。
「幻聴でも幻覚でもなかったか……」
その姿を視認した途端、梛はのこのこと外に出てきてしまったことを後悔し、隠すことなく大きなため息を吐いた。




