第2話 安寧短し、苦労は多め⑨
「……で、このあとはどうするんだ?」
梛は吐息すると、凜桜を引き剥がしながら美卯に問いかける。
「行きたい場所とかあるなら付き合うぞ。……ゲーセン以外で」
「なんでゲームセンターはダメなの? せっかくお兄ちゃんをフルボッコにできると思ったのに」
すっかりいつもの調子に戻ったようで、美卯は不満そうに唇を尖らせた。
やはり凜桜の妹。立ち直りが早かった。
「もしかして、負けるのが怖いとか?」
「ゲームで俺に勝ったことがないやつが何言ってんだか」
言ってくる美卯を、梛は鼻で笑い返す。
今は本ばかり読んでいるが、梛は元々かなりのゲーム好きだ。
どのくらい好きかというと、親に内緒で夜更かししてまで遊んだ結果、それがバレて一時期ゲームを禁止させられたくらい。
その暇な時期に読書にのめり込んだ結果が、今の梛というわけだ。
解禁後もゲームそっちのけで本ばかり読んでいたら、両親から心配されてしまったのだが、今考えてもあれは酷いと思う。
まあ、そのおかげで色々な作品に出会えたと考えれば、結果オーライと言える……はずだ。
「たしかに、お兄ちゃんには勝ったことないけど、私だって友達とゲームセンター行って練習したから、少しは強くなってるよ。……まあ、お姉ちゃんにバイトがあるって嘘ついてまでゲームセンターに通ってたお兄ちゃんほどじゃないかもしれないけど」
「俺が悪かったから、ナチュラルに刺すのはやめてくれ……」
いたずらっぽい笑みを浮かべる美卯に、梛は小さく肩をすくめた。
「でも、なんでゲームセンターは嫌なの? せっかく久しぶりにお兄ちゃんと遊べると思ったのに……」
「……さっきのあれを、周りが修羅場か何かだと勘違いしたみたいでさ。まだそんなに時間も経ってないから、戻りにくいというか……」
「あー……ごめん」
「まあ、今度学校帰りに行こうぜ。なんなら明日でもいいしな」
梛は落ち込む美卯を慰めるように頭を撫でてやる。
すると凜桜が、私も撫でてと言わんばかりに頭を押しつけてきた。
「美卯だけずーるーいー。おねーちゃんも撫でてー!」
「いや、姉貴は元気だし……」
「いーやーだー! 撫でてほしいのー!」
凜桜は不満そうに、何度も頭突きを繰り返す。
こうも甘えられると、もうどちらが年上かわからなかった。
「……わかったから。撫でてやるから、少し離れてくれ」
「むー……」
梛が言うと、凜桜は葛藤しながらも梛の腕から離れ、美卯の隣に腰を下ろした。
梛は呆れたように吐息すると、美卯を撫でるのをやめ、今か今かとそわそわしている凜桜の頭に手を伸ばす。
と、美卯はその手を握り、自身の頭へと再び乗せた。
「……やめないで」
「え、いや……え?」
「そのまま、続けて」
混乱しながらも、梛はまた美卯を撫で始める。
すると今度は、凜桜が催促するように頭を差し出してきた。
「ねー、梛ー。早く撫でてよー」
「……」
梛は無言のまま凜桜の頭にも手を置き、要望通りに撫でてやる。
凜桜はもちろん、美卯も恥ずかしそうにしながらそれを受け入れた。まるでツンデレな猫のようだった。
「……なんだ、この状況」
梛は二人に聞こえないほどの小さな声で、ぽつりと呟く。
しかし、梛も梛で、このわけのわからない状況を楽しんでいた。
というのも、美卯がこんなに甘えてくるなんて、小学生の頃以来なのだ。
昔は凜桜のように甘えん坊で、いつも梛のあとをついて回っていたのに、四年生――十歳になったあたりから反抗期に入ったのか、美卯は今のような性格になってしまった。
とはいえ、別に仲が悪くなったわけではないのでそこまで気にしてはいないし、梛にとって美卯が可愛い妹であることにも変わりない。
まあ、もう少し優しくしてくれれば、と思うことはあるのだが。
「――もうやめて」
と、梛が懐かしみながら一分ほど撫で続けていると、さすがにしつこかったのか、美卯が梛の手を振り払って終わりを迎える。
凜桜は残念そうにしていたが、我に返るとだんだんと恥ずかしくなってきたので、やめどきを与えてくれてありがたかった。
「……じゃあ帰るか」
「……そう、だね」
梛と同様、美卯も恥ずかしかったようで、明後日の方を見ながら、梛の呼び掛けに反応した。
そんな中、一人だけ恥ずかしさと無縁の凜桜は、梛の腕を引っ張って必死に抵抗する。
「えー、もう帰るのー? もっと遊ぼうよー」
「そうは言っても、やることないしな。さっきも言った通り、ゲーセンは行けないし……」
「むー……」
頭では納得していても不満は不満なようで、凜桜は唸り声を上げて動こうとしない。
まるでお菓子が欲しいとねだる駄々っ子のようだ。
世の中の親御さんは、一体どうやってわがままを言う子供を御しているのか。参考までにお聞かせ願いたい。
……もっとも、教えてもらったところで、それが凜桜に通じるかどうかは別なのだが。
梛は数瞬の間に思考を巡らせ、ふと頭に浮かんだ案を口に出してみる。
「……なんでもない日だけど、ケーキでも買って帰るか?」
「……ケーキ!?」
「え、いいの?」
と、凜桜だけではなく、美卯までもが期待するように小さく肩を揺らした。
「まあ、たまには、な。いらないなら別に――」
「いる。食べる」
「食べるー!」
二人は食い気味に言って、きらきらと目を輝かせる。
血は繋がっていなくとも、やはり姉と妹。梛と同じで、甘いものが大好きなようだ。
しかし、こうも簡単に釣られると二人が心配になってくる……が、まあ、知らない大人について行くようなことはしないだろう。そう願いたい。
「……じゃあ、帰りにケーキ屋に寄ってから帰るか」
「やったー! 梛、大好きー!」
凜桜は嬉しさを表現するように、梛に抱きついては頬擦りをする。
恥ずかしがる梛とは対照的に、凜桜は周りの目などまるで気にしていないようだった。
「お兄ちゃんの奢り?」
「まあ、そのつもりではいるけど……あんまり高すぎるのはやめてくれよ?」
「どうしよっかなー」
美卯は梛の反応を楽しむかのように、不敵に微笑む。
「せっかくの奢りなんだし、お店で一番高いのにしちゃおっかな」
「たしかに、『人の金で食う焼肉は美味い』とか言ったりするけどさ。少しは手加減してくれよ……」
「もー……美卯ったら。梛が可哀想だよー?」
そう言って凜桜は、慰めるように梛を胸に抱き寄せ、頭をよしよしと撫でる。
凜桜としては頼りになる姉のように振る舞っているつもりなのだろうけど、梛がもがくように抵抗しても離す気配を見せないあたり、どうしても自身の欲に忠実なだけにしか思えなかった。
「大丈夫大丈夫、半分冗談だから」
「……いや、半分は本気なのかよ」
梛は命からがら凜桜の拘束から脱出すると、カバンから財布を取り出して中身を確認する。
買う予定のなかった服まで買ってしまったせいで、少々薄くなっているような気がしなくもないが、多少値が張るくらいならなんとかなるはずだ。なってもらわないと困る。
「……さて、と。じゃあ、さっさと買って帰るか」
疲れ切った身体に鞭打ち、腕に張り付く凜桜を引きずるようにしながら、梛は出口へと足を進める。
少しは慣れてきたとはいえ、相も変わらず周囲の視線は痛い。が、これはもう仕方のないこと。
凜桜と美卯と一緒に過ごす、梛に課された宿命のようなものなのだから。




