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第2話 安寧短し、苦労は多め⑧

「はい、お兄ちゃんとお姉ちゃんの分」


 梛がしがみついてくる凜桜を引きずるようにして部屋から出ると、一足先に出ていた美卯が、先程落書きした写真を手渡してくる。

 その写真を見て、梛は頬を引きつらせ、凜桜は目を輝かせた。


「……改めて見ると、すごい恥ずかしいな。てか、なんだよこの『両手に花』って。いやまあ、間違ってはいないんだろうけどさ……」


 と、梛が苦笑しながら撮った写真を眺めていると、美卯が不安そうに顔を覗き込んでくる。


「どうした、美卯?」


「……お兄ちゃんから見て、私とお姉ちゃんは、その……可愛い?」


「…………は?」


 あまりにも突然の質問に、梛は驚き、思わず写真を落としてしまった。

 拾いながら、美卯からの問いを反芻する。


「……姉貴と美卯が可愛い、か?」


「うん」


「……」


 戸惑いを隠せず、梛は何度も瞬きを繰り返す。


 可愛いかと問われれば、言わずもがな、凜桜も美卯も可愛い。そんなもの、自明の理だ。


 しかし、なぜいきなりそんなことを聞くのか。


 自分で『両手に花』などと書くくらいなのだから、自覚症状があるか、あるいは周囲から言われ慣れているに違いない。

 もし後者だとしたら、煽てられていると勘違いしているのか。


 ……いや、そこはどうでもいい。

 問題は、梛がどう答えるか――それだけだ。


 ここで正直に可愛いと答えれば、「うん、知ってる」と、美卯にからかわれるだろう。火を見るより明らかだ。


 しかし、可愛くないと嘘をつけば、美卯の拳が腹部の辺りに飛んでくるのは間違いない。

 それに加えて、凜桜が泣きついてくるのも、ありえない話ではない……というより、むしろ、その確率は高いと言っていい。


 かと言って、『沈黙は金』『言わぬが花』といった言葉のように黙りこくったり、言葉を濁すのを、美卯が許すはずもない。


 結局、梛に残されていたのは、素直な感想を口にすることだけだった。

 ……まったく、兄という生き物は妹に弱すぎる。


 梛は美卯の頭の上にぽん、と手を置いて、苦笑しながら言ってやる。


「……可愛いに決まってるだろ。嘘でも冗談でもない。姉貴も美卯も、二人とも本当に可愛い」


 梛は照れをものともせず、さらに続ける。


「というか、可愛くないわけがないだろ。実際、不相応な俺が可愛い二人と並んでるせいで、周りから嫉妬の視線を浴びてるわけだしな。もう少し、その可愛さを自覚して――」


「やめて……」


 ひたすら本心を伝える梛を、美卯は顔の前に手を出して制止した。


「……わかったから、こっちが恥ずかしくなってくるからもうやめて……」


「え、いや、そっちが聞いてきたから答えただけで……」


「こんなに可愛いって連呼されるとは思わないじゃん。それに、お兄ちゃんのことだから変に誤魔化すと思ってたし……」


 美卯は赤らめた頬を隠すように俯きながら、脚を小刻みに蹴ってくる。実に理不尽極まりなかった。


 凜桜も凜桜で、真っ向から言われたのが恥ずかしかったのか、梛の肩に顔を埋めるように押し当て、ひたすらに唸っている。


「ええ……」


 二人のらしくない反応に、梛は眉根を寄せた。


 凜桜は雪の日の犬のようにはしゃいで喜ぶと思っていたし、美卯はいつも通り嘲笑してくるものだと思っていた。


 しかし実際は、なぜか二人揃って顔を隠している。

 恥ずかしいのは、公衆の面前で姉と妹に対し、ひたすら「可愛い」と褒めた梛の方だというのに。


 と、梛が困惑して立ち尽くしていると、周囲がざわめき出し、お世辞にも気持ちいいとは言えないような視線が梛に集まり始めた。


 わずかに聞こえてくる声から察するに、どうやらこの現状を見て、カップルのいざこざかなにかだと勘違いしているらしい。

 しかも、梛が加害者側。あまりにも酷すぎる話だった。


 まあ、だからと言ってわざわざ否定するのも面倒だし、大きな声で周囲に呼びかけるような度胸も、梛にはないわけで。


 梛は二人の手を引き、絶え間なく浴びせられる悪感情の視線から逃れるようにゲームセンターをあとにする。

 出口へと向かう際も好奇の目を多く向けられたが、そちらに関してはどうやら少し耐性がついたようで、以前ほどは気にならなかった。


 梛は近くにあったベンチに二人を座らせると、自販機で飲み物を買って、二人に差し出す。


「……なんか悪かったな、答えを間違えたみたいで。今後はああいうこと言わないように――」


「大丈夫だよ!」


「大丈夫だから!」


 凜桜と美卯はバッと顔を上げ、梛の謝罪を遮るように同時に声を発した。


「あれは急に言われてびっくりしただけで、別に言ってくれていいから」


「そーだよ! 梛に可愛いって言われて嬉しかったもん!」


「可愛いって言われて喜ばない女子はいないから。むしろ、もっと言ってくれていいから」


「お、おう……?」


 先程とは一転、早口で真逆のことを言ってくる二人に、梛は目をぱちくりとさせる。

 すると、美卯は我に返ったかのように肩をすぼめた。


「……忘れて」


「……」


 梛は何か言うわけでもなく、素直にこくりと頷く。


 さすがの梛にも、赤面するようなことを口走ったときに、触れないであげる優しさが備わっていた。

 もっとも、相手が安達とかなら問答無用で追い詰めると思うが。


「えへへ……梛に可愛いって言われた……」


 と、そんな美卯とは対照的に、凜桜は梛に可愛いと言われたことを、時間差で噛みしめるように喜んでいた。


「ねーねー」


「ん?」


「もう一回、可愛いって言ってほしいなー」


「……可愛い」


「うへへー」


 梛が言うと、凜桜はいつものように梛に抱きつき、だらしな……いや、幸せそうな笑みを浮かべる。

 先程まで恥ずかしさで悶えていたとは思えないほどの、見事な変わり身の速さだった。


 とりあえずはまあ、凜桜も美卯もいつも通り戻ったみたいなので、一件落着と言っていいだろう。

 まったく、本当に人騒がせな姉と妹だ。


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