第2話 安寧短し、苦労は多め⑦
ショッピングモール内のゲームセンターは、日曜日ともなれば家族連れの客でごった返し、子供たちの叫び声やクレーンゲームの獲得音、リズムゲームの音楽などが入り混じって、まるでライブ会場のような喧騒に包まれていた。
そんな騒がしさに耳を痛めながら、梛たちが向かったのは――
「プリントシール機か……」
梛は引きつった笑みを浮かべる。
ゲームセンターに入るなり、凜桜と美卯に引っ張られるようにしてたどり着いたのは、女子高生がひしめくプリントシール機コーナーだった。
様々な女性の写真が貼り付けられた機械が、モノトーンカラーのものからカラフルなものまでずらりと並んでいる。
男性利用禁止の張り紙が示す通り、梛には本来無縁のものだ。
「せっかく来たんだから、一緒に撮ろうよー!」
「そうそう――あ、ちなみにだけど、『ここ男子利用禁止だからー』みたいな言い訳はダメだからね。あくまで、男子のみの利用が禁止なだけだから」
「はいはい、わかってるわかってる」
梛の考えを見透かしたかのように先手を打ってくる美卯に苦笑しつつ、梛は降参と言わんばかりに両の手を上げようとする。
が、その手はいまだ二人に掴まれたままで、自由に上下させることすらできなかった。
元より逃げられるとは思っていないので断るつもりもなかったのだが、どうやら信用されていないらしい。
……いや、梛の考えが手に取るようにわかるのだから、ある意味信用されているとも言えるだろう。
「ほら、あそこの台空いたから入るよ」
美卯は慣れた手つきで外のモニターを操作して、そのまま筐体の中へと入っていく。
続くようにして梛と凜桜もカーテンをくぐって中に入ると、目が痛くなるような白い空間が二人を出迎えた。
四方八方から光が照射されており、室内全体が輝いている――というのは少し大袈裟ではあるが、まるで夜更かしした翌日、外に出て朝日を浴びたときくらいには眩しかった。
「……なんか、すごい目がチカチカするな」
「写真撮るんだから、明るくないとダメでしょ。証明写真とかと同じ」
「にしたって、ここまでやるのか。女子ってすごいな……」
辺りを見回しながら、梛は感嘆の声を漏らす。と、室内に設置されたモニターに、いくつかのポーズを映し出された。
どうやら、この通りにポーズを取れということらしい。
「小顔ポーズ……だっけ? こんな恥ずかしいことやらなきゃいけないのか……?」
「別にそういうわけじゃないよ。あくまで、こんな感じで撮るよー、ってだけだから」
「だったら、一緒にハート作ろうよー! 二人で手を合わせてハートを作ったり、三人で大きなハートを作ったり!」
言って、凜桜は手でハートの半分を作ると、梛の頬にぐいと押し当てて催促してくる。
すると、凜桜の真似をするように、美卯も無言で梛の方に手を差し出した。
小顔ポーズはもちろん、これもこれでかなり恥ずかしいのだが、どうやら拒否権はないらしい。
「……まあ、誰かに見られてるわけでもないしな」
梛は乾いた笑みを浮かべながら、二人の手に合わせるようにして、ハートの片割れを作ってやる。
人間の構造上仕方のないことだが、腕が変に交差する形になってしまった。絶対に三人でやるものではない気がする。
その後も、凜桜の要望通りに三人で大きなハートを作ったり、抱きつきながらVサインする凜桜に耐えたり、三人揃って変顔をしたりと、梛は二人と同じポーズを着々とこなしていった。
そんなこんなで撮影が終わり、三人は隣の部屋へと移動する。撮影スペースと同じく真っ白な部屋だったが、照明は先程よりも控えめだった。
「ここでさっき撮った写真を加工するの。落書きしたり、目の大きさを変えたりとか」
「あー……あれか。気持ち悪いくらいに目を大きくしてる人とか、よくいるよな。ネットで見たことある」
「お兄ちゃん、それ、ここであまり言わない方がいいよ」
美卯は苦笑すると、ペンを手に取り、先程撮った写真の周りに文字をスラスラと書き出す。
やはり何度も来たことがあるのだろうか、その手つきはやけに手馴れていた。
「やっぱ、友達とよく撮ったりするのか?」
「ううん、今日がはじめて。まあ、ゲームセンター自体は友達とたまに遊びに来たりするけどね」
「そうなのか? にしては、手際が良すぎる気がするんだけど……」
「……前々からこういうのもやってみたいって思ってたし、少し調べてきただけ。ほら、お兄ちゃんも書きなよ。お姉ちゃんも、もう色々と書いてるよ」
美卯は照れ隠しのように梛にペンを押しつけると、凜桜を指さす。
撮った写真はいつの間にか、高架下の落書きのようにたくさんの文字やハートマークでびっしりと埋め尽くされていた。別の写真には、相合傘のマークの下に、梛と凜桜の名前まで書かれている。
先程からやけに凜桜が静かだと思ったら、落書きに夢中だったらしい。
その姿は、お絵描きを楽しむ幼稚園児を彷彿とさせた。
梛がその様子を覗き込むように眺めていると、それに気がついた凜桜が、写真を撮った部屋に勝るとも劣らないくらいの、眩しい笑顔を梛に向ける。
「梛も一緒に書こうよ! 『おねーちゃん大好きー!』とか、『おねーちゃん愛してるー!』って!」
「普通に嫌です」
「……おねーちゃんのこと、嫌い?」
梛が断ると、凜桜の表情は、まるで照明を落としたかのように一瞬で暗くなってしまった。
「いや、嫌いとかそういう問題じゃなくてだな……。てか、二人でかなりの量書いてるんだし、俺が書く必要はないんじゃないか?」
「こういうのはみんなでやるのが楽しいんでしょ。ほら、なんでもいいから書きなよ」
「書くって言ったって何を書けばいのやら……」
と、梛がペンを顎に当てながら思案していると、凜桜が無言のまま、梛の手を握って動かし始める。
抵抗するのも無駄だと悟った梛は、大人しく凜桜のガイドに従うことにした。
人の手を操って書いているのだから当然書きにくいはずなのに、凜桜はまるで自分の手で書いているかのように、次々と綺麗な字を画面に表示させていく。
進めるごとに凜桜の表情は明るくなっていき、書き終える頃にはいつも通りの笑顔に戻っていた。
「かっんせー!」
凜桜は満足そうに、うんうんと頷く。
写真に写る三人の頭上からはそれぞれ吹き出しが生えており、その中には大きな字で『大好き♡』と書かれていた。
「……これで満足ですか」
「うん、大満足! ……でも、ちゃんと梛に書いてほしかったなー……」
言いながら、凜桜がちらちらと様子を窺ってくる。
「書かないぞ、絶対に」
「えー」
凜桜は梛の腕を、神社の鈴紐のごとく揺らしながら、不満そうな声を上げた。
そんな凜桜を無視して、梛は美卯に目を向ける。
「さて、これで終わりでいいんだよな?」
「まあ、別にいいけどさ。今度来たときは、ちゃんと自分の手で書きなよ?」
「一応、自分の手ではあるぞ?」
「……自分の手、自分の意思で。わかった?」
屁理屈をこねる梛に、美卯はにっこりとした笑顔を作って、梛の肩を掴みながら言い直す。
美卯から滲み出る恐怖に怯え、梛はこくこくと頷くことしかできなかった。
「じゃあ、あとは入口で写真を受け取るだけだから」
梛の態度に満足したのか、美卯は梛の肩をパッと離す。
そこまで強く掴まれてたわけではないのに、腕がちゃんと付いているかを確認するくらいには痛く感じた。




