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私たち別れたいんです  作者: 佐屋 理由


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8/12

浮気者は成敗

 そうしてモルガーヌ達は辻馬車に乗ってサーカスの興行場所へと向かった。


 興業が行われているのは王都の中央にある国立公園の一角である。

 巨大な深紅のテントの周りは様々な出店と人々で賑わっていた。


(……すごい)


 耳に届く不思議な音の組み合わせの曲、途切れないざわめき、流れて来る甘い香りと香ばしい匂い。テントの外でも大道芸を披露する者達がいて、時々どこからか歓声が上がる。

 平民遊びを覚えたばかりのモルガーヌは異世界の様な光景に少しだけ圧倒される。


「大丈夫ですかお嬢様」

「え、ええ……」

「ハ、この程度でびびってんのか。うちの花祭りはこんなもんじゃないぞ」

「まあ。これより盛り上がるのね……」


 アルの自慢に素直に感心してしまう。


「あ! ちょっと。ちょっとだけいいですかすみません……」


 どこかを見ていたマチルドが、そう言って突然走り出した。皆も慌ててついていく。


「ご店主! この花はポララと見受けられますが一体これをどうやってここまでこのような状態で運んで来られたのですか⁉」

「触っていいよ、お嬢さん。ここのは全部作り物だ」

「ええ‼」


 言われてマチルドは花びらを触る。そして目を見張る。

 追いついたモルガーヌは商品の花々を見回して声を上げた。


「ものすごい種類の花があるのね……平……この辺りでは、造花を送る習慣があるのかしら」


 独り言の様な言葉を拾ったのはアルだ。


「オジョーサマはなんにも知らないんだな。こういう祭りの時にはな、自分の連れが他の奴にちょっかい出されないよう、『既に相手がいます』って印の花飾りをつけておくんだよ。ヒイロだけかと思ったら、それ以外でもやるんだな」


 辺りを見回す。確かに帽子や胸に花が揺れている人達がいる。


「婚約すると互いの誕生花をつけあうって場合もあるな。ちなみにおねーちゃんはいつの生まれだ?」

「何故貴方に教えなければ」


 イオに問われてミレイアは心底嫌そうに顔を背ける。

 そう言えば、とモルガーヌは思い出していた。


(子供の頃。セヴランが自分で描いた花の絵を切り抜いて、私のドレスにはちみつでくっつけようとしたことがあったわ。あの時は危うく投げ飛ばしそうになったのだけど……作り物の花を身に着けさせる、が婚約の印と思っていたのかしら)


「おやお嬢様、デレラもございますよ。お嬢様の誕生花ですね」

「あら」

「まあ、そうなのですね……」

「マジかよ。ブノワ領の領花じゃねえか」


 マチルドもイオも無言のアルも驚いている。

 モルガーヌ自身、それを嬉しいと思う日もあった。でも今はそれを振り払う為に、大袈裟な動作でその場から背を向けた。


「さあ! もう行くわよ、そろそろ閉演の時間でしょう!」


 人混みをかき分けてテントまでやってくると、丁度そちらでは動きがあった所だった。

 締め切られていた幕が開き、中からぽつぽつと人が出てくる。

 ちらりと見えた内側では、かわいらしく着飾った子供の演者達が花のアーチを作って客を見送っているらしい。


(これなら見つけられそう……?)


 そう、モルガーヌが思った時だった。


 テントの中から見慣れた顔が現れた。

 まだ興奮冷めやらぬ、といった表情のセヴランである。

 その隣には若い女性が並んでいる。


「! あの男……!」


 走り寄ろうとしたミレイアをマチルドが止める。


「お、お知り合いではないんですか? セヴラン様のご親戚だとか!」

「……いいえ。違うと思う。見てわかるでしょう。彼女、貴族じゃいわ」


 例えその人物がどんなに高級な身なりをしていたとしても。その所作から、貴族かそうでないかは一目でわかってしまうものなのだと初めてモルガーヌは気が付いた。


(ということは。私達が完全に平民になりきれたと思っていた変装も、周りからはバレバレだったのね。……恥ずかしいわ)


 けれどその反省はひとまずよそに置いておく。

 今はそれよりセヴランの連れに注目した。


 黒髪青目の健康的な肌色の女性だ。年はモルガーヌ達より少し下、くらいだろう。美人度はモルガーヌと同じくらい。体型もさほど変わらない。

 よく動く表情で、見ていた公演の内容についてあれこれ語っているようだ。

 そしておそらくどこかの出店に行きたいと言い出したのだろう。セヴランと何度か言葉を交わし、彼の腕に自分の腕を絡ませて、強引に引っ張るように歩いていく。

 最初は困っていた様子のセヴランも、最後には諦めたような笑顔になった。


「!」


 そこでモルガーヌは、女性の胸に一つの花飾りがついているのを発見した。


 それは鮮やかで華やかな赤いデレラの造花。


 これを見た時。

 モルガーヌの中で何かが切れた。


 ミレイア達を置いて歩き出すと、セヴランの前に立ちふさがる。


「え⁉ モル、どうして……‼」

「この浮気者‼ セヴランなんか一生許さない‼」


 思い切り、セヴランの頬をひっぱたいた。

 言い捨ててマチルドに振り返る。


「貴女もぶつ?」

「い、いいえ私は!」

「そう、なら帰りましょう。こんな奴しばらく関わっちゃ駄目よ!」

「え、え、」

「いやー坊ちゃんモテモテだなあ」

「イオ⁉ アルも一緒か、お前達なんで、」

「この二人お返しするわ! 後はそっちで片づけて頂戴!」


 イオとアルをセヴランに押し付け、自分はマチルドの手を取って馬車に戻る。


(あんな奴、もう絶対に信じないわ!)


 怒りはいつまでも収まらない。

 マチルドを家に送り届けたモルガーヌは、屋敷に帰ると自室に引き籠った。今の顔を家族に見られたくなかったのである。

 部屋に出入りするのは許可されたミレイアだけだった。


「正直、私は清々致しました」


 食事の給仕をしながらミレイアは言った。


「元々お嬢様にはあれくらいする権利はございました。セヴラン様は罪の意識が薄すぎなのです」

「……そうよね、あれくらいしてもいいわよね」


 ミレイアに許されて、強張っていた心が少し柔らかくなる。

 セヴランへの怒りとやりすぎだったのではという反省と、でもやっぱり浮気者は許せないという思いが行ったり来たりしてモルガーヌはどうにもならなくなっていた。


(聞かなきゃならないこともたくさんあったのに……あのセヴランを見たら全部吹き飛んでしまったわ。駄目ね。もう少し自分は冷静でいられるって思ってたのに……)


 そんなモルガーヌの心を見透かすようにミレイアはにっこりを微笑みを返す。


「お嬢様の魅力の一つは感情豊かな所でございますよ」

「……ミレイアは私に甘すぎね」


 照れ隠しに、メインディッシュにぷすりとフォークを突き立てる。


「よいのです。大事な花瓶を割ってしまった罪をお嬢様に被って頂いたあの日から。私の使命は常にお嬢様が日向ぼっこ中の様な心地よさでいられるよう整えることだと思っているのですから」

「こちらの善行に対する恩返しが長期間過ぎるわよ」

「それくらい、嬉しかったということです」


(お互い子供時代の話じゃないの)


 でもこんなミレイアがいてくれて良かったと、かつての自分に感謝したりもする。


「ということで、お嬢様。次にあの方を殴りたくなったら私の方にお申し付け下さいね。お嬢様の手を痛めるまでもありません」

「そこまでしてくれなくていいわ……」




 そうして。

 数日後の、婚姻省に出向く当日となって。あれから音沙汰のなかったセヴランがブレイン家を訪れた。

 面談までにはまだ時間があるが、その前に少し話し合おうと余裕を持った出発となる。


(……痩せた?)


 セヴランを見たモルガーヌの第一印象はそれだった。

 だがいくらなんでもこの短期間でそこまで変わる訳がない。体型の変化ではなく、全体的に覇気がなく、顔に少し影があるように見える、という感じだろうか。

 一瞬湧き上がりそうになった罪悪感に蓋をして、モルガーヌはミレイアと共に馬車に乗り込む。


 セヴランは御者にとりあえず王都の中をぐるぐると周り続けるよう指示を出した。

 その間、三人は座席で向かい合う。


「本当はすぐにでも会いに来たかったんだけど。ここ最近全く時間が取れなかったんだ。放っといてごめん」


 セヴランに謝られてモルガーヌは気が付いた。ここ数日の自分の怒りの中には、彼がすぐに謝罪なり言い訳なりに現れなかったことも含まれていたのだ。


「いいのよ。貴方も色々あるのでしょうし」


 なので出て来た言葉が嫌味っぽくなってしまう。

 だがセヴランは言葉通りに受け取ったようだ。


「じゃあ、まずは、この前の件について説明させてくれ」


 がたんと馬車が揺れる。石畳の町中に入ったのだろう。


「あの子は母上の知り合いの娘なんだ。大きな商会の娘さんで、ブノワ領にも別荘がある。毎年来てる内に母親同士は仲良くなったらしい。僕も何度か顔を会わせたことはあった」


 モルガーヌはぴくりと眉を上げる。


「何度か。そうは見えなかったわよ? その話が事実なら随分と人懐っこいお嬢さんなのねえ」

「うん。すぐ誰とでも仲良くなれるタイプの子だ。あの日は同行者が急に行けなくなったからって誘われて、そういう事情だからチケットをモルに流す訳にもいかなかった。今後のつきあいも考えて断るのもよくなかったし……」


(なんだか歯切れが悪いわね)


 少しイラっとしてしまう。なので聞くつもりのなかったことまで口にする。


「……あの花飾りは貴方が?」

「花飾り?」

「あの子が胸につけてたでしょう、デレラの花」

「ああ! あれはあの子の私物だ。うちの領地で買ってくれて気に入ってるらしい。真ん中に宝石がついてるんだぞ? 気軽に贈れるような物じゃないし」

「!……」


 そこまでよく見ていなかった。一目見てカッとなって、冷静さを欠いていた。


(……まるで焼きもちじゃない。かっこ悪いわ)


 今日の話の中でセヴランの鼻は動いていない。つまり嘘はないということだ。

 どうやら自分は暴走してしまったらしいと気付いて密かに焦る。


 そんなモルガーヌに向かってセヴランは深々と頭を下げた。


「なんにせよ、モルとの約束を反故にしまった。それは申し訳ないと思う」

「……いいわよ。それは、もう」

「でも僕は浮気者じゃない! そこは抗議させてもらう!」

「今回のことはそうね、でも婚約者がいながらマチルドさんに目を移したのは事実でしょ!」

「え、今更そっちを責められるのか!」


 セヴランは言葉を失くしてしまう。

 モルガーヌはぷいと顔を逸らした。


(そうよ。私が間違ってた。最初の時点でこうやって怒っておくべきだったんだわ)


 例え恋愛感情がないにしても婚約者としては当然の権利だった。

 変に理解あるふりをしなければ良かった。ミレイアがセヴランに向けた怒りの意味が今になってわかる。

 ちらりと目を向ければ、セヴランはモルガーヌの言葉に多少なりともショックを受けたらしく、少し呆然としている。自分が罵られて当然のことをしていると今更実感したのかもしれない。

 最初に過ちを見逃してしまったのは自分なので、モルガーヌはなんとなく居心地が悪くなった。


「……でも、ぶったのは悪かったわ。後で腫れなかった?」

「お、おお、さすがに大丈夫だ。僕の面の皮は厚いからな」


 ぺしぺしと自分の頬を叩いて見せる。モルガーヌはふと笑ってしまう。


「……それで。私はともかく、マチルドさんとは話したのね? 言っておきますけどね、浮気の定義は人によって違うのよ。男女二人で出掛けたら有罪だって言い切る友達もいるわ」

「マチルドは平気だったよ。……少し不安にはなったらしいが、あの程度なら問題ないと受け入れてくれた」

「そうなの。狭量な恋人じゃなくて良かったわね」

「……うん」


 またなんとなくセヴランがはっきりしない様子だが、モルガーヌにはその理由は読めない。


 そこからセヴランは、アルとイオの件について話題を移した。


「アルとは子供の頃からつきあいがあるんだ。まさかあいつがあんなことを思ってたなんて今まで全然気付かなかった……」

「私の話はしなかったの?」

「なんとなく貴族っぽい話はしないように気を付けてて……婚約者の話も避けてたんだ。それで、誤解されたのかもしれない」

「まあ……」


 それはつまり、アルにとってのモルガーヌは、『友人が話題に出すのも避けたがるような問題ありありの婚約者』だと思われていた可能性がある。

 当初の予定通りに嫁入りをしていたらちょっと面倒なことになっていたのかもしれない。


「あと……どうも島の人間の中には、観光客の浮かれ具合を自分達への差別だと受け取ってしまう人達がいるようなんだよな。まあ確かに羽目を外し過ぎな客もいるにはいるんだけど……」


 その点については後で領地で話し合うと締めた。


「二人は泣くほど叱っておいたよ。ブノワ領民の誇りとモルの良さも叩き込んだ。あいつらには罰として、領地に帰ってモルの悪評を一つ残らず払拭するよう命じておいたから」

「そ、そこまでしてもらわなくても……」


 どうせ、もうご縁の無くなる土地なのだ。


 ふん、と鼻を鳴らして勢いづいたセヴランは、上着の中から一枚のメモを取り出した。


「あとそれから。離縁成功者の話も聞いてきたぞ。知り合いの知り合いの知り合いで、酒場の店主なんだがな。10年前の話だそうだ。お互い他に結婚したい相手が出来ての離縁希望。何度か婚姻省で面談した後、なんでか知らないけど刑部の不倫調査に参加させられたそうだ」


 モルガーヌは目を丸くした。


「……どうして?」

「それが、本人達も全くわからなかったって。調査には二月もかかって、その間にどんな審査があったものか知らないけど、とにかくそれが終わった時には自分達の離縁も認められたそうだ」

「じゃあ、私達もそれをやらされるかもしれないの?」


 怖いような、少しだけ興味深いような。

 戸惑うモルガーヌにセヴランは首を振る。


「いや、当人達も不思議がって刑部の人間に聞いてみたらな、そういうことは滅多にないって言われたんだって」

「ということは、申請者によって与えられる課題が違うということ……?」

「そうかもな」

「それじゃ何の準備も出来ないじゃない!」

「うん。お手上げだな」


 開き直ったように言ったセヴランは背もたれにもたれた。

 モルガーヌも同じようにする。

 

(とりあえず今日の面談には無策で挑むしかないのね。仕方ないわ。とにかく婚約継続の意志ありの言質だけは取られないようにしないと……)


 大いに不安な思いを抱えたまま、流れる景色を眺めるモルガーヌだった。

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