彼らの話も聞きたい
(婚姻省の仕込みではなかった)
誘拐犯をマチアスに引き渡す前に、モルガーヌ達はこちらでも最低限の事情を聞き出しておくことにした。
まずは彼らが持ち込んだ縄で彼ら自身を縛り上げ、そのまま個室で話を聞く。店の方には騒がせ料と壊した物の弁償代を支払っておいた。
二人の危機を救ってくれた人物はブレイン家の護衛騎士ナーグだ。モルガーヌがまたも貸衣装屋に行くとなってマチアスの指示が発動し、この場へ同行していたのである。現在彼は床に座らせた誘拐犯の背後でそちらを見下ろしている。
誘拐犯はアルとイオだと名乗った。黒髪の最初の男がアル、赤毛の窓辺の男がイオ。彼らはブノワ領の領民だと言う。確かにセヴランから聞いている通りの、あの土地の者らしい顔つきをしている。
暴漢と言えば婚姻省、と少しだけそちらを疑った自分をモルガーヌは反省した。
(それにしても。いわゆるガラの悪い人達、という感じではないわ)
最初は恐怖で大悪人にしか思えなかった相手だが、落ち着いてみれば、彼らの身なりはわりと清潔感がある。少なくともモルガーヌ達が接する機会のある平民と比べて特別に『ワル』を強調する所は見えない。
目的を話すようナーグに促された二人は改めてモルガーヌに目を向けた。
「……全部お前のせいだろう」
黒髪のアルの目が彼の持っていたナイフの様な鋭さでぎらりと光った。
モルガーヌはミレイアの背後に隠れながらとりあえず言い返す。
「私が何をしたって言うの。貴方方に危害を加えられる覚えはないわ」
「お前が俺達の土地を嫌がったからセヴランが俺達を捨てたんだろ!」
「セヴランが? 捨てる? 何なのそれは。全くわからないんですけど」
「クソ女が! そうやってとぼければ済むと思って……!」
前に出たミレイアがアルの怪我の辺りを容赦なくはたいた。痛みでアルは体を丸める。
「暴言はいけませんわ。冷静に話をしようではないですか。この小僧には少し黙っていてもらって、大人な方に説明をしてもらいましょう。……お嬢様、質問はそちらへどうぞ」
「え、ええ。そうね」
モルガーヌ達の目はアルより少し年上だろうイオに集まる。
アルより敵意は少ないものの、やはり反感を持たれている様子に少々怯む。
「あのう。何か、そちらには誤った情報が伝わっているような気がするわ。まず大前提として、私はブノワ領を嫌がっていません」
「口ではなんとでも言えるなオジョーサマ。こういうのは行動が全てを語ってるんだよ。ああ、今更取り繕わなくてもいい。ベージュリアの人間がヒイロのモンを見下してるってことくらい、こっちはとっくに知ってるんだからな」
「……ヒイロ?」
そこでマチルドが首を傾げた。モルガーヌは説明する。
「ブノワ領の旧国名よ。でもね、貴方。はっきり言ってそちらが五百年も前に別の国だったなんて話、領民以外の人はほぼ知らないわよ? 私達にとってブノワ領は、ちょっと王都から遠い所にある、この国自慢の美しい観光地なの」
「はあ?」
ついでにモルガーヌは先ほどマチルドにも話したブノワ領に行かなかった理由を話す。
イオ達は困惑した顔を見合わせると、それでも反論を続けた。
「……花祭りの時期を外してくればいいだろ」
「だってセヴランが初めて領地を見るなら一番華やかな時を見てもらいたいって言うんだもの」
「っ……あいつの言いそうなことだ」
アルは忌々し気に顔を背けた。
話しながらモルガーヌの方も少しだけ後悔をしていた。
(……それに。領民からこんな風に思われてしまうなんて知らなかったんだもの)
ブノワ領の人々に、自分達が領地外の者から見下されているという意識があることも。結婚前に領地へ足を運ばないことで、土地に好意的でないと受け取られてしまうことも。
モルガーヌは想像すらしたことがなかった。
「セヴラン様が何もおっしゃらなかったのです。お嬢様が責任を感じる話ではありませんよ」
そんなモルガーヌの気持ちを察したミレイアが慰めを言ってくれる。
するとアルは身をよじるようにして前に出た。
「じゃあどうしてあいつに領地替えなんかそそのかしたんだよ!」
「領地替え? 私が?」
室内の者達を一通り見回す。それから。
「……何の話?」
「うちの坊ちゃんが高慢ちきな婚約者様にべた惚れで、そいつが田舎に嫁ぐのを嫌がるからもっとマシな場所の領主になれるようお上に申し出たらしい。……って噂がこっちでは流れてるんだよ」
イオが説明をした。すぐにアルが吠えるように付け足す。
「王族が国民捨てるとかありえねーだろうが!」
「セヴランが領民より婚約者を選ぶ筈がないでしょう‼」
反射的に怒鳴り返してしまっていた。
まさか貴族令嬢にそうされるとは思わなかったのだろう。アルもイオも驚いて言葉を失くしている。
だがモルガーヌ本人はそんな二人に気付かないほど頭に血が上っていた。
(馬鹿馬鹿しい! 自分達がどれだけ彼に愛されているのかも知らないで!)
思い出す。
セヴランはいつも、今よりもっと豊かになった領地の未来を夢見ていた。
領地が栄え、領民達が喜びの中で暮らしていけるよう。その為に自分に何が出来るのか。
きらきらした目で熱く語るその姿を、モルガーヌはとても好ましく思っていたのだ。
「そもそもよ。領地替えって何? そんなことが出来るっていうのも知らないし、そんな話も聞いてない。マチルドさんは知ってた?」
「いえ、私も初耳です」
「それに……この者達の言う通りならお嬢様の為にそうするそうですが、お嬢様はセヴラン様とは結婚しない方向で進んでいるのですしねえ」
皆で首を傾げた。
そう言われて、初めて状況の食い違いに気付いたのだろう。アルとイオも一緒に首をひねっている。
とりあえずモルガーヌは思いついた疑問を口にした。
「貴方方は一体どこでその話を仕入れて来たの?」
「……親父達がブノワ家についていくかいかないかって話し合ってるのが偶々聞こえたんだよ」
「こいつの親父さんは商工会議所の役員なんだ。その手の情報は真っ先に入るからな」
「そうなの。その話し合いの中で、私が領地替えをそそのかしたって言ってたのね?」
アルが顔を背ける。イオは気不味そうに笑った。
「そいつはこっちの憶測だ。ブノワ家が俺達を捨てる理由なんてそれくらいしかないからな。だが領地替えの噂に婚約者元凶説はくっついて話されてる。噂を聞いた連中は、皆、本当だと信じてるよ」
「大迷惑な話ね!」
モルガーヌはもはや怖さも忘れて怒りまくる。その前で、ミレイアが再び足を踏み出した。
「それで? 元凶であるお嬢様に危害を加えれば領地替えの話が無くなるとでも思いましたか」
「……少し怖い目に遭えば簡単に従わせられると思ったんだよ。……だけど! もしも噂が全くのでたらめで、あんたに関係がないなら……脅かして、悪かった」
「あー、すまなかったなオジョーサマ。婚約解消で傷心の所に追い打ちをかけちまって」
へらへら謝るイオにミレイアがきつい目を向ける。
「貴方達は何なのです? ブノワ領民としての立場は?」
「俺は領内の自警団の人間だよ。……いやあ、このままじゃうちの連中があんたの家に殴り込みに行きそうな勢いになってたんでな。代表者として数人だけがこっちに来ることになった」
「呆れますね。殴り込みの代わりが誘拐ですか」
「まともに面会頼んだって無理だろうが。とにかく、騒がれずに話す機会が欲しかったんだよ」
確かにブノワ領の平民が、ブノワ家を通さずにモルガーヌに接触するには違法な方法しかないのかもしれない。
「だからって何もこんなやり方を……」
「それはそっちも悪いだろうが! 貴族が平民のふりして平民の店に出入りするなんて攫って下さいって言ってるようなもんだろう!」
(……ご尤もだわ)
アルの言葉に今度はモルガーヌの方が言い返せない。
二人のやりとりを見た後でイオはハア、と息をつく。
「なあ。捕まる前に連絡だけさせてもらえねーか。俺達が突然消息不明になったら間違いなくブレイン家が犯人で、今度こそ連中がなだれ込むぞ」
「……仕方ないですね、では手紙か何かの用意を……」
「要らないわ」
モルガーヌは言った。皆の目が集まる。
「この人達はお兄様に突き出さない。そんな大ごとにしたら困るのは間違いなくセヴランだもの」
彼らが役人に捕らえられたらどうなるか。モルガーヌは少しだけ考えてみた。
婚約解消審査の最中に、領地の者が婚約者に危害を加える。そんな状況ではセヴランこそ主犯だと疑われてしまいそうではないか。
(そんなの絶対に嫌)
だが彼らに甘い人間だと思われるのも避けたい。なので出来るだけ精一杯の威厳を作ってみせた。
「いいこと! だからってこれで助かったと思わないで頂戴。セヴランにはきちんと伝えますからね、貴方方はそちらでたっぷりと叱られるといいわ。あの人本気で怒ると少し怖いのよ」
「お嬢様……」
ミレイアとナーグが微妙な顔をするが、それを覆す反論も出来ないでいる。
とにかく、とモルガーヌは手を叩いた。
「今私達がやらなければならないことは何? ミレイア」
「そうですね。この話の真相を確かめることでしょうか……?」
「そうね、そちらを調べてみましょう。もちろん貴女も参加するわねマチルドさん」
「えっ」
「しっかりして。領地替えうんぬんというのは私より貴女にとって重大案件よ?」
「は、はい、そうですね」
言われて状況がわかったのだろう。マチルドは不安そうに瞳を揺らした。
(セヴランが……私達に何かを隠している)
改めてそう認識して、モルガーヌは胸がぎゅっと痛くなる。
実際、モルガーヌの中では。もしかして将来実家であるブレイン家と利益を違えることがあるかもしれないとしても、セヴランだけはずっといつまでも味方側でいると思ってきたのだ。そんな信頼が今、少しずつ剥がれてきてしまっているのが心につらい。
「そもそもセヴラン様は本日はどこへ行かれたのでしょう。それが領地替えの話と関係があるのでしょうか」
(そうね……私達との予定を当日に取り消してまで行かなければならない所……)
ふと思い立ち、モルガーヌはアル達を見下ろす。
「貴方方。このタイミングでこちらに接触を図ったということは、今日ここにセヴランは合流して来ないと知っているのね?」
ここでごちゃごちゃしている間にセヴランが現れてしまったら計画は台無しだろう。
アルは顔を背けたままで、イオが答える。
「そりゃまあな」
「じゃあ、今セヴランがどこにいるかわかるの?」
「……仲間が知ってるな」
「なら教えて! もしも領地替えの関連だったら貴方達も知っておきたいでしょう?」
ハッとなったイオとアルはぼそぼそと話し合う。
その結果、彼らはモルガーヌの頼みを聞き入れることになった。アル一人を一度仲間達のいる拠点に戻す。
この際なのでイオの方の拘束も解いて、皆でお茶を飲んで一息ついている所へアルが戻ってくる。
一同のくつろいだ様子に一瞬ぎょっとしたアルだったが、ともかく気を取り直して手にしたメモを読み上げる。
「セヴランは今……ウォルバ? サーカス団、という所にいるようだ」
「え?」
モルガーヌ達は驚いた。
ウォルバサーカス団とは現在国中で大人気の興行である。今月に入って王都公演が始まり、ブレイン家も頑張ってみたが席は取れなかった。
いつかチケットが取れたら二人で行こう、とセヴランと約束をしていたのだ。
(婚約を解消するから約束はなかったことにされた? でもそれならマチルドさんを誘ってもいいのに……って、今はそれよりも)
もやもやを振り払う。
「どうして? 大事な約束をキャンセルして、私達に秘密にしてまでなんでセヴランはそんな所に行っているの?」
「領地替えとは関係なさそうですかね……」
「あれじゃねえか。偶にはやかましいオジョーサン方から離れてぱーっと楽しみたかったとか」
「私はともかくマチルドさんはやかましくないわ!」
「モルガーヌ様……」
マチルドが困っている。
そしてミレイアが発言した。
「お嬢様。なんにしても、この二人はセヴラン様に直接引き渡さなければならないのです。そのサーカスとやらに行ってみませんか」
「え?」
「あのように急いでいた所をみると、参加したのは昼公演でしょう。ということはそろそろ終演ですし、出口を見張っていれば捕まえることも可能かと」
「それは……そうね……」
モルガーヌは少し躊躇う。皆が彼女の答えを待っていた。
(セヴランを調べる、というのはなんとなく気が引けるけど……そうだわ。こちらから踏み込まなければ隠し事はいつまで経っても明かされないのかもしれない)
心を決める。
「わかったわ。行きましょう。セヴランに会えなければ皆で出店でも楽しんで帰ればいいわね!」




