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私たち別れたいんです  作者: 佐屋 理由


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2/9

審査に通りたい

「は、初めまして! マチルド・ザーラと申します! この度は、大変、も、申し訳ございませんでした!」


(まあ)


 目の前で全面謝罪の態度を見せる一人の女性に、モルガーヌは目を見開いた。


 婚約解消の申請が却下されてすぐ、モルガーヌとセヴランは不承知の届け出を提出した。

 その一週間後。

 彼らはマチルドと共に婚姻省に呼び出され、直接審査を受けることになったのである。


 一応まだ婚約が継続中ということで、セヴランがデートを装ってモルガーヌを家まで迎えに行った。二人でマチネに入るふりをして裏口から脱出すると、せっかくの装いを平民服に着替えて馬車を乗り換えて婚姻省に駆け付ける。


 約束の時間ぎりぎりで到着すると、受付前の待合室ではマチルドが一人で待っていた。


 実は今日、ついにマチルドに会えると聞いて、モルガーヌは朝からどきどきしていたのである。


(一体どんな人なのかしら)


 大学で研究をしているというのだから、とても知的なクール系の女性なのかもしれない。

 意表をついて、超絶美女のセクシー系ということもありうる。


(できれば、仲良くやれたらいいな)


 とは思っても。相手が自分と似た系統のお嬢さんなら、どうして自分が駄目でこちらが良かったのだろうかときっと心のどこかで反発してしまうに違いない、とも想像した。例えモルガーヌからセヴランへの思いはないとしてもだ。


 そうして今そこに立っているマチルドという女性は。

 モルガーヌの予想のどのタイプとも外れていた。


 男爵令嬢だという彼女は、茶色の髪に茶色の目、体は細く小さく、顔立ちは愛らしいがとてもこじんまりとしていた。着ているドレスは流行を追わない定番中の定番で、新しいのか古いのかもわからない。

 一言で言って、どの場所で出会ったとしてもうっかり素通りしてしまうような、そんな没個性の女性だった。


(……そう。セヴランは、こういう人がタイプだったのね)


 これまでセヴランがモルガーヌの身なりに口を挟んだことはなかった。ドレスや装飾品を贈る時には必ず二人で同席したが、セヴランはモルガーヌの好みにうなづくだけ。金髪青目というこの国の貴族では比較的多い色合いの二人は、せめて服装で個性を出そうと言うモルガーヌの意見に従って、いつも外国風などを取り入れたちょっと変わったファッションをしていた。

 それは周囲にも好評で、特に華やかなパーティが大好きなセヴランの母親はよくモルガーヌのドレスの真似をしていた。

 そんなモルガーヌ達のような服装は、おそらく、このマチルドには似合わない。


(……善良。そう。善良、という言葉がぴったりなんだわ。うまく言えないけど、もしも彼女と対立することがあったら、まず間違いなく彼女が良い行いをしていて、対立相手が間違っているのだろうなと思えるような……悪意や、ずるさや、そういうものからはほど遠い人、という感じがする)


「モル?」


 黙ってしまったモルガーヌを不審に思ったのか、セヴランが声をかけてきた。

 モルガーヌは物思いからハッと我に返る。


「モルガーヌ・ブレインよ。頭を上げてマチルドさん。私のことは、セヴランの友人と思ってちょうだい。同じ目標を目指す者同士、仲良くやっていきましょう」


 さっと右手を差し出すと、相手がおずおずとそれを握り返して来た。

 ミレイアのような、働く者の堅い掌にモルガーヌは少しだけ驚く。


(……うまく笑えているかしら? 困ったわ。まさかこんな感じの人が、他人の婚約者を横取りするとは思わないじゃない……)


 そこまで考えて、またハッとする。


(駄目よ。何を被害者気分になろうとしてるのモルガーヌ。これは対等な婚約の解消! 私は悲劇のヒロインじゃないわ!)


 正直。この場所へやってくるのは、多少なりとも好戦的な、自分に自信のあるタイプではないかと思っていたのだ。

 それがこんな、初手からモルガーヌにびくびくとする相手だったので、すっかり拍子抜けしてしまったというのが今のモルガーヌの心境である。


「……さて。じゃあ、そろそろ受付しようか」


 セヴランが二人を交互に見て言った。

 状況を思い出し、モルガーヌは背筋を伸ばす。


「いいこと、セヴランにマチルドさん。婚約解消の審査では、ここから先が地獄だと聞いているわ。目的を見失わず、せめて私達の間だけは仲間割れしないようにしていきましょうね」

「ああ、わかった!」

「はい! モルガーヌ様!」


 二人がうなづき返す。

 そして三人は審査の会場へと向かった。




 案内されたのは、婚姻省の中にあるそう大きくはない部屋だった。

 テーブルと椅子。それ以外には一切の飾りもないシンプル過ぎる室内。

 入口の正面に長いテーブルがあり、その向こうに壁を背にして三人の人物が座る。

 モルガーヌ達は、入り口側に並べられた一人用の椅子にそれぞれ腰かけるよう促された。


 正面のテーブルの真ん中には、中年と高齢者の間くらいの年齢の、金髪で短髪のくるくるとした巻き毛の女性が座っていた。

 その右隣には女性より少し年上に見える黒髪にあご髭の男性。若い頃はさぞや女性にもてたのだろうな、という顔立ちと雰囲気を持っている。

 女性の左隣には、二十歳そこそこだろうかという若い女性が並んでいる。つやつやの栗色のストレートの髪が美しい。美少女、と言いたくなるような容姿だが、豆を二つ並べたような変な形の眼鏡がその評価を著しく下げている。


 真ん中の女性がトントン、と書類をペンの尻で突いた。


「セヴラン・ブノワ、モルガーヌ・ブレイン、浮気相手のマチルダ・ザーラで間違いない?」

「その言い方は……!」

 

 立ち上がりかけたセヴランをマチルドが止める。代わりにモルガーヌが口を開く。


「マチルダではなくマチルドですわ」

「ああ、そう」


 女性はかりかりと書類に何かを書きこんでいく。


「私らは婚姻省審査課面談部の、右からペレーズ、ロッシュ、ルーセルだよ」


 名前が上がる度、男性の方から手を挙げる。

 そしてロッシュと名乗った真ん中の女性はペンを置き、書類の上で両手を組む。


「では始めようか。そう、面倒ごとを省く為にまず最初に言っておくよ。婚約、婚姻の解消においてあんたらの心情は一切関係ない。相手への憎しみや恋情なんかをここで訴え始めたら、この書類に不許可の印を押してすぐさま叩き出すからね」

「お言葉ですが。跡取りを作るのに互いの気持ちは重要では?」


 心持ち顔を赤くしながらも口を挟んだセヴランを、ロッシュは鼻で笑い飛ばす。


「そんなもん使用人の協力と薬さえありゃなんとでもなる。そうされたくなければ早い内に親戚の子でも引き取って後継者だと決めておくんだね」


 セヴランは赤らんだ顔を青くして口を閉じた。

 代わりにペレーズと呼ばれた男性が発言した。


「それじゃあ、お嬢さん方! ちょっとその場で立ち上がってもらおうか。ああ、男はいい、女性だけで」


(? 何なのかしら)


 モルガーヌとマチルドは顔に疑問を浮かべたまま、ゆっくりと椅子から立つ。

 その姿を三人の面談員が眺め回した。


「美形ってほどじゃないが、ぱっと見小奇麗なのはブレイン嬢の方だね」

「ザーラ嬢は男性が閉じ込めて家に隠しておきたくなるようなかわいいらしさだ」

「ブノワ領は観光産業があることと一族が派手好きなこともあって宴会などが多いようですよ? その場合に人前に出して見栄えがするのはブレイン嬢かなって思います。ザーラ嬢の小柄さもマイナスポイントですかねえ」

「ザーラ嬢が本命ってことは実子を作るとしたらそっちかい? どうも肉付きが悪すぎて出産は無理そうな……逆ならよかったのにねえ。ブレイン嬢は、立派な安産型だ」

「いやいやロッシュさん、小柄で子だくさんな人なんてたくさんいるからね」

「そうですねえ。それにザーラ嬢はお胸はあるようですし」


(……これは、何をされているの?)


 あまりのことに。

 その場に立ちながら、モルガーヌは意識が遠くなりそうになった。

 こんなにもはっきりとあからさまに目の前で自分の容姿を値踏みされた経験など、今までになかった。

 ちらりと目をやれば、マチルドは真っ赤になって震えている。怒りというより、辱めを受けて堪えきれない、というふうに見えた。

 モルガーヌはそっと手を伸ばし、スカートの影に隠すようにしてその手を握った。マチルドの震えがゆっくりと止まっていく。

 ちなみに三人の座り方は、円満な解消を示すようマチルドを真ん中にしていた。


「実子を作るならその影響も考えなきゃだね。はっきり言ってザーラ嬢の髪も目の色も貴族間では不人気だよ。婚約解消して恋愛結婚をした親、という最大の懸念事項もある。そいつを乗り越えて縁組をしてくれるような子供が生まれるかどうか、だ」

「茶髪はなあ。ほら、先々代の他国から輿入れした王妃がそりゃあ評判悪かっただろう。未だに悪い印象持ってる家も多いからね」

「親子の似方は半々ですし、金髪が生まれるまで頑張ってもらうって手もありますけどね」

「貴方方は……何を言っているんだ?」


 セヴランがまた発言した。その声は震えている。


「一体何の話をしているんだ。今この場で何が起きているのか、僕にはさっぱりわからないんだが?」

「おや、これはこれは。話してりゃわかると思ったんだけどそうじゃなかったかね。いいかい、今ここで話し合っているのは、ブノワさん、あんたの嫁としてどっちのお嬢さんが相応しいかの比べ合いだよ」

「なんでそうなる余計なお世話だ! 誰もそんなことをして欲しいと頼んでいない!」


 そこで、まあまあ、とペレーズがセヴランをなだめる仕草をする。


「君が望んでいなくても、結局はそういうことだろう? ブレイン嬢か、ザーラ嬢か。どちらがブノワ家に嫁げば多くの人の利になるのか。君達の家と国の利益については既に書類審査の段階で、このままがよしという結論に至った。だがそれでは君は不服だと言う。だからね。僕ら婚姻省は譲歩に譲歩して、どちらとの縁談がブノワ家の、跡取りであるセヴラン・ブノワにとっての利益になるのかを、皆で考えているところなんだよ」

「そんなの、」

「まあ! まさか比べ合いをするのがこのお二人だけではご不満だとでも⁉ 他に並べて欲しい候補者がおいでなのですかびっくりぃー」


 ルーセルがわざとらしく自分の頬に両手を当てる。

 立ち上げりかけたセヴランをモルガーヌは大きく振り返り、なんとか目で制す。


(わかったわ。『失礼だ、帰る』がこの場の正解なのね。この人達の役割は、私達を怒らせて諦めさせること。不服申し立ては最後に結果が出てから一週間以内にしないとそれが最終判断になってしまう。ちょっと気難しい人ならぷりぷり怒って家に引っ込んでいる間にすぐ時間が経ってしまうもの)


 モルガーヌは今度は正面に向き直り、面談員達を見下ろした。


(そう簡単に乗せられてなんてやらないわ)


 出来るだけ余裕に見えるように。モルガーヌはにっこりと微笑みを作ってみせた。


「失礼しましたわ。セヴラン様はとてもお優しい方ですので、女性二人が公然と批評されてしまう状況が耐え難かったのだと思います。気にせず、お話を続けましょう」


 全員を軽く見回す。


「ええと。マチルドさんの髪色とお子様の縁談の話だったかしら? そうですわね、確かに、婚約解消をした親の子供と自分の子を婚約させたい方は多くはないかもしれませんね。それはブノワ家の繁栄によくない話でしょう。……だったら! こういうのはどうです? 貴族では珍しい茶髪と茶色の目の色に、逆に付加価値をつけてしまうんです!」


 面談員達が一斉にぽかんとした。

 最初に我に返ってテーブルに身を乗り出して来たのはルーセルだった。


「……どうやって?」

「えーとえーと、そうですわね! そうだ! 私、この婚約が解消されたらすぐに歌劇団を作りますわ!」


 いいことを思いついた、とモルガーヌは手を叩く。

 今度はロッシュが顔を顰めた。


「なんだって?」

「茶髪茶色の目の子供達だけを集めて素晴らしい歌い手を育てあげるんです。セヴラン様とマチルド様にお子が出来て、その子に縁談がくるような年齢になる頃……十数年後、というところでしょうか。その頃世間では、茶髪茶色目の人間だけで結成された歌劇団が大人気となって、皆がその髪色と目に憧れるんです! 自分もあんな髪なら劇団に入れたのに、とか、せめて我が孫にはその可能性を、とか、そういう感じの世の中にしてみせますわ!」


 ぐっと拳を握ってみる。

 我ながら良い案を思いついたと思う。

 もしも新しい縁談が来なければ、その劇団の団長となって国中を飛び回る姿まで想像してみた。


 かたん、とペンを置く音がして意識を戻す。


「……今日は、この辺にしておくかね」


 ロッシュが言う。ペレーズがあご鬚に手を当てた。


「うん、そうだね。それがいいかも」

「え⁉ まだ始まったばかりですが……」

「悪いが私らには私らのやり方がある。こっちを優先させてもらうよ。という訳で今回の結論は保留。次回は一週間後同じ時間だ。それまでに婚約解消を止めるというならここの受付に申請するように。以上!」


 そう言い残して、三人はさっさと部屋を出て行ってしまう。

 モルガーヌとマチルドはあまりにも勝手な流れに唖然として顔を見合わせる。


「ごめん、二人とも……!」


 一方頭を抱えたのはセヴランだった。


「こういうのだとは思わなかったんだ。僕一人が切り刻まれるなら何の問題もなかった、でも君達にこんな嫌な思いをさせるなんて……」

「大丈夫です、セヴラン様。とても失礼だとは思いましたが、あの程度のことは仕事をしていれば嫌でも経験しますので」

「マチルド……!」


 セヴランの驚きは、マチルドの経験についてなのかそれを受け流す強さについてなのかその両方なのか、モルガーヌには分からない。

 しかし。


(これくらいで動揺する相手じゃセヴランを任せるのは心配だったけど……うん。しっかりしたいい子じゃない)


 落ち込むセヴランに声をかけ、彼を慰める役目はもう自分ではない。

 寄り添う二人の姿を見てモルガーヌは一つすっきりするのだった。 

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