第8話 魔獣契約でモンスターファクトリー
その男の名は――オウガ・ダダー。
齢五十。かつて日本の地方都市にある動物園で園長を務め、動物たちを家族のように愛してきた男である。彼の情熱は常軌を逸していた。かつてライオンの気持ちを知ろうとして、檻の中でライオンと一年間添い寝したという伝説を持ち、テレビ番組でも紹介されたことがある。
「動物は、話せねぇけど、全部わかるんだよ」
そう豪語して憚らなかったその男が――いま、異世界の草原で全裸で立ち尽くしている。
「……おい、なんで服がねぇんだ?」
空を見上げ、オウガは呆れたように言った。異世界転移時、眩い光に包まれた次の瞬間、身に着けていた服が跡形もなく消えていたのだ。
「あの光……破廉恥だな」
オウガの第一声は、それだった。
だが、そんな羞恥を吹き飛ばすほどの異様な光景が、彼の目の前には広がっていた。
遥か前方――地平線の向こうから、モンスターの大群が押し寄せてきていたのだ。空を黒煙が覆い、草原は揺れ、地鳴りとともに、信じられないほどの数の生物が駆けてくる。
ゴブリン、オーク、オーガ、トロール、狼型、獣型、竜型……ゲームのモンスター図鑑をそのまま具現化したような連中だ。
オウガは眉をひそめた。
「……おめーら、何がそんなに怖い?」
モンスターたちは、ただの暴徒ではなかった。逃げている。恐怖に突き動かされている。オウガの動物直感がそれを即座に読み取っていた。
しかも――逃げている方向の先に、自分がいる。
「おいおい……冗談じゃねぇぞ?」
だが、オウガは一歩も引かなかった。むしろ、その瞳は静かに燃え上がっていた。
「よし……なら俺が、受け入れてやるよ」
全裸のまま、堂々と足を開き、オウガ・ダダーは両手を前に差し出した。そして、まるで犬に向けて言うかのように叫ぶ。
「待て!」
その瞬間だった。地鳴りが止んだ。
1万体以上はいたであろうモンスターの群れが、一斉に動きを止めたのだ。
「……お?」
オウガも驚いた。だが、次の瞬間、彼の脳内に電撃のような快感と共に、無数の“声”が流れ込んできた。
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【スキル:ブレス】
【スキル:統率】
【スキル:疾駆】
【スキル:自己再生】
【スキル:跳躍】【スキル:強化】
【スキル:石化】【スキル:成長】
【スキル:増殖】【スキル:破壊】
【スキル:怒り】【スキル:偵察】
【スキル:隠蔽】【スキル:透明】
【スキル:進化】
……etc
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「……なんだこりゃ?」
気づけば、自身の中にとんでもない数のスキルがインストールされていた。それは、「魔獣契約」――この異世界に転移した際にオウガに与えられたユニークスキルの効果だった。
使役した魔獣たちの能力を、自分自身が共有できる。
スキルはおろか、彼らの思考、感情、特性、弱点までもが、頭の中に流れ込んでくる。
「……すっげぇ」
そしてオウガは、叫んだ。
「おめーら! 今日から俺の仲間だ! 契約してやる! みんなでモンスターファクトリー作るぞー!」
その瞬間、すべての魔獣が、一斉にオウガの足元へと集まってきた。
「てめーら、まずは仰向けになれ!」
ズシャァァァァァ!
草原に、モンスターたちが一斉にひっくり返る。
「次は、お手!」
ゴブリンが手を伸ばす。スライムが触手を差し出す。ドラゴンは巨大な前足を差し出し、植物型モンスターは蔓を伸ばす。
「よしよし、お利口だ」
全裸のまま、オウガはモンスターの“しつけ”に夢中だった。
そして彼は気づく。
これほどの労働力と戦力を味方につけたなら、どんな国家も超えられる。文明を築ける。建築も、物流も、食糧生産も……魔獣でまかなえるのだ。
「モンスター王国、ここに誕生だな……!」
命名:モンスターファクトリー王国。
統治者:オウガ・ダダー(全裸)。
忠誠者:モンスターたち、約15,000体(増加中)。
その日から、オウガは草原の真ん中でモンスターたちを統率し、農業用のスライムを育て、ゴブリン建築班に町を作らせ、空を飛べる魔獣で偵察網を敷き、地中に住むモグラ型モンスターで地下倉庫を掘らせ、王国を築いていった。
「待ってろよ……ライオンのポチ……」
かつて日本で飼っていた相棒のライオン。もう二度と会えないと思っていたその存在に、また会うために。
「俺は、この異世界の覇王になってやる!」
こうして、全裸の園長は――魔獣を従える最強の王となるべく、異世界で動き出した。




