第30話 伝わる魔王城復活の知らせ
ダン・ミデルは、草原の丘の上で腕を組んでいた。
目の前では、勇者らしき青年と、魔王かと思しき竜型の存在が空を舞い、地を揺らしながらぶつかり合っている。
剣と爪が火花を散らし、風圧だけで木々がなぎ倒されていく。
「いやー、すげー迫力だなー」
他人事のように感心して眺めていたが、次の瞬間、地面の奥底から低く響くような振動が伝わってきた。
ズシン……ズシン……と、大地が不規則にうねる。
耳鳴りのような圧迫感とともに、脳内に直接、誰かの声が響いた。
【──魔王城が起動しました】
「……え、今のなに? あー、つまり魔王城が動き出したってことか」
まだ事態の重大さを理解していないダンは、肩をすくめる。
ふと視線を遠くに向けた瞬間、思わず目を見開いた。
「あれ……浮いてるのか、城が」
地平線の向こう、雲よりも高い場所に島が浮かんでいた。
その中央に、黒々とした城がそびえている。塔は禍々しく曲がり、城壁はまるで生き物のように蠢いていた。
しかも、その巨塊はゆっくりと――だが確実に、ジェラルド王国の方向へ進んでいる。
「あー……なんかやばそうだし、俺は一旦《無限倉庫》の王国に避難しよっと」
呑気にそう決めたダンは、勇者と竜の戦いが突如止まったことにも気づかず、超人的な脚力で丘を駆け下りた。
★ オウガ・ダダー
広大な平原の中央で、オウガ・ダダーは額から汗を滴らせていた。
目の前の少年――自らを“ベジタリアン勇者”と名乗る男は、常軌を逸した強さを見せている。
オウガがモンスターとの契約で得たスキルを総動員しても、一撃を防ぐのが精一杯だった。
「お前……強すぎるだろ」
「野菜でもくらえぇぇ!」
槍のように鋭いニンジンが、突風とともに飛来する。
オウガは身をひねってかわしながら、苦笑した。
「戦い方がアレじゃなけりゃ、まともな勇者なんだがな」
「お前、魔王じゃないのか!?」
「今さら何を……俺はただの動物園の園長で、モンスターのボスだ」
「……え? あ、あれ魔王城じゃん!」
【──魔王城が起動しました】
脳裏を貫く声に、オウガはこめかみを押さえた。鈍い痛みが響く。
「……ああ、そうらしいな」
空を見上げれば、黒い島がゆっくりと動いている。
嫌な予感が全身を駆け巡った。
「俺はモンスターファクトリー王国に戻る。お前と遊んでる暇はない」
「……俺もだ。主に報告しないと。不味いことになる」
「じゃあな」
「そうだな」
互いに短く言葉を交わし、二人は反対方向へ走り出す。
戦場に残ったのは、あちこちに口を開けた巨大なクレーターだけだった。
★ クラリッサ・メイル
「さぁさぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 最高品質、スキル付き武器防具、今だけの特価だよ!」
クラリッサの経営するリサイクルショップは、この日も大繁盛だった。
新たに入荷した《スキル付与》済みの武器や防具は、瞬く間に客の熱気を集めている。
長蛇の列には、この国の王様まで並んでいたが、クラリッサは気にせず接客に集中していた。
隣で相棒のドワーフ少女、チャナーリが売上表を握りしめ、嬉しそうに笑っている。
その時だった。
【──魔王城が起動しました】
脳裏を掠める声と同時に、クラリッサは顔を上げた。
雲の上――黒い島が空を漂い、遠くへ進んでいるのが見える。
「ふーん、関係ないね。はい次のお客さんどうぞー!」
商魂たくましいクラリッサは、何事もなかったかのように笑顔で商品を差し出した。
★ タクト・ラファル
薄暗い部屋の中、タクトは布団にくるまりながら天井を見ていた。
「はぁ……早くネトゲやりたい……」
異世界に来てからというもの、オンラインゲームにアクセスできないストレスは蓄積するばかりだ。
とはいえ、今さらどうにもならない。タクトは深く息を吐き、気持ちを落ち着けようとしていた。
【──魔王城が起動しました】
「はいはい、幻聴でしょ」
軽く流したタクトだったが、直後に部屋の扉が勢いよく開かれた。
現れたのは、忠義に厚い部下の一人。
「主よ! 魔王城が現れました。今すぐ討伐に向かいましょう!」
「えー、めんどくさい……そういうのは国王に――あ、そうだ、あいつ豹変して国王やってるんだった」
「それはどうでもよい! 軍備を整えますぞ!」
畳みかける部下の言葉にタクトはげんなりしていると、さらに勢いよく姫が乱入してきた。
金色の髪が揺れ、その瞳は炎のように輝いている。
「あなたは勇者でしょ! そして国王でもあります!」
「いや、勇者は放棄したし、国王も辞めたけど?」
「それは、あなたが情けなさすぎるからです! 今ジェラルド王国は大変な事態。奴らの狙いは……恐らく、あなたです!」
「……なんで?」
「魔王は勇者を恨んでいるのです。殺しに来ます」
「え、ちょ、嘘だろ!?」
タクトの顔色が青ざめる。
「僕は戦えないよ!」
「あなたには最強のガチャ品が二人いるじゃないですか!」
「ああ……豹変国王とベジタリアン勇者ね」
「そうです! 今すぐ国の防備を固めましょう。あなたが指揮を執るのです!」
「……何すれば?」
「まずは私についてきなさい!」
姫の強引さに押され、タクトは渋々立ち上がる。
窓の外では、空に浮かぶ黒い島が、じわじわとこちらへ近づいてきていた。
その時――
【勇気を得たので、レアガチャを1回使用できます】
「おおおお!」
タクトは即座にガチャを回す。期待に胸を膨らませていたが、出てきたのは一枚の紙切れだった。
「……は? これ……ネトゲの装備全部入ってるじゃねーか!」
かつて地球でトップランカーとして名を馳せた少年の、本当の力が――ようやく解き放たれる時が来た。




