第22話 勇者は国王を辞任して豹変国王を登用
広間の空気は重苦しかった。
天井から吊るされた豪奢なシャンデリアも、光を放つというよりは、この場の不穏さを照らし出す役割しか果たしていない。玉座の前、異様に細身の若者が一人立っていた。背筋は猫背気味、目の奥には眠たげな光。腰には一本の剣が下がっているが、それ以外はまるで中世の町人のような頼りなさだ。
「いやー、どもども。俺、とある国の国王をしていたんですがねー」
場に似つかわしくない軽い口調。
自己紹介というより、居酒屋のカウンターで隣に座った客が唐突に切り出す雑談に近い。
この男——ガルファール。正式には「ガルファール・豹変国王」と呼ばれる存在。
しかし、彼がどう「豹変」するのかは、この場の誰一人として知らない。
彼をここに呼び出したのは、レアガチャ使いタクト・ラファルだった。ガチャで引き当てた異世界の人物——それがこの、頼りなさげな元国王だ。
「……えーと、タクト殿。どのようなご用件で?」
姫が不安げに問いかけると、タクトはあっけらかんと笑い、まるで物を手渡すような軽さでこう告げた。
「よし、あなたが今日からこの国の国王様だ」
「ええええええええええええええええ!?」
悲鳴をあげたのは、当のガルファールではなく、姫だった。
彼女の顔は一瞬で青ざめ、玉座の間の空気がさらに凍り付く。
「まだ国王になって二十秒も経ってないじゃないですかあなた! そもそも豹変国王って、どういう風に豹変するのか誰も知らないんですよ! いきなり国を任せるなんて——」
「姫、僕はただのネトゲオタクの引きこもりなんですよ。『我に続け―!』とか無理なんです。だから代わりにやってもらった方がいいでしょ?」
「私はあなたを召喚したことを今、猛烈に後悔していますわ。この国……いや、この世界がどんどんおかしな方向に向かっている気がしますの」
「勇者リュードが革命を起こしたんでしょ? なら良いじゃん」
「良いわけないでしょう! あの人、今は平原で魔王みたいな巨大ドラゴンと戦ってますのよ! 剣を振るたびにクレーターが増えていくんです! 自然破壊の極みですわ!」
「魔王と戦うのは勇者の仕事。僕は引きこもりの仕事をします!」
ふてくされたタクトの言葉に、姫は頭を抱えるしかなかった。
そんな緊張感の中、控えていたガルファールが控えめに口を挟む。
「あのー……俺でよければ国王やりましょか?」
「あなたは黙っていてください!」
「あ、はい……」
姫の剣幕に押され、ガルファールはしゅんと肩をすくめる。
だが姫は諦めず、賢者爺に現状を問う。
「賢者爺、今この国はどうなっていますか」
「えーと……安定していますな」
「えっ」
「なら良いじゃん」タクトが即座に割り込む。
「爺、それはどういうこと? 少し前まで暴動が起きていたはずでしょう?」
「それがですね……勇者リュードの力で、暴徒の大半が無人島に吹き飛ばされたそうでして。無事に着地できたかは不明ですが、おかげで国内の問題は一気に解決。……賢者としては複雑です。師匠に顔向けできませぬ」
「あ、はい」
姫は絶句。タクトは半ば呆れながらも、「やっぱり運だけで物事が片付く国なんだな」と納得してしまう。
「じゃ、僕は部屋に引きこもります。あとはそこの豹変国王ガルファール君にお任せ」
「このおおおおおおおおお!」
姫の叫びが響いた、その瞬間だった。
——ヒュンッ!
空気を裂く鋭い音。
矢が、高速で飛来していた。狙いは姫の眉間。常人なら避ける暇もない距離と速度だ。
それをガルファールが片手でキャッチして。
「おんどれりゃああああああああああ!」
唐突な怒声。
次の瞬間、ガルファールの姿がかき消えた。
姫も賢者爺も、何が起きたのか理解できない。だがタクトだけは、その一部始終を見ていた。
ガルファールが剣を抜いた瞬間——彼の全身が別人のように変貌し、一息で塔の上へ跳躍。狙撃手の首をはね、そのまま玉座に戻ってきたのだ。
「ふはははは! 愚民ども、ひれ伏せ! このガルファールが国王として君臨したからには、この世界を統一してくれよう! まずは兵士の強化だ! 将軍を呼べ! 二時間以内に来なければ全員処刑だ!」
「え、えぇえええええええ!?」
豹変——それは比喩ではなかった。
先ほどまでのひょろっとした青年が、帝王のごとき威圧感を放ち、目には猛禽のような光を宿している。
「じゃ、あとよろしく」タクトは涼しい顔で背を向ける。
「おう、任せよ! 賢者爺、ぼさっとしておらぬで将軍たちを招集せよ!」
「は、はいいいいい!」
賢者爺は慌てて走り去り、姫はこめかみを押さえながらうめいた。
「この国……いや、この世界がますますおかしくなっていきますわ……!」
ベジタリアン勇者リュード。
豹変国王ガルファール。
そして彼らを引き寄せたレアガチャ使い——タクト・ラファル。
全ては偶然の産物。しかし、その偶然こそが世界の形を変えつつあった。
「はぁ……寝ようかなー。そもそもこの世界にネトゲがないのは悲劇すぎるんだけど」
タクトは自室のベッドに身を投げ、窓の外を眺める。
夕暮れの空は穏やかだったが、その下で渦巻く混沌を彼は知っている。
——ドォンッ!!
突如、爆発音が響き渡った。
ガラス窓が震え、遠くの地平線に黒煙が立ち上る。
新たな騒乱の幕開けを告げる音だった。




