第20話 異世界通販で成り上がる
クラリッサ・メイルは、ジェラルド王国の港に船を着ける二時間ほど前、川沿いを航行中に異様な光景を目撃した。
一人は金色に輝く鎧をまとい、まるで物語の挿絵から抜け出したような勇者然とした男。もう一方は、夜空を覆い尽くすほど巨大な漆黒のドラゴン。その鱗は星明かりを弾き返し、目は燃えるように赤く輝いている。勇者が剣を振り下ろすたび、大地は裂けて新たな谷が生まれ、ドラゴンが咆哮すると厚い雲が割れ、遠くの星々が粉々に砕け散るように瞬きをやめた。
「……あんなの、どうやって倒すのよ」
戦力差は絶望的だったが、クラリッサの脳裏にはふと、自分のマシンガンが火を噴くイメージが浮かぶ。もちろん現実的ではないが、完全に否定しきれない自分に苦笑する。
勇者の背後には騎馬隊が整然と並び、しかし微動だにせず、あたかも壮大な舞台の観客のように戦いを見守っていた。
「まぁ、関係ないわ。今は異世界通販で成り上がることだけ考えましょう」
クラリッサは視線を前方に戻し、ジェラルド王国の港を目指す。
★
港は混沌そのものだった。荒れた服の獣人、痩せ細ったエルフ、日焼けした人間たち。解放されたばかりの元奴隷や行き場を失った者たちが道端に座り込み、空腹に耐えていた。奴隷制度は崩壊したが、職も食もなく、街全体が疲弊しているのが一目で分かる。
「お客さん、その船は気をつけたほうがいいですよ。見たことない技術の船は狙われますから」
声をかけてきた港の男は、クラリッサの船をしげしげと眺めていた。
「大丈夫。鍵がなければ動かないから」
「へぇ、それなら安心だ。……それより今、この国はめちゃくちゃでしてね」
港の男は、信じがたい話を語った。引きこもりの勇者が別の勇者を召喚し、その新勇者が奴隷制度を破壊。王は醜聞を暴かれて城に引きこもり、元勇者が王位を奪取。解放された奴隷たちが街にあふれ、冒険者ギルドや役所は炊き出しに追われ、物価は急騰しているという。
「……これは匂うわね。商売の匂いが」
「商人さんですか?」
「ええ、異世界の商品を扱う商人よ。でもまずは資金を増やさないと」
男は近くのダンジョン情報をくれたが、クラリッサは所持金900万を確認し、即座に計画を変更。市場調査と拠点作りを優先することにした。
★
冒険者ギルドで情報収集を行った結果、王の不正で所有者不明となった土地があり、申請すれば無料で利用できることが分かった。クラリッサは迷わず異世界通販スキルを発動。脳裏の記憶から、日本のリサイクルショップの建物をそっくり召喚する。棚もレジも、奥には清潔なトイレまで完備。水道や排水は自動的に接続され、まさに至れり尽くせりだ。
「やっぱりこのスキル、反則級ね」
残り資金は400万。現地通貨や資源を集める必要があると判断した彼女は、大きな看板と高性能スピーカーを購入。「元奴隷歓迎! 石や草でも持ち込み可、食料と薬に交換!」と大書し、スピーカーで三時間、街中に呼びかけた。
やがて近隣からの苦情で放送は中止となったが、それも織り込み済み。宣伝効果は抜群で、翌朝には噂が王都全域に広がり、店の前には長蛇の列ができていた。列には石や薬草を抱えた元奴隷、古びた装飾品を持ち込む老人、珍しい鉱石を差し出すドワーフまでが並び、クラリッサは胸の内でほくそ笑む。
異世界通販による成り上がり計画——その第一歩が、今、踏み出された。




