第15話 影の支配者
目の前に広がるのは、異様な光景だった。
「カナメール・ルーファン!」 「カナメル様ぁあああ!」 「カナメル様は世界一美しい!」 「カナメル様、私の息子を婿にしてぇえええ!」
信者たちの熱狂的な叫びが洞窟の中にこだまする。
カナメル・ルーファンは戸惑っていた。
――何がどうしてこうなった?
思考を遡れば、たった1時間前の出来事だった。
異世界に転移した直後、例の禍々しい光に包まれ、スキルを付与されたことは覚えている。
そのスキルの名は──【影の支配者】。
表の顔はアイドル、23歳。 裏の顔は闇世界のボス。
闇取引、サイバー攻撃、臓器売買。 法律を無視した行動ばかりだが、すべては正義のため。 不正に巻き込まれた人を金で救い、危険な情報を遮断し、命をつなぐ臓器を即座に提供する。
正義のためなら、すべてを利用する。それが彼女の信条だった。
教師の母と、カルト宗教の教祖だった父に育てられた環境もあってか、善悪の境界線などとうに壊れていた。
――そんなことを思い出している場合じゃなかった。
目を覚ますと、そこは巨大な洞窟の中。
突然ライトが灯り、カナメルだけにスポットライトが当たる。
まるでライブ会場? 一瞬そう思ったが、よく見るとそこにいるのは異世界の住人たち。
そして、1人の幼い子供が前に進み出た。
「あなた様が、黙示録に記された影の支配者……本当に、お美しい」
「……は?」
その言葉を皮切りに、信者たちが熱狂的に叫びはじめた。
そして現在──
「皆さん、静粛に。カナメル様が困っておられます」
幼い声が響く。 見た目は6歳ほどの少年。 名はソナタ。
だが、その瞳は底知れぬ知性と中二病に満ちていた。
「カナメル様。あなたのご降臨は百年前より黙示録に記されておりました。ここに集う108人の信者は、人間の欲望と心象を表す者たち。そして私はその第一番目、ソナタです」
「う、うん。……うちのスキル名が【影の支配者】ってのは事実だけどさ?」
「その通り! すべては定められし未来! あなたは影から世界を操る者──光を拒み、闇を抱きし者!」
「……いや、そんなキャラじゃないし」
信者たちの叫びは止まず、あの中にはドワーフ族の老人まで混ざっていた。 鎧をまとい、背中に斧を背負った小さな老人が「キャー!」と歓喜の舞を踊る姿に、もはや現実感はゼロだった。
「……なんか、逆に可愛い」
妙にツボに入ってしまい、苦笑するカナメル。
「わ、分かったわ。もういい! うちが影の支配者やってやろうじゃないの。で、まずは何をすれば?」
「そうですね。では、ジェラルド王国の転覆を始めましょう。もちろん、正面からではなく、影から、静かに、確実に」
ソナタは誇らしげに胸を張る。
「重度の中二病だ、この子……」
「まずは潜入です。こちらがそのための衣装になります」
もう一人の少女がスッと衣装を差し出してくる。 名をカディ。この子は二番目だという。
衣装は漆黒一色。ボディラインにフィットするが、妙に動きやすい。
「その衣装には、飛行、潜行、透明化、分身、筋力増強、鑑定……他にもさまざまなスキルが付与されていますわ」
「え、えええ!? なんかすごいモノ渡されたんだけど……」
「ふふ、私、元賢者の弟子でしたの。今は追放されましたけれど、ソナタ様の願いなら喜んで仕えますわ」
「えーと……この組織、なんなん?」
「ちなみに、カディを見つけたのは僕が1歳の時です」
「……ぶっ!?」
「旅は過酷でしたが、母に命じて連れて行ってもらいました」
「1歳児が母親に命令!? どんな家庭!?」
「当然でしょう? 僕ほどの者になれば、1歳で言語を完全にマスターしていても不思議ではない。黙示録を読んだ瞬間、運命を悟ったのです」
「うん、あんたが影の支配者やれよ……」
「無理です。僕、か弱いですから」
「絶対か弱くないでしょ!」
カナメルが全力でツッコむ。
ソナタはスッと髪をかき上げ、決めポーズ。
「では、まずパパからお小遣いをもらってきます。その後でジェラルド王国乗っ取り計画の会議を行いましょう。ちなみに、この洞窟はジェラルド王国の地下に位置しています」
「え、地下!? もう敵の足元にいるじゃん!」
「影から侵食するのが、我々影の教団の流儀ですので」
「だから、うち教団の教祖とか目指してないから!」
「それでは失礼します。父の愚痴を聞いてあげる時間ですので」
そう言い残し、ソナタはとてとてと去っていった。
信者たちも、それぞれの生活へと戻っていく。 洞窟に残されたのは、黒衣のカナメル一人。
「……この人たち、自分の国を裏から支配してどうするつもりなんだろ」
カナメルのつぶやきが、ひっそりと洞窟に響く。
アイドル。 裏社会の支配者。 そして今は── 異世界の影の支配者。
正義のために法を破る女は、ついに教祖として君臨しようとしていた。




