第13話 女子高生、村を救う
とある村。静まり返った木造の小屋の中に置かれた一つの棺が、ギィ……と音を立てて開いた。
「……てかなんで、あたしは棺の中から誕生してんのよ」
薄暗い部屋に一人の少女の声が響く。 その名はゾフィア・グレイ。日本からやってきた、毒舌で腹黒い女子高生。いじめられている人を助けるために、いじめている側を逆にいじめるという歪な正義感を持つ、正義の悪女である。
ゾフィアは周囲を見渡す。
「ここ……誰かの家? てか病院っぽい?」
机の上に置かれた古びた本に手を伸ばし、パラパラとめくる。
「うーん、これは……村全体が『呪の病』ってやつにやられたって書いてあるわね。で、ここの住人は死亡……っと」
ゾフィアは鼻で笑いながらローブを翻して立ち上がる。 彼女の服装はまるで魔女のような黒いフード付きローブ。
「ったく、なんで魔女みたいな格好なのよ……」
扉を開けた瞬間、外からはかすかなうめき声と嗚咽が聞こえた。 目の前に広がるのは、病に苦しむ村人たちの姿。 血反吐を吐く者、体をかきむしる者、皮膚が焼けただれた者、眼から血を流す者――。
「……マジで地獄ね。けど、あたしだけは平然としてる。たぶん、スキル『病魔の治療』が自動で自分に効いてるんでしょうね」
彼女は近くにいた倒れかけの子供に目を留めた。
「お姉ちゃんに見せてごらん」
優しく微笑む。毒舌な一面とは裏腹に、ゾフィアは子供には常に優しい。
子供時代にいじめられていた彼女は、弱者に対する共感が人一倍強かった。
両手で子供の頭を包みこむように撫でると、淡い光が生まれた。
――スキル【病魔の治療】発動。
瞬間、子供の体から病が消えていく。 驚いた様子で、自分の体を確認する子供。
「お姉ちゃん……だれ? 村の人じゃないよね?」
「そう。私は異世界から来た女神の悪女ってところかな」
「なんで悪女なの?」
「それはね、悪い人をいじめるからよ」
「でもお姉ちゃん、とっても優しいよ?」
「……ま、そう見えるならそれでいいわ」
ゾフィアは立ち上がり、次なる患者へと歩を進める。
病に倒れた村人たち一人一人に手を差し伸べ、スキルを発動させていく。
光の連続。 そのたびに村人たちが次々と癒されていく。
「ふぃー、体力使うわねこれ」
スキル発動には少なからず体力が消費されるようだった。
そして、彼女の脳内に通知が走る。
【浄化完了:怒りの病魔を獲得しました】
「へぇ……怒りの病魔ってのが、今回の元凶だったのね」
その瞬間、村の広場から悲鳴が上がった。
ゾフィアが駆けつけると、男が3人、村人を怒鳴りつけながら暴れていた。 どうやら川で溺れていたところを村人が助けたらしいが、正体はSランク級の山賊。
「金を出せ! すぐだ! 俺たちは団長の元へ戻らなきゃなんねぇんだよ!」
ゾフィアは瞬時に理解した。救われた恩も忘れ、村人を脅して金を奪おうとしている外道どもだ。
「あんたたち!」
声を上げると、男たちが彼女を見た。
「なんだ、いい女がいるじゃねぇか……そのローブ、気に入ったぜ。お前も奴隷にしてやる」
「他の奴隷は、今どこ?」
「さぁな、もうどこかの国に売り飛ばされた頃だろ」
「最低ね、アンタたち」
「はっ、てめぇも今から売り飛ばされる側だ!」
「……そう?」
ゾフィアが右手をかざした瞬間、黒い光が放たれた――ように見えたが、実際には視認できるものではない。
次の瞬間、男たちの体が震えだす。
「がはっ……! な、なんだこれ……!」
吐血。 皮膚が焼け、眼から血が流れ出す。 3人の山賊が地面にのたうち回りながら、次々と命を落としていった。
ゾフィアは静かに彼らに近づき、死体から病魔を吸収する。
「ふむ……やっぱり、治療っていうより“吸収”が本質っぽいわね」
【スキル:怒りの病魔を再取得しました】
その様子を見ていた村人たちは、ただただ呆然としていた。
「まるで、聖女様……でも、その力はまるで悪魔のような……」
そこへ、杖を突きながら一人の老婆が現れる。
しわくちゃな顔に、どこか知性を秘めた瞳。
「どうか、この村を救ってくだされ。ここは奴隷帝国の端にあるカワベリ村……どこの国にも属さぬ自然の村。ですが、隣村にもこの病が広がっております……どうか、聖女様の力をお貸しくださいませ」
老婆が頭を下げると、ゾフィアは頷いた。
「もちろん、いいわよ。あ、でもまずお腹すいた。何か食べさせて」
「はい、すぐに!」
ゾフィアは案内されて村長の家へ。 そこには数多の本が並んでいた。『ジェラルド王国記』『奴隷帝国記』『無人島古代遺跡の伝承』『魔王記』『勇者伝』――まるでこの世界の歴史を凝縮したかのような蔵書。
「あなた、いったい何者?」
ゾフィアが尋ねると、老婆は穏やかに微笑む。
「わしは310歳。かつて、勇者パーティーで“賢者”を務めておりました。……ですが、いまは力も衰え、この村で隠居しています。怒りの病魔には勝てる自信がありませんでした。ですが、あなたのおかげで村は救われました」
老婆は杖を突きながら立ち上がる。
「この知識、すべてあなたに託しましょう。あなたなら、世界を変えるかもしれません」
「うそん。あたし、偏差値ひどい系の女子高生よ?」
「それでも、あなたはもう“ただの女子高生”ではありません」
ゾフィア・グレイ。 聖女のごとく癒し、悪女のごとく呪う。 今、彼女は病魔を抱え、知識を得て、この世界の闇に挑もうとしていた。




