第12話 奴隷帝国を成り上がれ
物語が始まる前から詰んでいる──そんな理不尽、異世界ではよくあること。 レオ・バルーザは鎖に繋がれたまま、うす暗い牢の中でぼやいた。
「なんで異世界に出た瞬間に、俺、鎖付きなん?」
レオは25歳、元の世界では八百屋を営んでいた。 青果の仕入れに命をかけ、商店街の人々に笑顔と新鮮な野菜を届ける日々。 希望に満ちた人生が、気がつけばどこかの牢屋の床。
しかも、異世界転移した先は地下牢。目を覚ました瞬間、騒然とする守衛たちに囲まれ、問答無用で鎖を打ち込まれた。
「お前……悪魔か?!」
ローマ兵のような装備を身に纏った守衛たちは、恐怖を隠しきれぬ声で叫んだ。 誰も彼もレオの目を見ようとせず、ただ震えながら言葉を繰り返す。
「ここは奴隷帝国だ。お前のような得体の知れぬ者は、戦闘奴隷にされる運命なんだ」
飯のたびに、守衛はぶつぶつと忠告と脅しを繰り返してくる。
「そのうち、帝国の英雄様とやらがお前を選別しに来る。試練だ。勝てば奴隷兵士として徴用、負ければ……処理される」
その老齢の守衛はどこか憎めない男だった。 妙に世話焼きで、野菜談義を振ってきたり、筋肉を褒めてきたり、ちょくちょく差し入れまでくれる。
「おめー、悪魔でも野菜好きなら話は別だ」
結果、レオはとっつぁんと呼ぶようになった。 気がつけば一ヵ月。名を名乗ることすら忘れるほど、異世界生活に馴染み始めていた。
「おう、そろそろ決着の時だ。相手はガルーザ、帝国の英雄だ」
とっつぁんが真剣な顔で言う。
「スキルは【十剣の舞】。魔剣を十本同時に浮遊させ、全方位から攻撃を仕掛けてくる。逃げろ、当たるな、死ぬな」
「逃げれば勝ちって、それ選別じゃない気がするけど……」
「名前、なんて言ったっけな?」
「レオ・バルーザ。よろしくな、とっつぁん」
「よし、レオ。生きて帰ってこい」
そうしてレオは巨大な闘技場へと連れ出される。 観客席には帝国兵士、貴族、そして王とおぼしき男──王冠をかぶったちょび髭の中年男。 その隣には、威厳と気品をまといながらも、どこか気まぐれそうな美少女が腰を下ろしている。
「……変な国だな」
と呟いた瞬間、目の前に現れたのは黒曜石のような重厚な鎧に身を包んだ男。浮かぶ十本の剣が周囲を取り囲む。
「俺がガルーザ。お前がレオか。まずは一撃、選別させてもらう」
一本の魔剣が空を泳ぎ、魚のように滑らかに、しかし確実にレオの心臓を狙ってくる。 レオは一歩も動かず、その剣を受け止めた。
否、剣はレオの胸に突き刺さったにもかかわらず──溶けるように、彼の体内に吸収されていく。
【スキル発動:武装支配】
その剣の名は【ヴォルテックス】。 紅蓮の魔剣、その意志と力をレオの体に宿す。 瞬間、レオの体は炎の魔人へと変貌した。 煮えたぎるマグマのような鎧を纏い、空気が焦げる。
「な、なんだ……こいつ……」
観客席がざわめく。
「お、おめえええええ、すげえな!!」
とっつぁんの歓声が響く。
「じゃ、今度はこちらから行きますか」
地面が炸裂する。 瞬時に距離を詰めたレオの拳が、ガルーザの顔面を狙う。 だが、ガルーザは残った剣で防御しようとする。
──その瞬間。 またしても剣が吸収された。
【スキル発動:武装支配】 【魔剣:デャリャクス】──氷を統べる剣。
氷の籠手が両腕に生成され、右手に氷剣、左手に紅蓮の籠手。 火と氷の相反する力が、完璧に調和し、レオの身体を包む。
「な、なにィ!? 我が剣が……吸われた……だと……?」
最後の一閃。 氷剣が唸りを上げ、ガルーザの首を斬り裂く。
沈黙が闘技場を支配する。
誰もが、敗北などあり得ぬと思っていた帝国の英雄が、八百屋の青年に敗れた。
しかしレオは不思議と、命を奪ったことに罪悪感はなかった。 異世界という舞台が、倫理観すら変えてしまったのかもしれない。
「う、うそだろ……」
ちょび髭の王が震え声で呟く。
「よくやったああああああああああ!!」
歓喜の声をあげたのは、意外にも隣の姫だった。 彼女はひらりと宙を舞い、まるで重力を無視するようにふわりとレオの前へと着地する。
「よくぞ勝った、このわし、スカーレットの命運をお主に預けたい!」
「……え?」
「つまりじゃ、わしの婿になってくれ。そうでないと、父上に決められた変な爺と子供を作らねばならぬのじゃ。嫌じゃ、嫌すぎるのじゃ!!」
「ちょっと待って!? 展開早すぎて追いつけない!」
「お主を夫にして、英雄として仕立て上げる。この奴隷帝国の未来を変える者、それがレオ・バルーザ。よろしく頼むのじゃ!」
「まじかよ……」
頭を抱えるレオ。
「え、ええええええええええ!?!?!?!?!?」
とっつぁんの絶叫が、すべてを物語っていた。
こうして、ただの八百屋だった青年は、奴隷帝国の英雄となり、 お転婆姫の未来の婿候補として、政争と陰謀渦巻く帝国の中心へと投げ込まれていくのであった。
その名も──英雄レオ、ここに誕生!




