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第8話 サバイバー、その名はカルマ

 わずか一日で高難易度依頼を達成したカルマは、魔術師ギルドの受付男子モンド氏を大いに驚かせた。


「お見それしました。それもソロで達成されるとは」

「まあね。少しは見直してくれたかしら」

「もちろんです」


 ギルドの信頼を得るという目的を果たせたようだと、カルマは気分を良くした。

 その上、高額の報酬を受け取りほくほく顔となったが、エルフの酒盛りや大量の「エルフの涙」をもらい損ねたことなどを思い出して、やっぱりやるせない気持ちになった。


 カルマの手元にはまだ二件の高難易度依頼が残っている。

 それを考えると、朝霧としてはカルマにゆっくり休んで英気を養ってもらいたかった。しかし、もちろんカルマはあぶく銭を懐にして酒場に乗り込み、やけ酒に酔いしれるのだった。


「うー。朝日がまぶしい……」

『そりゃそうでしょうよ。夜通し飲んでたんだから』


 カルマが酒で体を壊そうと、朝霧に直接影響が出るわけではない。しかし、「呪い」のことを考えると、そうもいっていられない。


『少しは体を大事にしないと、わたしにかかった「呪い」を解く前にカルマの命が尽きてしまうよ』

「その『呪い』のせいで、アタシは悲しい思いをしてるんでしょうが。酒でも飲まなきゃやってられないのよ!」


 十日ごとに寿命が一年分短くなるという呪い。過去、朝霧の持ち主たちははそのために非業の死を遂げてきた。

 呪いを解くためには百件の悩み事を解決しなければならない。気の遠くなるような話だった。


「さすがに眠いから、ちょっと寝かせてもらうわ」

『こんなところでかい? ちょっと、カルマ!』


 朝霧が止める間もなく、道端のベンチにごろりと寝ころび、カルマは高いびきをかき始めた。


『あ~あ、しょうがないなぁ。ホテル代も残さず酒に使っちゃったんだもんなあ。おやっ?』


 のぼりはじめた朝日を浴びていると、朝霧は自分に起きた異変に気がついた。


『何だろう? 体が暖かくなってくる』


 やがて朝霧を納めた鞘から白い光が漏れだした。


「……くぅーん」

『何だこれは? 全身が安らぐような……』


 心地よいのか、カルマの寝顔にも安らかな微笑みが浮かんでいた。

 朝霧は朝霧で存在の深い部分に淀んでいた何かが、少し溶けて消えていくのを感じた。


『おおっ、呪いが!』


【呪いが解けました】

【呪いの数:残り九十九。次の呪いまで:残り十日】


『依頼達成で呪いが一つ解けたのか。考えてみれば、こんなこと初めてだったな』


 しかし、「残り十日」とはどういうことだろう。朝霧は考えた。


『呪いのせいで十日に一年寿命が縮む。でも十日の間に悩み事を解決すれば、日数のカウントがゼロに戻るのか』

 

 これは大きな発見だった。少しは落ち着いて悩み事に取り組める。


『けど、カルマに伝えるのはやめておこうかな。きっと安心して、怠けてしまうに違いない』

「むにゃむにゃ、う、うーん……」

『おっと、カルマが目を覚ました』


 ベンチに転がってから数分しかたっていない。意外に早い目覚めだった。


「おはよう、朝霧。ふう、何だかすっきりしたわ」

(呪いが一つ消えたせいだね。二日酔いまで消えるとは思わなかったけれど)


 カルマはベンチから立ち上がって、ストレッチを始めた。


「さて、それじゃあ近所の森で朝ご飯でも食べようか」

『あーあ、お金があればホテルの朝食が食べられたのに』

「その分大目にお酒を飲めたからね。アタシに悔いはない!」


 町の出口に向かい、カルマはすたすたと足をすすめた。


 森で朝食を執ると気軽にいうが、要するに野営である。カルマはこれを「外食」と呼んでいる。

 まずは獲物を捕らえるところから始めなければならないが、カルマにとってはまさしく朝飯前のことだった。


「フン、フン、フーン……」


 鼻歌混じりに木の枝やツルを集めながら森に入っていく。


「フ、フフン。よおし。川原に到着。朝食会場はここにしよう」


 川の流れ、周囲の地形を読んで、程よいところに拠点を定める。

 カルマは手ごろな石を組んでかまどを作った。こうしておけばすぐに調理を始められる。


「さて、弓矢を用意してと」


 木の枝を適当な長さに整え、ツルを切りそろえる。それを川原に並べてからカルマは朝霧に声をかけた。


「朝霧ちゃん、付与枠が一番多いのはどの子かしら?」

『枝の方は右から二番目が枠二つ、三番目は枠一つ。ツルは左端が枠二つだね』

「オッケー。なかなか優秀ね。それじゃ枠二つの枝を弓にして、枠一つの枝は矢にしましょ」


 弓にする枝には強度向上と耐久性向上を、矢にする枝には命中率向上を付与する。

 ツルにも耐久性向上をかけた。


「はい。小物猟にはこれで十分でしょう」


 手早く弓を組んで、矢の先端を尖らせる。することに迷いがなく、正確かつ素早い。

 カルマのサバイバル技術は本職の領域に達していた。


「<気配遮断>オン。でもって、<気配感知>オン、と」


 森とダンジョンで身につけた隠密スキルを働かせ、カルマは狩場へと入っていった。

 水辺には動物たちが集まってくる。その通り道を見つけて追跡することなど、カルマにとってはたやすいことだ。


「シカは持て余しちゃうからウサギがいいわね。お、この足跡は新しいわ」


 見つけた痕跡をたどってウサギの後を追う。やがて、斜面の途中にウサギの姿を見つけた。


(クマや猪の姿はなし。距離ヨシ。風ヨシ。ウサギよ、わが糧となれ!)


 木陰から放った矢は、狙い違わずウサギの胴を斜面に縫いつけた。

 慎重にしばらく様子を眺めてから、カルマは獲物に近づいた。


 ウサギにとどめを刺し、蔓を使って木の棒にしばりつけ肩に担ぐ。

 川原の拠点に戻る途中では添え物になりそうな野草や、たきぎになりそうな枯れ枝を集めながら歩いていった。


 川原に戻ると、ウサギを解体し食肉部分を取り分けた。皮や内臓は土を掘って埋める。

 見つけた香草といつも持ち歩いている塩を肉にすり込み、枝に挿して焚火で焼いた。


「さすがに狩りから始めると、朝飯という時間じゃなくなるわね」


 空にかかった太陽の位置を見れば、すでに昼に近づいていることがわかった。


「朝昼兼用の食事ということにしましょ。一食助かるし」


 前日からろくに食事をとっていなかったカルマは、その分の挽回も含めてモリモリ食べた。

 骨などの残骸は焚火にくべて燃やしてしまう。


「うん。どうにか落ち着いたわ。次の依頼のことを考えなくちゃね」


 手元に残る依頼は後二件。ワイバーンの生き血採取と食器の毒無効化である。


「流れ的にはアウトドア系のワイバーンを先に片づけたい気持ちね」

『ワイバーンのすみかに心当たりはあるの?』

「ダンジョンに潜ったとき見かけたのよねぇ。相手にせず、避けて通ったんだけど」

『見つけたらどうするつもり? 倒す気かい?』


 ワイバーンは強力なモンスターだ。カルマは暗殺術での殺傷力が高いが、攻撃力そのものは強くない。

 タフなワイバーンを倒すのは至難の業と思われた。


「うーん。デカくて堅そうだからなぁ。聖剣ボウでも一刀両断は難しいわね。眠らせて血を採るってのがよさそう」

『そうなると、眠らせる手段が必要だね。魔術を使うか、薬を使うか……』

「催眠魔術を憶えるには時間がかかると思う。お金もね。催眠薬の作り方をギルドで調べる方が早そうね」


 催眠薬を買うという選択肢はカルマの中にない。そのための金を稼ぐ時間を考慮したら、自分で作った方がいいと考えていた。


『しかし、薬の作り方って業者の秘密なんじゃない? ギルドで教えてもらえるかなぁ』

「その時はその時よ。まあ、何とかなるでしょう!」


 何かあてでもあるのだろうか。カルマは自信ありげにいった。


 ◆


「残念ながら催眠薬の製法はお教えできません」


 イケメン受付男子モンド氏の返事はつれなかった。


「あら、そう? ワイバーンの生き血を採るために催眠薬を自作したかったんだけど、仕方ないわね。それじゃあどこで買ったらいいのか教えてもらえない?」

『あれ? 意外に簡単にあきらめるんだね』

(朝霧、黙っててちょうだい。アタシに考えがあるの)


 薬の入手ルートは秘密ではない。モンド氏は信用できる薬師の名前と、店を開いている場所を教えた。


「ありがとう。早速行ってみるわ」


 カルマはそういって魔術師ギルドを出た。


『でも、お金はどうするの? 薬を買う金なんかないよね?』

「もちろん買うつもりなんかないわよ。薬を見にいくだけ」

『えー、冷やかしなの? 見ただけでどうにかなるのかなぁ』


 朝霧は不思議に思ったが、それ以上説明しないままカルマは薬師の店にやってきた。

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