第4話 よろず悩み事解決します。
「よろず悩み事解決します。実力派魔術師カルマ」
市場で買ってきたテーブルクロスにカルマは自分でそう大書した。それを身の丈ほどの竿に通して、背中に立てて歩く。
『ふうん。何だかおもしろいことを始めたね? カルマを見ていると退屈しないよ』
頭の中に響くイケメンの声は、どことなく笑いを含んでいるように聞こえた。
「はん。何とでもいいなさい。こっちは外見なんか気にしてられないんだ!」
ぶつぶつ独り言をつぶやきながら歩くカルマを、行きすぎる人が振り返ってみていた。その目は背中ではためくのぼりに吸い寄せられる。
「奇抜な格好で人目を引けば、それだけうわさも広がるってこと。そうすりゃ、悩み事を抱えた人が自分からこっちにやってきてくれるでしょ!」
『バカみたいに見えて、カルマってちゃんと考えているんだね』
「バカみたいってのは余計でしょうがっ!」
とても正気とは思えない行動だが、人目を引くことに間違いはない。そういう意味ではカルマの行動は実に合理的だった。
『ただねぇ。これだけ人目を引いてしまうと、声をかけるのが大変じゃないかなぁ』
「何だと?」
『だって、誰だってバカの仲間とは見られたくないからねぇ』
バカの仲間はバカ。バカはうつる。
そんな格言がカルマの脳裏に響き渡った。
そんな格言はない。
「し、しまった……。人目を引くことに必死で、バカに見えることを考えてなかった」
それをバカというんだよと朝霧は思ったが、心のうちにとどめておいた。
朝霧は空気の読める妖刀だった。
『まあまあ。もういまさらだし。こういう宣伝だと思えばいいんじゃないか?』
「そ、そうよね? 宣伝よ、宣伝! 少し目立つくらいじゃなくっちゃね」
朝霧が投げた「宣伝」ということばに、カルマはしっかり引っかかった。
バカとは自己正当化する生き物なのだ。
『だったら宣伝は区切りのいいところまでにして、市場調査をしてみようよ』
「ぬっ? 市場調査って何さ?」
朝霧はインテリだった。
生前は一流とはいえ単なる鍛冶師。世の中の仕組みを詳しく知るような立場ではなかった。
しかし、妖刀となってからの人生(?)が長い。
人の手から手へと渡る間に、様々な人生模様を眺めてきたのだ。
かつての持ち主の中には学者や賢者もいた。彼ら「知者」と生活を共にする中で、朝霧は世の中に関する幅広い知識を身に着けたのだった。
『市場調査っていうのはふつう商売人がすることさ。どんなものが売り買いされているのか? 何が好まれ、何が嫌われているのか? そういうことを調べて、商売の参考にするわけだ』
「ふーん。そうなの?」
『わたしたちの場合でいうと、どこにどんな悩み事があるのか調べてみようって話だよ』
いわれてみれば当たり前のことだ。のぼりを立てて歩いていたら向こうから悩み事がやってくるなどということはない。
「でも、そういうのってどこにいけばわかるの?」
そう。それが問題であった。
それがわからないので、カルマはのぼりを立てている。
『とりあえず、ギルドにいってみないか?』
「ギルドって……魔術師ギルド?」
カルマにとってギルドといえば魔術師ギルドのことである。かつて自分が所属していた同業者組合。
もっとも付与魔術師として開業していた地元の町を遠く離れているので、この町のギルドのことなど何も知らない。
『そうだね。魔術師ギルドもその一つ』
「てゆうと、ほかのギルドにもいくってこと?」
『必要になったら。調査対象を広げた方が、情報が多くなるからね』
「――なんかアンタの言い方って気にさわるわね。妖刀のくせに持ち主より賢そうな雰囲気だしてない?」
カルマはバカだが、勘はいい。バカにされそうな気配には敏感だった。
『ごめん、ごめん。十年ばかり持ち主がいなくて、会話がさびついてるんだ。独り言の癖がついちゃってね』
「それならいいけど。調子に乗ったら、ゴミとかう〇ことか切るからね?」
『絶対やめて! さあ、まずは魔術師ギルドを探してみようよ!』
朝霧は激しく動揺した。汗が出る体だったら、全身冷や汗まみれになったことだろう。
妖刀に嫌がらせする方法を一瞬で考えつくとは。カルマはある意味恐ろしいバカだった。
朝霧がギルドを調査対象とすることをすすめたのには意味がある。
ギルドという場所に「依頼」が集まっているからだ。解決したい問題が起きた時、人はギルドに依頼を出す。
問題すなわち悩み事といえる。
悩み事を抱えた依頼人と、悩み事を解決したいカルマたち。まさに「Win-Win」の関係だった。
各種ギルドは街の繁華街、商業地区のはずれにある。カルマは何となく人の多い方へと移動しながら、時々道を尋ねた。
旅で鍛えた方向感覚にも助けられ、二十分ほどでこの町トランブルの魔術師ギルドに到着した。
魔術師ギルドの看板には火にかけられた大釜が描かれている。魔術師といえば魔法薬という認識が人々の間で強かった。
火の玉を飛ばしたり、雷を発したりという派手な魔術も魔術師のイメージにはあるが、庶民の暮らしの中で実際にそういう魔術を目にすることは少ない。
日頃お世話になる「薬」の方が、はるかになじみが深かった。
高さが三メートル近くある重い扉を開けて入り口を通ると、独特の「臭い」が鼻を衝く。ギルドで扱う各種魔術薬が入り混じった臭いだ。
カルマも魔術師ではあったが、魔術薬についてはごく基礎的なことしか知らなかった。
何しろ性格が大雑把なため、微妙な調合や長時間の錬成作業などが大の苦手だったのだ。
ついつい苦手意識のせいで、鼻の頭にしわがよる。
(うー。薬くさい……)
『ここは魔術師ギルドだからね。我慢しようよ』
(アンタは刀だから鼻がなくていいわね)
カルマは思わず朝霧に八つ当たりした。
「こんにちは。ちょっといいかしら?」
入口に面したカウンターに、受付の人間が四人並んでいた。そのうちの一人にカルマは声をかけた。
「いらっしゃいませ。何か御用でしょうか?」
相手は二十代の男性で、すらりとした男前だ。もちろんカルマは一番見た目のよい男性を選んで声をかけている。
何ならよそゆきの笑顔まで浮かべて、いい女ぶっていた。
背中にのぼりを立てたままなので、いろいろ台無しだったが。
「アタシの名はカルマ。スコティアという町で開業していた魔術師よ。わけあって今は旅の身の上なんだけど、こちらの町にしばらく身を置こうと思って」
「なるほど。こちらでお仕事をされる予定はおありですか?」
「そうね。暮らしに困ってるわけじゃないけど、人助けになるなら」
カルマは自給自足で生活しているので、「暮らしに困って」はいない。金銭的には貧乏だが、狩りをすれば食っていけるのだ。
なので、いっていることは嘘ではない。
「それでは当ギルドに入会されますか?」
「そうね。お願いしようかしら」
「かしこまりました。申し遅れましたが、わたくしモンドと申します」
イケメン受付男子の名前はモンドだった。できる男らしく、さっさとカルマの登録手続きを進めていく。
この国ではギルドは町や地域単位に活動していた。したがって、町を離れるとギルドの影響力がなくなる。
この町で仕事をしたければ、この町のギルドに所属する必要があるのだ。
ありがたいことにギルド入会に金はかからない。ギルドの財政は会員が稼ぐ報酬からの手数料徴収で成り立っている。より多くの会員を集めるために、入会しやすいシステムになっていた。
「手続きはこれで完了しました」
「ありがとう。早速であれだけど、何か特殊な依頼ってあるかしら?」
目の奥を光らせて、背中におかしなのぼりを立てた女魔術師がそういった。
「ええと……。『特殊』とはどのような内容をお考えですか?」
できる男モンド氏は一瞬ひるんだが、すぐに気を取り直してそう尋ねた。内心では「お前が一番特殊だろう」とサイレントツッコミを発動していたが、おくびにも気配を洩らさなかった。
「そこはほら。普通の依頼って薬草採取とか、モンスターの素材入手とかでしょう? そうじゃなくて、こう、困り事を抱えて悩んでますとか、誰かに助けてほしいとか、そういう依頼はないかしら」
「ははあ、なるほど」
さすがは背中に「よろず悩み事解決します」という大のぼりを背負っているだけのことはある。よほど悩み事を探しているらしい。何のためだか理由はわからないが。
これが人の弱みにつけ込もうという後ろ暗い狙いだとしたら協力できないのだが、のぼりを立てて悪事を働こうというバカなどいるはずがない。
妙なところでモンド氏は納得した。