第30話 サリーとカルマ
二人はごろごろと地面を転がった。
こうなっては武器の意味はない。戦いは組打ちの格闘戦に移行していた。
ハリーは必死に戦ったが、格闘では体力に勝るマルクにはかなわない。
やがて優勢となったマルクがあおむけに横たわるハリーに馬乗りとなった。
「はぁはぁ……まだやるか?」
「くっ……!」
この状態からマルクをはねのける技がハリーにはない。
仕方なく負けを認めようとしたときに、それは起こった。
「GoWaAAA!」
突然何者かの咆哮とともに、草むらから一抱えもある岩が飛んできた。
岩は地面で組み合ったマルクたちを押しつぶすかと見えた。
ドーン!
岩石を炎が包み、激しい爆発が起きた。粉々に砕けた岩は爆発の勢いで消し飛ばされた。
「どうしたっ!」
二人に近いところに立っていたバサラ副隊長が辺りを見回すと、爆裂系火炎魔術を放った姿勢のままサリーが彼方を指さした。
「あいつが投げた」
「むっ⁈」
巨大なオーガが草むらに立っていた。怒りに顔をゆがめ、口からうなり声を発している。
『どうもあいつの縄張りを荒らしてしまったようだねぇ』
「最後の最後でモンスターが出てきたかぁ」
ぼやきながらカルマは聖弓ユーミンを構える。
「ほら、アンタたち! さっさとどきなさい」
しっしっと混乱するハリーたち二人を追いやりながら、カルマは前に出た。腰の後ろの矢筒から一矢取り出し、狙いもつけずに放つ。
「G-GyaAAA!」
一筋の糸に見える速さで矢は宙を飛び、全身を筋肉に覆われたオーガの腹に突き刺さった。
「<フレアボム>!」
ドーン!
さっきと同じ爆裂系火炎魔術がオーガの頭を直撃した。気づけばサリーがカルマの横に立っている。
「あら? 初めての共同作業ってやつね」
「依頼はこなした。邪魔者は手っ取り早く片づける」
「賛成よ。じゃあ、遠間でボコっておいて弱ったところをアタシがぶった切るわ」
「問題ない」
「GmmMoOOO!」
顔面にやけどを負ったオーガは、焼け焦げた頭を振ると、近くに転がっていた岩石を両手で頭上に持ち上げた。
「芸がないわね。それはさっき見たわ」
そう言い捨てると、カルマは右手に向かって走り出した。
速度向上を重ねがけしたスピードに、オーガの注意が集まる。
ヒュッ! ヒュッ!
風切り音を立てたかと思うと、二本の矢がオーガの両手首に突き立った。
「G-gYaAAH!」
ドガーンッ!
爆炎がオーガの掲げた岩石を吹き飛ばした。サリーの術にはタメも呪文も要らないらしい。
『いやぁ、あの子思った以上に凄腕だねぇ』
「ふん。あのくらいはやってくれないと……イケメンなんだから」
カルマにとって相性の悪さと外見の好みは両立するようだ。
「ちび女、次の術でアイツの動きを止める」
「任せといて、灰色ギツネ!」
『灰色はともかく、あの子にキツネ要素あんまりないけど』
(いいのよ! こういうのは雰囲気なんだから)
「<溶岩陣>!」
サリーが両の手を開きながら突き出した。すると、オーガの足元が真っ赤に輝き、ずぶずぶと足首が沈んでいく。
「GiiYaaaaAH! GmuWaaA!」
炎を上げて燃え出した両脚の激痛にオーガは身もだえるが、溶岩となった足場に踏ん張りがきかず、身動きが取れなかった。
「いけ、ちび女」
「ちびちびいうな!」
叫びながらカルマは地を蹴って、オーガめがけて走った。
妖刀朝霧を鞘走らせ、空中に身を躍らせる。
(いくわよ、朝霧!)
『任せろ。<草薙>!』
カルマは体を丸め、回転しながら朝霧を振るった。スキル<草薙>をまとった朝霧は、水面を切るように抵抗なくオーガの肉と骨を断つ。
オーガは頭頂部から首の下まで、一文字に斬り割られて即死した。
力を失った巨体が、ずぶりずぶりと溶岩の中に燃えながら沈んでいった。
(あーあ、これでアンタは明日まで「豆腐タイム」ね)
『何だか嫌ないい方だね。さすがにこれ以上モンスターは出ないでしょ』
スキルを使った反動で何も切れなくなった朝霧を鞘に納め、カルマはバサラたちの元に戻った。
「見事な戦いぶりだった。サリーの魔術、カルマの刀術、どちらも見事だ」
「あの程度のモンスターなど問題外」
「キツネ君、ちょっと……」
バサラの称賛をよそに、カルマはサリーのローブを引っ張って耳元でささやいた。
(な、何だ?)
(ここは一つ、お姉さんに交渉を任せてちょうだい)
(交渉? どういうこと?)
(いいから、いいから。悪いようにはしないから。ね? ね?)
要領を得ない顔のサリーの横で、ニコニコ顔のカルマがバサラに話しかけた。
「ねぇ、副隊長さん。ボーナスの話なんだけど……」
「うん? 代表戦の勝者を指導した方にボーナスを渡すという件か? あれはオーガのせいで……」
「そのオーガをアタシたち二人で退治したでしょう?」
「うむ。見事な戦いぶりだった」
バサラは改めて頷いた。
「それって依頼内容以上の貢献といえるわよね? 衛兵隊としてそれに報いるべきじゃないかしら?」
「む?」
「もしもの話だけど、衛兵隊はモンスターから守ってもらっておいて報酬も払わないドケチ集団だなんて悪評が流れたら、恥になるわよねぇ」
「貴様、何を……!」
「だから、もしも! もしもの話よ」
カルマは上目遣いにバサラを見て、にんまりとほほ笑んだ。
「そこで、さっきのボーナスの話よ。元々はどっちか勝った方にっていうことだったけど、この際両方に渡すってことにしてくれない?」
「バサラ副隊長、自分たちからもお願いしますっ!」
カルマを応援しようと進み出たのは、ハリーとマルクの二人だ。
あのままだったら、オーガの攻撃を受けて二人は命を落とすところだった。命の恩人に報いようと、目に力を込めてバサラを見つめる。
「ぬうっ」
「ねっ! いいわよねっ! さすが隊長、太っ腹ぁ!」
「ぐぬう……! 隊長ではない。ワシは副隊長だ!」
顔を真っ赤にして怒鳴るバサラだったが、結局カルマの脅しに屈した。サリーとカルマは二人ともボーナスを満額受け取ることになった。
「ほらほら! お姉さんに任せてよかったでしょ?」
「むむ。やり方はアレだが、ボーナス満額獲得はありがたい」
軽口をたたくカルマにいい返すこともなく、サリーはボーナスを拝むように受け取った。
◆
パカパカとのどかな馬の足音を聞きながら、カルマは町へと帰る馬車に揺られていた。
すでに依頼は達成したので、サリーと同じ馬車に乗せてもらった。
『カルマったら、まだあの子に未練があったのかい?』
(性格の悪さはマイナスだけど、イケメンだし、実力はあるし。それにイケメンだし)
聞いてみるとサリーの年は二十一。カルマの理想である十九歳に近い。
(どうもお金に困ってそうな匂いがするのよね。それならいうことを聞かせやすいっていうか、御しやすいんじゃないかと思って)
『間違っても金で操を買うような真似はしないでね』
(わしゃどこのデバガメじゃ! ちょっとお金をちらつかせていうことを聞かせるだけだって)
カルマの発想はスケベ爺のそれと変わらなかった。
「ねえ、灰色ギツネ君。アンタ何かお金に困ってるの?」
『いや、ストレートに聞くのかいっ!』
「……。今回は世話になった。察しの通り、金が必要な事情がある」
「ふうん。よかったら聞かせてくれる? 力になれるかもよ」
『弱みを握れるかもの間違いじゃないかなぁ?』
馬車に揺られながらサリーが語ったのは、病に倒れた妹の存在だった。
「体の中に悪いしこりができて、それが際限なく広がっていくらしい。回復薬では効果がない。しこりもからだの一部なのでな」
「治す方法はないの?」
「王都の正教会に万病を癒す『聖治癒術』を使える司教様がいる。だが、施術を受けるには――」
「莫大な額の寄付を納める必要があるのよね」
カルマはいいよどんだサリーのことばを引き継いで語った。
「なぜそれを知っている?」
「アタシにも父親がいた。腕のいい鍛冶屋だったんだけど、不治の病で死んじゃった」
「それは……」
「たぶんアンタの妹と同じ病気だと思う」
幼かったカルマに大金を稼ぐ手段があるはずはなかった。父親は痛みに苦しみながら息を引き取った。
「妹さん……後どれくらいで?」
隣に座ったサリーと目を合わせずに、カルマは聞いた。
「持って半年……だそうだ」
「そう」
それでサリーは報酬の高い高難易度依頼ばかり受けているのだった。
黙り込んだカルマが再び口を開いたのは、馬車が町についた時だった。
「ねえ、アタシと組まない?」
「どういうことだ?」
「アタシには高難易度依頼を受けたい理由があるの。だからこのままだとアンタと依頼の取り合いになる」
「競争に負けそうだから俺と組みたいのか?」
サリーの目が鋭くなった。カルマは静かに首を振る。
「そうじゃない。ソロじゃ受けられる依頼内容に限界があるわ。アンタにもわかるでしょ?」
同じことをしてきたカルマだからこそわかる。休む間もなく依頼を受け続けるつらさと、頼るものがいない危うさを。
サリーには朝霧のような相棒もいないのだ。
「アンタが死んだら、妹さんの面倒を見てくれる人はいるの?」
「……」
無理だ。金や食料を渡してやれば、妹の世話をしてくれる知り合いならいる。だが、自分が死んだ後に無償でそんなことをしてくれるか?
みな自分や家族の生活の方が大切に決まっている。病人を背負い込むことなどできるわけがなかった。
「二人で組めば仕事の幅が広がる。達成までの時間も短縮できるわ。今日みたいな報酬の交渉だって、口下手なアンタにはできないでしょ?」
「なぜお前はそこまでして……」
カルマの意図を図りかねるサリーの問いに、カルマはぐっと奥歯をかみしめた。
「死なせたくないのよ! あんなクサレ病なんかで死ぬ人間を見たくない!」
『カルマ……』
父親は内臓を日々侵され、苦痛にのたうち回り、血を垂れ流しながら死んでいった。
幼いカルマには何もしてやることができなかった。目を背けて逃げ出すことしかできなかったのだ。
朝霧には燃え滾るようなカルマの想いが、痛々しい後悔とともにはっきりと見えていた。




