第26話 狩りの顛末
「さあ、今日は朝から狩りに出るわよ」
二日目の朝、カルマは五人の若者にいい渡した。
「狙いは水鳥。運よくめぐり合えれば草食獣」
「シカが取れると助かりますね」
「森が近いから難しいわね。森にはシカの食糧が豊富にある。草原にはめったに出てこないと思う」
この草原に住む草食獣は小さいものが多い。野ネズミや野ウサギが大半だろう。
巣穴から出ることが少ない上、物陰から物陰へと素早く動く。
「ネズミとかウサギを取るなら、罠を仕掛けないと難しいわ」
今回はそんな用意がない。獲物の活動範囲を調査する時間もない。
「なので、狙いやすい水鳥を撃つ」
作戦は単純だ。最初の一矢をカルマが放つ。驚いて飛び立とうとする群れに向かって、五人の訓練生が一斉に矢を放つ。
われ先に逃げようとする水鳥のパニックの中、どさくさ紛れに矢を当てようという作戦だった。
「<気配遮断>オン」
カルマがスキルをオンにすると、たちまち存在感が薄くなる。
「なるべく気配を抑えてついてきて」
体を低くして歩き出したカルマの後を、五人の隊員がついていく。スキルがない彼らはカルマのように気配を消すことができないが、できるだけ自然と一体になろうと努力していた。
(止まれ!)
入り江になった水面で水鳥の群れが羽を休めていた。これ以上近寄ると、訓練生の気配で鳥は逃げ出してしまうだろう。
そう判断したカルマは、手振りで彼らに左右に広がるよう指示した。
すうっと息を吸い込んだカルマは、矢を握った右手で三本の指を立てた。攻撃開始の秒読みだ。
(三、二、一……攻撃!)
草むらから立ち上がりざまに、群れの端に浮かぶ鳥を狙って矢を放った。
ヒョーッと矢が風切る音に驚いて、水鳥たちがあわてて逃げようとする。しかし、空に飛び立つには翼を何度も羽ばたいて揚力を得なければならない。
その瞬間に、訓練生たちが思い思いに矢を放った。
手前の水面に落ちる矢、水鳥の頭上を飛びすぎる矢。何とか群れの中に飛び込んだ矢は四本だった。
その中にはカルマが連続で放った二本目の矢が含まれている。
「ハリー、獲物を引き上げて」
「はいっ!」
猟犬の役目をハリーが務める。じゃぶじゃぶと浅瀬に踏み込み、矢を受けて水面に浮かぶ水鳥をつかみ取って戻ってきた。
「サリーさん、三羽取れました!」
「三羽かぁ。せめて五羽は落とせないとなぁ」
三羽のうち、二羽はカルマが仕留めた獲物だった。つまり、訓練生が射止めた水鳥はたったの一羽だ。
「仕方ない。次で頑張ろうか」
「はっ!」
ハリーは拾った木の枝に三羽の水鳥をツルでぶらさげた。それを肩に乗せ、カルマに続いて次の猟場へと移動する。
結局、午前中狩りを続けて野営地に帰ってきた時には合計十二羽の水鳥を仕留めていた。
「うーん。命中率としては微妙なところだけど、これだけあれば昼と夜、二食分には足りそうね」
「なかなか難しいものですね」
訓練場で動かぬ的を狙い撃つようにはいかなかった。的が動くと思うだけで、狙いに自信がなくなる。
「初めからうまい奴なんかいないからね。慣れるまでやるさ」
柄にもなくハリーを励ましながら、カルマは水鳥の羽根をむしった。訓練生にも手伝わせて、肉を捌く。
血や内臓も慣れればどうということはない。
お上品な選り好みなど、空腹の前では無力だ。
「本当は食料なしで野営してみたら、否も応もなく狩りが達者になるんだけどねぇ」
カルマ自身はそうやって弓の扱いを身につけた。
しかし、将来ある衛兵隊員に浮浪者のような真似をさせるわけにはいかないのだろう。
「さてと、一人ずつ捌いた肉を持ってってちょうだい。各人で焚火を起こして、焼いて食べなさい」
道具も調味料もないので、串焼きにしてそのまま食べるしかない。野鳥なので、肉には若干の癖があった。
隊員の中には飲み込むのに苦労しているものの姿も見られた。
「ハリーは苦労せずに食べられるようね」
「はあ。ガキの頃、家が貧しかったもんで」
おかげさまで何でも食えますと野鳥の串焼きにかぶりつくハリーの横顔は、こどもの頃を懐かしんでいるようには見えなかった。
「もっとやばい肉を取り合って食ってましたから」
裏通りの屋台でバケツに入れられていた肉だ。何の肉なのか、いつ絞めたものなのか、さっぱりわからない。
硬いばかりで味などなかった。ハリーの中にある記憶ではそうだった。
「あれに比べれば新鮮な肉ですからね。贅沢なもんです」
「そうね。肉としてはまっとうな方よね」
鍛冶屋の娘として育ったカルマは、ハリーほど貧しい生活はしていない。それでも父親が死んでからは、金回りが悪くてひもじい思いをしたことがあった。
「昼飯の後は弓の稽古でもしようか」
「模擬戦ではないんですか?」
「そういうのはもう少し後でいいかな」
カルマから見て、隊員たちは体の制御が疎かだった。狩りのために気配を消させても、不器用な動きで音を立ててしまう。
自分自身の体を持て余しているのだ。その状態で戦闘訓練をさせても、多くは身につくまい。
カルマはそう判断していた。
「弓ならさほど問題なく引けるでしょ?」
弓であっても下半身の安定は必要なのだが、剣術や格闘術のように動き回るわけではない。足腰の使い方はずっと単純だ。
カルマは立ち木の幹に剣で印を刻ませ、即席の的とした。
「五十メートルでしっかり的を当てられるようになろうか。自分の矢の癖をちゃんとつかむように」
同じフォームで射れば、矢は同じ場所に飛ぶ。そのずれを把握すれば、修正が効く理屈であった。
後は反復練習とセンスの問題だ。
同じことを繰り返すのが得意な人間と、下手な人間とがいる。後者はいくら練習を積み重ねても上達しない。
その差を生むのは才能であり、センスなのだ。
センスのない人間には、早めにあきらめさせてやるのも指導者の仕事だ。
カルマ班ではノエルとジェシカという女二人に弓の才能がなかった。いくら射ても、矢が一か所に集まらないのだ。
「アンタたちに弓は合わないみたいね。ほかの特技を探そうか」
「わたしたちは非力なので、力の弱さをカバーできる特技があるといいんですが……」
二人の身長はカルマと変わらない。女としてもやや小さい方だった。
筋肉も少なく、力技は似合いそうにない。
「アンタたち剣術の腕はどうなの?」
「非力なので片手剣を使ってますが、腕前は正直パッとしません」
「わたしもノエルと同じです」
片手剣の取り回しの良さを生かせばブロードソードにも対抗できるが、彼女たちにその才能はなかった。
打ち込まれれば受けるしかなく、押し合いに負けて体制を崩されるのが負けパターンだ。
「ふうん。思い切って武器を変えた方がいいのかなぁ」
「たとえばどんな?」
女同士ということが味方して、ノエルは積極的にカルマの意見を求めた。
この演習だけの臨時指導員という関係も、気安さにつながっていたかもしれない。
「接近戦なら、いっそダガーを使ったら?」
「えっ⁈ ただでさえリーチが短いのに?」
「だからいいのよ」
敵の切込みを盾で止めたならば、利き手のダガーで急所を刺す。距離が近すぎて、長い剣では攻撃しにくいところを優位に立つことができる。
「相手の盾の上から目や喉を刺したり、盾の下から下腹部や太ももを刺したりね」
「相手が両手剣なら反撃し放題ですね」
いうほど簡単ではなく、攻撃が止まった一瞬を捉えて的確な一撃を与えなければならない。強い胆力を必要とするカウンター技だった。
「その前に敵を近寄らせないなら、間合いの長い武器を使えるといいわね」
「槍とかハルバードですか? あれは重いのでちょっと……」
長物の武器を使いこなせれば、敵との距離を保ちつつ、一方的に攻撃できる。だが、そのためには動き回る敵を寄せつけないほど素早い武器の操作が欠かせない。
懐に飛び込まれたら終わりなのだ。
腕力に乏しい女子二人にはとてもできない相談だった。
「うん。重い武器は合わないよね。そうじゃなくて、鞭とか投擲武器はどうかな?」
「む、鞭ですか? 殺傷力がなさそうですが……」
「それはそう。でも、痛いよ? あれをかいくぐって飛び込もうって勇気は、なかなか出ないと思う」
鞭の先端は肉眼で負えないほどの速度に達する。見えないものは避けられないという道理だ。
当たれば肉が裂け、血が飛び散る。刃物とはまた違う怖さがあった。
上下左右から自在に鞭を飛ばせるようになれば、敵の動きを封じることができるだろう。
「それと、投擲をうまく組み合わせてさ」
「投擲って、何を投げるんですか?」
「それはいろいろよ。目つぶしとか、まきびしとか、釘とか、ナイフとか……」
自分がやられることを考えると、どれもいやらしい攻撃だ。
「でも、ナイフ以外は致命傷にならないんじゃ?」
「別にいいじゃない」
「へっ?」
威力不足を意に介さないカルマのことばに、ノエルは驚きの声を上げた。
「倒せなかったら、一旦逃げて、また何かぶつけてやればいいのよ」
「はあ……」
「仲間がいるなら味方の誰かが斬り込む手助けにもなるでしょう?」
衛兵隊では、自分一人で敵と向かい合うことは少ないだろう。集団戦における牽制手段として投擲武器は理にかなっている。
「何だか……かっこ悪くありません?」
「バカなこといわないで。戦いにかっこいいも、かっこ悪いも、あるわけないでしょ!」
命のやり取りなのだ。格好をつけて命を落としては何の意味もない。勝つことよりも生き残ることが肝心なのだと、カルマは力説した。
「――よく考えてみます」
ノエルとジェシカは顔を見合わせてそういった。




