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ポンコツ付与魔術師カルマは今日もどこかでやさぐれる  作者: 藍染 迅


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第25話 サリーの訓練

 川沿いを探索したサリー班は、大小の石が転がる川原を野営地に選んだ。


 実はサリーの魔術で水はいくらでも作れる。だが、それでは訓練にならないだろうと、サリーは鍋を取り出した。

 サリーは狩の道具など持っていない代わりに、鉄鍋を持ち込んでいた。


 薪を集めさせ、即席の石竈で湯を沸かす。


「荷物に余裕があれば、鍋は便利」


 煮込み料理はもちろん、炒め物も作れる。コメがあれば雑炊もできる。

 特に冬場は寒さに苦しめられるものだ。そんな時、温かい食事は命をつなぐ糧となる。


 サリーは食にはそこそここだわる男だった。


 川水を十分ほど煮沸し、革袋にためていく。一時間で六回繰り返せば、明日一日分の水は確保できる。


「食料調達は明日。今日は実力を見せてもらう」


 携帯食料で昼食をすませると、サリーは五人の訓練生に言い渡した。


「というと、模擬戦でしょうか?」

「走る」

「は?」


 一言告げると、サリーは川上に向かって走り出した。とまどいながらも、訓練生たちは後を追うことにした。


 曲がりなりにも一年間導入訓練を受けてきた隊員たちである。何キロ走らされるかはわからなかったが、多少のことで音を上げるような人間はいなかった。


「うん。もっと速く」


 そういうと、サリーは走るスピードを上げた。


「くっ! おいっ、遅れるな!」

「こ、このスピードでどこまで走るんだ?」

「待ってくれ……」


 サリーのスピードについていけず、五人の足取りにばらつきが出始めた。

 三人が食らいついているのに対して、残り二人に遅れが出ていた。


「遅れたのは何号?」

「に、二号と三号です!」

「そう。二号と三号は今日から『鈍ガメ』」


 遅れず走っている三人も、もう限界に近い。筋肉と心肺が悲鳴を上げ始めていた。


「十分走ったら折り返す」

「……」


 最低でもあと二十分は走るつもりらしい。歩いて帰るつもりはなさそうだ。

 それでも二十分歯を食いしばって頑張れば、ランニングは終わる。


 そう信じて、三人はサリーの後ろを必死に走った。

 十分経過する頃には足が鉛のように重くなり、呼吸はぜいぜいと音を立てていた。


「よし。ここで折り返す。で、スピードアップ」

「嘘……」


 滴る汗で目がかすむ。ぼやけた視界の中を飛び去るような勢いでサリーが下流に向かっていく。


「く、くく……だぁっ!」


 すでに限界を超えていたが、意志の力を総動員して隊員たちはサリーの背中を追った。

 しかし、すぐに二人が脱落する。


「遅れたのは何号?」

「はっ、はっ。よ、四号とっ……五号っ!」

「ふうん。四号と五号は今日から『アヒル』」

「はっ、はっ……」


 一号には余計なことばを発する余裕がなくなっていた。ことばどころか何かを考えることさえできない。

 脳が酸欠状態を起こしていた。


「はっ!」


 ふと気づくと、目の前からサリーの背中が消えていた。知らぬ間に走るスピードが落ちていたらしい。


(スピードを上げなくては……)


 両足に力を込めようとするが、それ以上膝が上がらない。


「ひぃっ、ひぃっ……」


 乾ききった喉が、呼吸の度に変な音を立てる。心臓が口から飛び出そうだ。

 一号は思い切り地面を蹴っているつもりだったが、どれだけ蹴っても片足は地面についていた。


 ただ歩くことに意志のすべてを振り絞っていた。


「ひぃっ、ひぃっ……」


 トン、と何かが胸にぶつかった。一号にはそれを押しのける力がない。


「ゴールだ。君は今日から『千鳥足』だ」


 何だよそれ。動物じゃないじゃん。

 それが一号が気絶する前、最後に考えたことだった。


 ◆


「起きろ」

「う、うう……」


 一号が体を起こすと、サリーの周りに全員が集まっていた。


「水を飲んでおけ」


 サリーの指示で焼けるような喉を水筒の水で潤す。一号はいくらでも水が飲めそうな気がした。


「がふっ……!」


「走らせてみて、君たちの実力がだいたい分かった。問題外」

「それは!」


 走っただけで戦闘能力を見せてもいない。それで実力を判断するのは乱暴ではないか。

 隊員たちはそういいたかったが、ふがいない結果に終わったことも事実だった。


 サリーについて走ることさえできなかった。


「へろへろでも回復魔術はかけない。回復薬も使用禁止」

「なぜでしょうか?」

「訓練が無駄になる」


 回復魔術や回復薬は疲労した筋肉を元通りにしてくれるが、それは訓練前の状態に戻ってしまうことを意味する。

 訓練後の「超回復」によって筋肉が強化されることがない。


 トレーニング効果を得るためには、筋肉痛に耐えるしかなかった。


「今日はもう動けないだろうから、狩りは中止。釣りをしてもらう」

「釣りですか? 道具がありませんが……」


 二号と三号が弓矢を持ち込んでいたが、釣りの用意をしてきた者はいなかった。


「なければ作る。竿は木の枝。髪の毛をつないで糸にする」

「針は……針はどうしましょう?」


 川原で手に入る材料で釣り針が作れるとは思えない。


「釣り針は動物の骨から作れる。鉄の場合は砂鉄を集めて溶かす。――今日は特別に支給する」


 素人が簡単に作れるものではなかった。サリーは町の外に出るときは、食料調達の備えとして釣り針をいくつか持ち歩いていた。

 弓矢に比べてかさばらず、重さも気にならない。


 サリーは釣り糸も持っていたが、それはあえて提供しなかった。

 訓練生はどうせ身動きできない状態なのだから、手作業をさせてやるという考えだった。


 その後、一号から五号までの訓練生はヒーヒーいいながら丈夫そうな木の枝を拾い集め、自分の髪の毛で針をつないだ。

 川原の石をひっくり返してエサになる虫を取れば、釣りの準備は完了だ。


「釣り針は貴重。なくした奴は晩飯抜き」

「えっ?」


 あれだけ走った後である。空腹は限界に達していた。絶対に魚を釣り上げたいし、絶対に針はなくしたくない。


「釣りは魚との戦い。暴れる魚は泳がせ、弱ったら引き寄せる。呼吸を間違えると糸が切れる」


 晩飯の懸かった釣りだった。皆慎重に針を垂れ、アタリに神経を研ぎ澄ました。

 真剣さが道具に伝わったのか、針を失うものは出なかった。


 釣果のない者もいたが、保存食を食べることは許された。だが、できることなら保存食以外のものが食べたい。ボウズで終わった訓練生は、何尾も釣り上げた人間に釣りのコツを教わりにいった。

 探求心がないところに進歩はない。たかが釣りと思う人間は、何事においても伸びしろの乏しい生き方を選択しているともいえた。


 サリーはそこまで深く指導について考えていたわけではない。ただ、彼は工夫と努力を怠る人間が嫌いだった。

 工夫をしない人間はがさつであり、努力を怠る人間は見苦しい。そう思うのだった。


「君たちの体力は問題外。明日から移動はすべて駆け足。戦い方の指導は森に入ってから」


 サリーは演習日程の前半を体力向上に充てることにした。たったの三日では大きな成果はおぼつかないが、基本とする動作スピードを速くすることに慣れさせる意味はある。

 脳を速さに慣れさせるのだ。


「食い終わったら寝る。見張りは二人一組で二時間毎に交代。最初はわたしと千鳥足。次が鈍ガメの二人。最後がアヒルの二人だ」


 夜中に起こされることになる鈍ガメの二人が一番きつい順番だった。しかし、最初にランニングから脱落した負い目があり、サリーに文句をいうこともできなかった。


 幸い何事もなく最初の夜は明けた。


 ◆


「うーん。<気配遮断>のスキル持ちはいないのね? 狩りに役立つスキルなんだけどなぁ」

「むしろカルマさんはどうやってそんなスキルを獲得したんですか?」

「エルフの森とかヒメイジのダンジョンをうろついてたら、知らないうちに身についたって感じ?」


 カルマは簡単にいうが、どちらも多くの死者を出している危険地帯だ。武技も攻撃魔法も使えないカルマがソロで出掛けるような場所ではなかった。


「モンスターに見つかったら死ぬからね? 必死に隠れ回った結果じゃないかな」

「何て無茶なことを」

「だよねぇ。けど、その時はそう思わなかったんだよねぇ」


 危険を冒さなければ鑑定魔術は手に入らない。そう思い込んでいたのだ。


「アンタたちは危険に身をさらす必要はないわ。アタシのは他人に勧められるような方法じゃなかったから」

「何を心掛ければいいでしょう?」

「そうねぇ、やっぱり呼吸じゃない?」


 呼吸は浅く静かに。匂いをまき散らさないためにも鼻で行う。

 動作はできるだけ小さく、落ち着いて行う。よろけたり、物を取り落としたりしないために。


 そうやって獲物に気づかれずに近づくことができれば、狩りの成功率が高くなる。

 いかに狙いやすい位置まで獲物に近づくか。それが狩りのポイントだとカルマはいった。


 水辺に多い動物は水鳥だった。食べられる部分はさほど多くないが、人間一人の一食分は何とか賄える。

 翌日からの食糧事情は各人の狩りの成果に懸かっていた。

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