第24話 飲料水を確保せよ
カルマ班が草原に入って行くのを見送ったサリーは、自分のチームに向かってぼそりと語った。
「五分後に出発」
「あの、目的地はどこでありましょうか?」
「川」
それだけいうと、サリーは草叢に転がって目を閉じた。どこでも寝られるのがサリーの特技だった。
灰色のローブは来ているだけで毛布の代わりになる。
「五分後に出発だってよ」
「一応休んでおくか」
訓練生たちは思い思いに腰を下ろして、足を休めることにした。これから七日間の訓練で足を酷使することになることは、いわれなくてもわかっている。
「ん。休憩終わり」
眠気も見せずに起き上がったサリーは、訓練生たちを目で促した。五人はサリーの前に列を作って並んだ。
「こっちから番号で、一号、二号、三号、四号、五号。訓練中は番号で呼ぶ」
「効率のためでありますか?」
「いいや。名前を覚えるの面倒だから」
「……。自分たちは教官を何と呼べば?」
サリーの応対ぶりに面くらいながらも、隊員はそのやり方にペースを合わせようとした。
「指導するのが役目だから、『シドー』でいい」
「シドーでありますか?」
それなら教官でいいじゃないかと思いながらも、相手がそれを望むならそれで構わないかと、隊員たちは疑問をのみ込んだ。
「じゃ、出発」
「えっ? そっちですか?」
サリーは街道を元来た方向へと戻り始めた。
「ここにくる十五分前に橋を渡った」
「橋ですか?」
「橋なんてあったか?」
「馬車の中からは見えなかった」
「幌馬車には窓がないからな」
がやがやと語り合う隊員に、サリーはことばを重ねた。
「車輪の音、車体の振動、段差の衝撃。見なくてもわかる」
そういわれてみると、馬車が止まる少し前に乗り心地が変わった場所があったような気がする。
誰も気にしていなかったので、はっきりとは記憶していないのだった。
「どこに連れていかれるかわからないのに周りを気にしないのはバカ」
サリーは冒険者として依頼を受けてここにいる。危険と弁当は自分持ちの仕事だ。
一人の知り合いもいないこの状況では、誰も信用していない。
「自分の身は自分で守れ」
「……はい」
「わかりました、シドー!」
サリーが正しいことは全員わかっていた。サバイバル訓練に来ているのだ。
馬車で移動している間も、すでに訓練が始まっていると考えるべきだった。
なるほど、常に生死の境に身を置く冒険者からサバイバルの心構えを学べということか。訓練生は、サリーのふるまいから「上」の方針を感じ取った。
これからはいわれなくとも周りを警戒しよう。そう心がけて各々周囲に気を配りながら、歩いた。
四十分ほど歩くと、サリーがいう通り橋があった。橋の下に降りていくと、思った通り幅十メートルほどの川が流れていた。
草原の奥に源流があるらしく、川は草原方向から森の方向に流れている。
「川沿いを上流に向かう」
とりあえず水源は確保できた。あとは食料と寝る場所の確保だ。
野営に適した場所を求めてサリー班は川の上流に向けて進行した。
◆
「とりあえず喉の渇きで死ぬことはなくなったわね」
カルマは澄んだ水をたたえる湖を眺めていった。
「アンタたちの中で鍋を持ってきた人いる?」
互いに見回し合う訓練生の中には手を挙げる者がいなかった。
「そうでしょうね。何日も歩き回ることがわかっているのに、重くて邪魔な鍋なんか担いでこないわよね」
鍋があれば煮物が作れるし、水を煮沸することもできる。
生水をそのまま飲むと病気になる心配があるのだ。
「渇いて死ぬくらいなら少しばかり腹を壊してもいいと思うけど」
回復薬の備えもあるので、死ぬことはないはずだった。
「ちょっとは水をきれいにする工夫をしようか」
自分一人なら生活魔法で水を出せば問題なく生きていける。しかし、五人の訓練生にまではいきわたらない。
サバイバル訓練がこの演習の趣旨だというなら、水を無害化する工夫も指導項目に含まれるだろう。
彼らにもできるやり方で飲み水を確保しよう。カルマはそう方針を立てた。
長丁場を考えると狩りもしておきたいところだが、今日のところは保存食でしのげる。飲み水の方が優先課題であった。
「ハリー、枯れ枝と葦の葉を一抱えずつ集めさせて、それから砂と小石、倒木も。一人は穴掘りよ」
カルマに命じられて、ハリーは目的がわからないながらも隊員を手分けして作業にあたらせた。自身はカルマのそばで穴掘りを担当する。
気が進まないが腰の剣をスコップ代わりにして土を掘りだす。
「ちょっと待って」
「は?」
土を掘る手を止めてハリーがカルマを見ると、カルマは一瞬間をおいてからうなずいた。
「剣が折れないように付与魔術をかけてあげる」
「え、いいんですか?」
「サービスにしといたげるわ。耐久性向上! うん、これでいいわ」
ふわっと白い光が剣を包んだ。光が消えた後現れた剣は、今までと変わりなく見えた。
「ありがとうございます」
軽く礼をいって剣尖を地面に突き立てた。それでも手ごたえは変わらない。
(耐久性向上だからな。石にでも当たった時に刃こぼれを防いでくれるんだろう)
そう考えると安心して剣をスコップ代わりに使うことができた。
「オーケー。穴掘りはその辺でいいわ。今度はこれに水をくんできて」
手渡されたのは革袋だった。口を縛れるようになっていて、水筒代わりに使えるものだ。
湖の水を満たして運んでくると、今度は掘った穴に水を入れろという。
「その水に掘り出した土を混ぜるのよ。どろどろになるまでよくこねて」
土掘りの後は左官のような仕事をさせられる。今度は剣が泥だらけになった。後で手入れしておかないと確実にさびてしまうだろう。
ハリーは自分の不運を憂えた。
「悲しそうな顔しないで。ふふふ、ただで耐久性向上の付与ができたのよ? 泥まみれになったくらい大したことないでしょ。安心して、それくらいじゃ錆びやしないから」
枯れ枝、葦、倒木、小石と砂が集まった頃には、ハリーは粘土のような泥をこね上げていた。
「この石組の上に、キミの盾を置いて」
剣の役目が終わったと思ったら今度は盾か。ハリーはしかめっ面でカルマが組んだ石の上に盾を横たえた。
「そしたら、こねた泥で丸く土手を作って」
「こうですか?」
「そうそう。土台になる部分だからしっかり固めて」
円を描いて作った土手に枯れ枝を真上から挿し込んで壁を作れと、カルマはいった。
「枯れ枝で円筒を作ればいいんですか?」
「そういうこと。できあがったら教えてちょうだい」
すると、カルマは倒木を薪にして焚火を始めた。
枯れ枝をぐるりと差し終わると、その周りに葦の葉をみっちり巻けという。かごを編むように枯れ枝に葦の葉を織り込んでいく。
ハリーは仲間の手を借りて作業を進めた。
その間、カルマは焚火の世話に余念がない。何かを焼くわけでもなく、ただ倒木を燃やしてゆく。
「これでいいですか?」
「まあいいわ。そしたら、円筒の周りにこねた土を分厚く貼り付けて」
また左官の真似か。ハリーは口をへの字に結びながら、泥壁を塗りつけた。
カルマは焚火の中で出来上がった消し炭を石で砕いている。
「土壁ができたら筒の中に小石を敷き詰めて。そう、深さはに十センチくらい」
「次はこの消し炭よ。水をかけて冷やさないと、やけどするよ。手が汚れる? 我慢して!」
「次は砂」
「最後に残った葦の葉を丸めて放り込んで。うん、それで完成!」
カルマの言いなりに泥の樽みたいなものができ上がっていた。
「カルマさん、これは何ですか?」
「ご苦労さま、ハリー。何って、これは濾過槽よ」
カルマは泥樽の底近い側面にナイフで穴を開けさせた。適当な木の枝を栓にする。
「そこの子、湖から水をくんできて」
最初の一袋分の水は、樽の中身に吸収されてしまった。
三袋目の途中からようやく出口まで水が回ってきた。
ナイフであけた穴からちょろちょろと水が流れ出る。
「やっつけ仕事だけど、生水をそのまま飲むよりだいぶマシなはずよ。そこの二人、二人で一組になって革袋一杯水を作ってちょうだい。今日はアンタたちが『水澄ましチーム』よ」
ほかの人間は翌日から行う狩りの準備をすることになった。
「弓を持ってる子は? 一人だけなのね。まあ、いいか。ほかの子は自分で弓を作ろうか」
「どうすればいいでしょう?」
「アタシの聖弓ユーミンを参考にしなさい。まずは手ごろな枝をたくさん拾ってきて。それと蔓もね」
「聖弓ユーミンて何だ?」
「ただの枝と蔓じゃないか」
「シーッ! 教官はそういう趣味の人なんだろう。『世界観』を壊すんじゃない!」
カルマの性癖に触れたかと勘繰り、訓練生たちの一部がざわついた。
集めた枝と蔓から使えそうなものを朝霧の鑑定で選別する。訓練生たちにはカルマが選んでいるように思いこませていた。
「そう。枝の切込みにツルの輪を引っ掛けたら完成よ。今回はサービスで耐久性向上を付与してあげる」
矢として集めた「まっすぐな棒」には、命中率向上の付与をかけてやった。
「本来はちゃんとした弓と矢を用意しなきゃダメだよ? 今日は特別にカルマさんが面倒見てあげるけどさ」
「あのう、僕らの分は……」
「ほら、ちゃんと水澄ましチームの分も作ってあるから!」
放任主義で鍛えるつもりだったが、カルマは意外と年下に甘かった。




