第23話 水場を探せ
翌日八時前に訓練場にやってくると、既に十人の訓練生が集まっていた。送迎用の幌馬車二台がそばに止まっている。
しばらくするとサリーが現れ、続いてバサラが馬に乗って姿を見せた。
「ふむ。全員揃ってるな。訓練生は五名ずつ分かれて馬車に乗り込め!」
「あたしたちは?」
「サリーは一号車、カルマは二号車に便乗。俺は騎馬で同行する」
訓練生に続いて馬車に乗り込んでみると、ほとんど荷物は積んでおらず、がらんとした空間だった。
(マジでサバイバルをやらせるみたいね。水樽さえ積んでいないわ)
保存食はともかく、七泊分の水を背負っては行軍できない。カルマ自身は一日分の飲料水を水筒に入れて携行している。
(どこで演習するにしても、まずは水場を探すことから始めなきゃ)
砂漠の真ん中で進軍訓練なんてことにならなければいいなあと、カルマは心の中でぼやいていた。
二台の馬車は街道を二時間進んだところで道の脇に止まった。全員馬車を下ろされる。
「よーし! お前たちは馬車とはここでお別れだ。今から七日後に馬車はまたここへ迎えに来る。それまでお前たちは二班に分かれて行動してもらう。サリー班はドルチェ、マルク、エンゼル、ミスカ、レミーの五人。カルマ班はアーチ、ニック、ハリー、ノエル、ジェシカの五人だ。俺も馬車と一緒に街に帰る。お前たちは指導員のいうことを聞いてサバイバル術の基本を身につけること。以上だ!」
まさかの丸投げだった。てっきりバサラも残って訓練指導に加わるものと思っていたカルマは、予想外の展開に動揺した。
「バサラ副隊長、それって訓練期間中の行動内容はアタシたちが決めるってこと?」
「そうだ。訓練の目的は七日後まで各人が生き残ること。そして、指導員から戦闘術の手ほどきを受けることだ」
「アタシの技はクセが強くて、初心者にお勧めできないんだけど」
「心構え、基礎の基礎だけでも構わん。世の中にそういう戦い方があるということを知るだけでも、こいつらヒヨッコのためになる」
この八日間で訓練生を強くして帰すということではないらしい。カルマは少しだけ安心した。
横目でサリーの様子をうかがうと、無表情にまっすぐ前を向いていた。
(だいたいあんな無口な奴に指導なんてできるのかしら?)
「最後にサリーとカルマに連絡だ。最終日には、各班の代表一名による模擬戦を行う。勝ったチームの指導員にはボーナスが出るので、気合を入れて指導に当たれ。では、あとは任せる!」
そういうと、バサラ副隊長は馬車隊を率いて去って行った。
街道脇にぽつんと残された二つのチーム。
カルマは一呼吸ついて、自分がまかされた五人の訓練生に向き合った。
「そういうわけで、アタシが指導員のカルマ。八日間よろしくね」
「……」
「……」
五人からはとまどい気味の視線が帰ってくるのみだった。
「さしあたりどう行動するか、バサラ副隊長からは何かいわれてる?」
今度は手近にいる一人に向かって直接問いかけてみた。こうなると逃げ道がないので、相手は詰まりながらも答えを返す。
「あ、あの、今日を含む三日間は草原で過ごし、四日目に移動、次の三日間は森で過ごす。最終日にこの場所へ戻れといわれています」
「草原と森ねぇ」
見渡せば、街道の片側には草原が広がり、反対側には森が広がっていた。
環境の異なる状況で訓練を行うことで、サバイバル術を学ばせようという狙いだろうか。
「わかった。早速だけど草原の中の水場を探しましょう。アンタ、名前は?」
「じ、自分はハリーです」
「そう。それじゃハリー、ほかの四人をまとめてちょうだい。アタシの後についてきて!」
「はいっ!」
カルマは人の名前を覚えるのが苦手だ。五人もの名前をいっぺんに覚えるなんて、できる気がしない。
それでハリー一人を相手にして、残り四人をハリーにまとめさせることにした。
軍隊でいえばカルマが分隊長、ハリーが伍長というところだ。カルマに軍隊組織の知識などないが、自分が楽をするためにそういう手段をとっさに実行したのだった。
「あの、質問してもいいでしょうか?」
「いいぞ」
「カルマ殿は水場の位置を知っておられるのでしょうか?」
カルマはピタリと歩みを止めると、ハリーを振り返った。
「知らないわ。とりあえずは勘で歩いてる」
「か、勘でありますか?」
期待した答えと違ったのだろう。ハリーは眉を寄せて甲高い声を上げた。
「あのさあ。もうちょっと気楽に話さない? アタシはアンタの上官じゃないんだから」
「はあ、気楽にでありますか……。わかりました」
ハリーは自分の肩に力が入りすぎていたことに気がついた。息を吐きだして、自然体に努める。
「勘ていったけど、一応根拠はあるのよ? 今は風上に向かって歩いてる」
「風上に向かうと、どうなりますか?」
「風は冷たい方から温かい方へ流れるものよ。今は朝だから、水辺があればそこから広い地面の方へ風が吹くはず」
「なぜ水辺から地面へ?」
ハリーは自然の中で育たなかったのか、カルマの説明を聞いてもピンとこなかった。
「朝、太陽が上がると、大地は水よりも早く温まるのよ。だから午前中は水辺から陸地に向けて風が吹く。夕方は反対に陸地の方が早く冷たくなるので、陸から水辺に向けて風が吹くの」
海辺の村ではこれを「海風」「山風」と呼ぶ。
「ここの地形でそれが当てはまるかどうかはわからない。でも、でたらめに歩くよりちょっとはマシでしょ?」
「はいっ! わかりました!」
「わかったら一列渋滞を維持、周囲を警戒しながら前進!」
「了解! 一列渋滞を維持しつつ、周囲を警戒の上、前進します!」
ハリーは同僚に声をかけ、隊列維持に気を配った。
ああいったものの、カルマは比較的近くに水場があるだろうとあてにしていた。
(水がなくちゃ七泊八日の訓練なんて不可能だわ。せいぜい一時間以内の場所に水場がある。そういう立地を選んだはず)
カルマはハリーたちには知らせず、視覚、聴覚、嗅覚向上の魔術付与を自分の体に行っていた。もちろん、<気配感知>のスキルもオンにしている。
足元に獣道を探し、動物の気配を探り、風の中に水の匂いを探ろうとしていた。
猛獣やモンスターには出合いたくない。しかし、ただの動物であれば水飲み場に連れていってくれるかもしれない。
(肉食獣が出たら、悪いけど自分の身を守るだけで精いっぱいだ。あの子たちには自分で自分の命は守ってもらおう)
カルマの仕事は指導員であって、護衛ではない。訓練生を守ってやる義務はなかった。
(一年の導入訓練を受けてきたと聞いた。自衛くらい自分たちでやってもらおう)
不必要に危険を冒させるつもりはないが、過保護にする気はもっとない。カルマはこの依頼に関する態度をそう決めていた。
(幸い、草原に出るモンスターは中型までのものが多い。危険は少ないだろう)
吹きさらしの場所ではモンスター発生に必要な瘴気だまりができにくい。そういう意味では後半の日程を過ごす森の中の方が、モンスターに遭遇する確率が高かった。
この辺りの違いも、前半後半の日程編成に織り込まれているのだろうとカルマは推測した。
(ん? 止まれ!)
カルマは声を出さずに、手振りで停止を指示した。ハリーがそれを隊員に伝える。
それもまた手信号によるものだ。そういう訓練は積んできている様子だった。
カルマは五人に体を低くさせた。風の中に動物の匂いを嗅いだ気がしたからだ。
意識を鼻に集中して、カルマは風の匂いを嗅いだ。
(やっぱりフンの匂い。これは――草食獣か)
肉食獣のフンは匂いがきつい。今漂っているのは草食獣のものだと、カルマは判断した。
草食獣が集まっているとすれば、餌場か水場が近い可能性が高くなってきた。
カルマは聖剣ボウを地面に立てて、その上に身軽く跳び乗った。
(水辺には周りよりも背の高い木が生えているはず……)
少しでも高い場所から水辺を囲む木々を見つけようと、カルマは視覚向上させた目を凝らした。
(むっ! あそこか?)
周りに比べてややこんもりと盛り上がっている場所が遠くに見えた。獣の匂いを運んできた風と方向が同じだった。
「水場らしき影を見つけた。前進を再開する」
「前進再開! カルマ殿に続け!」
「カルマ殿っていういい方、何とかならない?」
「カ、カルマさんではどうでしょう?」
「まあ、仕方ないわね。それで手を打つわ」
カルマは首を振り、カルガモの親鳥になったつもりで隊列を率いていった。
予想違わず、三十分ほどでカルマたちは立ち木に囲まれた湖にたどりつくことができた。




