第22話 採用試験2
「くそっ! どこにいる?」
カルマを見失ったスフィードは、忙しなく体の向きを変えて土煙を透かし見ようとした。
相手の位置はわからないが、相手には自分の位置を知られている。
圧倒的に不利な状況に追い込まれていた。
(このままではあの女に背後を取られる。)
とにかく動いて位置を変えなければならない。不安に突き動かされて、スフィードは走り出した。
(訓練場の中央は開けていたはず。そこまでいけば土煙も晴れる)
前方の気配を探りながら、スフィードは小走りで土煙の中を進んでいった。
すると、前方にうっすら棒のようなものが見える。
(何だ、あの影は? こんなところに棒が立っているはずがない)
不思議に思って目を凝らすと、棒の上に小さな人影が見えた。
「カルマかっ!」
思わず声に出すと、人影はふわりと地面に降りてスフィードに向けて一直線に走り出した。
人影が近づくにつれ細部まで見わけられるようになる。
やはりカルマだった。上半身を盾に隠して、スフィードのいる位置につっこんでくる。
(盾を使って体当りする気か。こちらの木剣を受け止めつつ、こん棒で逆襲するつもりだな?)
スフィードは盾を装備していない。振り下ろした木剣を盾で受け止められたら、カルマの攻撃を無防備に受けることになる。
(そうはさせん! こちらは両手剣だ。全身の力を込めて盾など叩き割ってやる!)
スフィードは模擬戦の始まる前、カルマが携えた盾がどんなものか見定めていた。
(ただの板切れではないか。あんなものは木剣で十分!)
決戦に備えて、スフィードは木剣を高々と掲げ、全身に力をためた。
「シールドバッシュ!」
叫びながら突っ込んでくるカルマに向かい、スフィードは渾身の一撃を振り下ろした。身長差もあってカルマは盾を頭上に掲げてこれを受け止めようとする。
「やあっ! ――何っ⁈」
盾を打ち壊す勢いで斬り下げた木剣を、カルマの盾はどっしりと受け止めた。割れるどころかひびさえも入らない。
「バカなっ! あがっ!」
受け止められた木剣に体重を乗せ、盾もろともカルマを押しつぶそうとした瞬間、スフィードは脳天に激しい衝撃を受けた。
脳震盪を起こし、木剣から手を放して地面に崩れ落ちる。
「審判、こっちよ!」
地面に転がった木刀と自分のこん棒を拾い上げ、カルマはバサラを呼んだ。
訓練場の中央にバサラが歩み寄る頃には、土煙も消え去っていた。
「これは……。勝者、カルマ! ――大丈夫か?」
気絶したスフィードの息を確かめ、バサラは傷を探した。
「脳天にこん棒をお見舞いしたんだけど、コブくらいですんでるはずよ」
「脳天だと?」
いわれて頭頂部を調べてみると、頭のてっぺんがうっ血し始めていた。しかし、頭蓋骨が陥没した気配はない。
「軽い脳震盪か? しばらく寝かせておけば目覚めるだろう。誰か! 水を持ってきてこいつの頭を冷やしてやれ!」
バサラの命令で近くにいた隊員が詰所に走って行った。
「生活魔術で少しの水なら出せるわ」
カルマは口を覆っていた手ぬぐいを外し、水で湿らせながらスフィードの頭に当てた。
「うっ、ぅう……」
水の冷たさを感じて、スフィードが軽く呻きながら目を開けた。
「しばらく動くな。頭を打たれている。打撲以外の痛みがあるようなら本格的な治療が必要だ」
「いいえ、こぶが少々痛むだけです。自分はどうしたのでしょうか?」
「カルマの攻撃を受けたようだが、土煙が邪魔でわしにも見えなかった」
勝負が決する瞬間はぼんやりと人影が重なるところが見えただけだった。小柄なカルマが短いこん棒で、スフィードの頭頂部をどうやって打ち込んだのか。
「曲芸と手品」
いつの間にか現れたサリーがぼそりといった。
「手品だと?」
曲芸という意味ならバサラにもわかる。カルマは常人離れした脚力で走り回り、頭上高く飛び跳ねた。
しかし、手品とは何を指しているのか。
「アタシには武技がない。棒の上から飛び降りると同時に、こん棒を投げ上げておいたのよ」
こん棒の落下地点はスフィードの頭上であった。
万一にもスフィードが立ち位置を変えないよう、自らは盾を掲げて体当りしたのだった。
すべては落ちてくるこん棒のためにお膳立てされていた。
土煙は体を隠すためではなく、投げ上げたこん棒を隠す煙幕だった。
こん棒を武器に選んだのは投擲しやすく、重さのある武器だったから。
盾の陰に隠れたのは、右手にこん棒がないことをスフィードから隠すためだった。
「武技がないといったが、『シールドバッシュ』と叫んでいたではないか?」
「あれはブラフよ。そうすればすべての注意が地上のアタシに向けられるでしょ?」
カルマはただの体当りを敢行しただけだった。
「なるほど手品に違いない。自分自身を囮にするとは邪道も邪道。結構、お前も合格だ」
感心したのか呆れたのか。バサラのことばはため息混じりだった。
「すっかりしてやられた。しかし、俺が違う方向に移動したらどうするつもりだったんだ?」
元気を取り戻したスフィードが体を起こしながら尋ねた。
棒の上に立っていたカルマが待ちぼうけを食らうこともあり得たではないかと。
「その時はアンタの向かう方向に先回りするだけ。棒の上からなら土煙の動きが見えるからね」
例え気配を消していても、空気の流れまでは隠せない。煙幕の上に立つカルマからは、スフィードの動きが丸見えであった。
「ひょっとして、あの土煙も魔術か?」
「土ぼこりに『軽量化』を付与しただけよ。蹴散らしただけで舞い上がったでしょ?」
軽量化を施した土ぼこりは、一度舞い上がるとなかなか地面に落ちない。即席の煙幕としては最適だった。
「剣士でもない人間二人に連続して敗れるとはな。自分が嫌になった」
「ふふふ。そう落ち込むな、スフィード。嵌め手は初見だからこそ効果がある。いい勉強をしたと思うことだな」
そういう経験をさせるために計画された武術訓練であった。正統派の剣士であるスフィードはその試験台として選ばれたというわけだ。
「サリーとカルマ、二人には明日から訓練指導に参加してもらおう。朝八時にこの場所に集合。野外演習を行うので七泊八日分の野営準備をしてくること。以上だ」
バサラにいわれて、サリーは小さくうなずいた。カルマは勢い良く右手を挙げて質問を投げた。
「演習には狩りも含まれるかしら? こう見えて食料を現地調達するタイプなんだけど」
「お前の想像通り狩りも訓練に含んでいる。だが、最小限の保存食は用意しておけよ」
「わかった。じゃ、早速準備に向かうわ」
話が終わったと判断して、サリーも踵を返した。
「ああ、アンタに一言いっとかなくちゃ。サリー!」
カルマの呼びかけに、サリーはぴたりと足を止めた。
「アタシの戦い方を曲芸と手品っていったわね。アンタの戦い方をアタシがたとえてあげるわ。アレはまるでストリップと肩たたきね」
ローブを脱いで防御に使う技をカルマはストリップと皮肉った。
「俺の本職は攻撃魔術。付与魔術とは違う」
「意見が合うわね。付与魔術がどれだけのものか、アンタにいずれ教えてあげるわ」
「それは楽しみ」
サリーは止めていた足を再び動かした。
去っていく背中を見送って、カルマはため息をついた。
「お前たちの間に何か因縁でもあるのか?」
「そんな小難しいことじゃない。ただお互いに気に入らないだけよ」
首をかしげるバサラに片手をあげて見せ、カルマは訓練場の出口へと走り出した。
◆
『サリーって子、なかなかの腕前だったね』
「そうね。トンファーを使う所は見られなかったけど、まともに戦ったらアタシに勝ち目はないわ」
『へぇー、そこは謙虚なんだ?』
「好き嫌いと実力評価は別よ。別に戦う予定もないんだけど」
戦うとしたら、まともに戦うつもりはない。曲芸と手品で大いに結構。
相手の隙を突ければ勝機はある。もともとそれがカルマの戦い方なのだ。
保存食、回復薬、催眠薬などの消耗品を補充し、宿に帰ってからは道具の傷み具合を確認した。演習の準備が十分なことを確認し、カルマは夕食を取って早めに寝た。
その夜、カルマは森の奥に生えたキノコがイケメンに変身する夢を見た。




