第21話 採用試験
「集まったのはお前ら二人か。俺は衛兵隊副隊長のバサラだ。名前を聞こうか」
だだっ広い訓練場の片隅に三人の人影があった。衛兵隊副隊長だと名乗ったバサラ、武術訓練指導員募集の依頼票を見てやってきたサリーとカルマだ。二人は少し距離を置いて立ち、互いに目を合わせなかった。
「魔術師のカルマよ、よろしく」
「……サリーだ」
相変わらずサリーはフードを被ったままうつむき気味で、話す声も小さい。
「見たところ二人とも魔術師か? こっちのカルマは剣――というか刀か――を差しているが、お前の得物は何だ?」
バサラはサリーを値踏みするように見ていった。
「俺は魔術師。格闘もできる。武器はこれ」
バサッとローブを翻すと、短い棒のようなものを両手に構えた。棒の端近くに握り手のついたトンファーと呼ばれる武器だった。
バサラが黙ってうなずくと、サリーはトンファーをローブの中に戻した。
「結構だ。初めに武術訓練の趣旨を説明しておこう。訓練対象は入隊二年目の若手隊員だ。すでに基本訓練を終えているが、戦い方の幅を広げるために冒険者など外部の人間に指導させるのがこの訓練の狙いだ」
貴族階級に準ずる騎士団と比べて衛兵隊が動員される場面はより幅が広い。戦争の現場から酔っ払いの排除まで、いわば武力を伴う雑用係といったところだ。
まっとうな剣術だけでは臨機応変に対応できないこともある。
「だまし討ち、引っ掛け技、隠し武器。そういうものを知っておかんと、いざという時にケガをする。若いうちに経験させておこうというわけだ」
依頼人が衛兵隊だと知って、なぜまた冒険者ギルドに訓練指導を依頼するのかと不思議に思ったが、今の説明を聞いてカルマは納得した。
「要するにアタシたちは色物要員ってことね」
「うむ。そういうことだから、せいぜい意表を突く技を見せてもらえるとありがたい」
サリーも無言でうなずいた。
「さて、趣旨がわかったところでお前らの実力を試させてもらう。スフィード!」
バサラは手を挙げて、訓練場の中央で素振りをしていた隊員の一人を呼びつけた。
「はっ。お呼びでしょうか!」
「うむ。今からこの二人と模擬戦を行ってもらう。彼らの実力を見るのが目的だ。ケガをさせぬ程度に加減しておけ」
「はっ。模擬戦を実行いたします!」
スフィードと呼ばれた隊員は直立不動でバサラの命令を受けた。二十代前半とみられる中堅隊員で、身体能力的には人生のピークにある頃だろう。
「スフィードには木剣を使わせる。そっちのサリーはトンファーだったな? お前はそれでいいだろう。カルマの方は木刀でいいか?」
「こん棒を貸してくれる? それと、自前の盾を使うわ。アタシは付与魔術を使うけど、それは構わない?」
「直接魔術攻撃しない限り、何を使っても構わん。それはサリーも同じだ。いいな?」
「結構だ」
ざっくりと模擬戦のルールが決まった。
「まずはサリー。お前とスフィードだ。準備はいいか? ――始め!」
号令を聞くや、スフィードが一気にサリーの下へ走り寄った。両手剣を頭上に掲げ、斜めに振り下ろす。
「いやあーっ!」
全力で振り下ろした木剣だったが、これは当てるつもりではなかった。サリーの実力を測るため、あえて届かぬ間合いで斬りつけていた。
斬られる恐怖に立ちすくんだり、おびえて後退するようであればたかが知れている。適当につついてやれば足をもつれさせてひっくり返るだろう。
間合いを見切って反撃してくるようであれば――。
バサッ!
巨大な鳥が羽ばたいたかと思った。グレーの翼がスフィードの目の前で翻る。
実際はサリーがその場で素早くターンしたのだった。その動きでグレーのローブが裾を広げて宙に舞った。
スフィードの木剣は広がったローブの生地に斬りつける形になってしまった。
木剣には当然刃がついていない。バスンと音を立ててローブが木剣にまとわりつく。
どう動いたものか、その時にはサリーはローブを脱ぎ、右手でフードの辺りをつかんでいた。
その手がくるくると回ると、まるで生き物のようにローブが木剣に絡みついた。
「ふんっ!」
絡んだローブを右手でぐいっと引きながら、入れ替わるようにサリーはスフィードめがけて飛び込んだ。
「くっ!」
飛びこまれては間合いの短い武器を持つサリーの方が有利になる。スフィードはとっさに木剣を捨てて、接近戦に切り替える判断をした。
すると、サリーは後ろに回した右手をひねった。木剣を巻き取っていたローブはふわりと膨らんで、木剣を後方に投げ捨てた。
くるり。
近寄るサリーを蹴りつけようと身構えるスフィードの目前で、サリーはまたも身をひるがえしてターンした。
「うっ?」
スフィードの視野をグレーの影が覆った。
サリーが投網のように投げ飛ばしたローブが、スフィードの頭にかぶさったのだ。
「ちっ!」
蹴りをキャンセルして後退しながら、両手でローブを取り除くスフィード。
だが、取り戻した視界の中にサリーはいなかった。
「何っ?」
「首」
トンっと、スフィードの両肩に首をはさんで硬いものが乗った。
「それまでっ! 勝負あり。勝者、サリー!」
バサラが宣告する声を聴き、顔を後ろに向けると、スフィードの瞳にサリーの姿が映った。
無表情な顔をして、両手のトンファーをスフィードの肩に乗せていたのだった。
すいっとトンファーを引き、サリーは右手をスフィードにつきだした。
「な、何だ?」
「ローブ」
「あ、ああ……」
いまだに両手につかんでいたサリーのローブを、スフィードは差し出された手に返した。
それをまたくるりと翻した次の瞬間には、元通りにローブをまとったサリーの姿があった。
「スフィード、自分が何をされたのかわかったか?」
未だに気が動転しているスフィードに、審判役のバサラが尋ねた。
「ローブの動きに幻惑されました。あれで間合いを狂わされて……」
「うむ、そうだな。仮に真剣だったとしても、同じ結果になっただろう。間合いを失った剣では布さえ切れぬ」
「木剣を捨てて格闘戦に入ろうとしたところを、またもローブで視界を奪われました」
会話によって気を落ち着かせ、スフィードは模擬戦の流れを振り返った。
腕組みしたバサラはうなずきながらことばを加えた。
「あれは悪手だったな。相手の出方が読めぬ以上、いったん大きく下がって仕切り直すべきであった」
「そうか。そうすれば戦いを続けられましたね」
戦いの最中に視界を奪われたのは致命的だった。あそこで勝敗が決していたといえる。
そこに至る流れを作ったサリーの戦術が見事だった。
サリーに奪われた木剣を拾い、首を振りながらスフィードは自分の負けを認めた。
「何でもないローブにあのような使い方があるとは知りませんでした」
「そうだな。若い隊員にとってもいい学びになるだろう。サリー、お前は指導員として合格だ」
サリーは小さくうなずくと、一歩引きさがった。
今度はカルマが試される番だった。
「次はカルマだ。スフィードも準備はいいな? では、始めっ!」
号令とともに、カルマはまっしぐらに逃げ出した。
「は? おいっ、どこへいく!」
驚いたスフィードは、遠ざかるカルマの背中に向けて怒鳴った。
あっという間にカルマは二十メートル先に移動している。ポケットから手ぬぐいを取り出して鼻と口の上から縛った。
「何の真似だ?」
ぽかんとしたスフィードにかまわず、カルマは真横に向けてすさまじい速さで走り出した。
足元からは身の丈を超える土煙が激しく巻き上がる。
「貴様、どこへいくつもりだ?」
カルマはスフィードの周りを円を描いて走り回る。
勝負を捨てて逃げ出すのかと思ったが、そうではないらしい。スフィードの背後を取るつもりなのか。
しかし、常軌を逸した速さだった。走るカルマに襲いかかろうかと考えたスフィードだったが、あれでは追いつけそうにない。
カルマが描く円の中心に立って、スフィードは走り続ける魔術師に体の正面を向け続けるしかなかった。
あたかも太陽を追うひまわりのように。
「ん? だんだん近づいてきている?」
それに気づいたのはカルマが立てる土煙のせいだった。一周回りきったそれが、ある所から二重になっていた。
だとしたら、カルマが走る軌跡は円周ではなく、らせんを描いて中心に向かっていることになる。
そのらせんの中心には自分がいる。スフィードはカルマとの衝突が迫っていることをはっきりと悟った。
「来るなら来い! 盾ごと叩き潰してやる!」
サリーとの一戦で受けた屈辱を晴らすべく、スフィードはカルマに圧勝することに集中していた。
バサラが命じた手加減のことなど、すっかり忘れ去っている。
二重三重となった土煙の壁が四重になろうとした時、カルマが大きく跳躍した。体を丸めてくるくると回転しながらスフィードの頭上はるかを跳び越えていく。
必殺の一撃を放つことに集中していたスフィードは、なすすべもなく空中を見上げるしかなかった。
土煙の中に吸い込まれるようにカルマの姿が消えた。そのまま気配までもぷつりと途絶えた。




