第20話 カルマ、発奮する
ヤルギス家の事件が落ち着いてから、カルマは魔術師ギルドでの依頼受注を再開した。懐は今までになく暖かかったが、「十日の呪い」を避けるためには切れ目なく悩み事を解決したかった。
「む。お尋ね者マルーン窃盗団の頭目捕縛。よくも一人で達成しましたね」
「こういうのはあんまり得意じゃないんだけど」
苦労して生け捕りにした髭面の盗賊マルーンを魔術師ギルドに引き渡し、カルマはおなじみのモンド氏に依頼達成の承認を受けていた。
ソロで活動しているカルマは集団を相手にするのが苦手だ。対人戦も得意とはいえない。
窃盗団のアジトを見つけて三日張り込んだ挙句、ようやくマルーンが一人になった瞬間、背後から絡めとったのだった。思い切り急所を蹴り上げたのが決め手となった。
「同じ高難易度依頼でも、素材採取とか失せ物探しみたいなシンプルな依頼の方がありがたいのよねぇ」
苦労しただけに思わず愚痴が出る。
「ふむ。最近は高難易度依頼を専門にする男が活躍しているようです」
「ふぇ? それでなの? その手の高難易度依頼が見つかりにくくなってるのよね」
依頼票を貼り出した壁に目をやれば、天井に近いエリアがスカスカになって壁の地肌が見えていた。
『これってライバル登場っていうんじゃないか? 何か対策を考えないと』
「モンドさん、その男ってどんな奴?」
「サリーという若い魔術師です。金髪で細身の背の高い男で、いつもグレーのローブを身につけています」
若くて高身長と聞き、カルマの目がきらりと輝いた。
「ねえ、顔は? 顔立ちはどう?」
「さて、いつもフードの中なのでよく見たことがありません。目にした範囲では整っている方ではないかと」
「そ、そうなの? これはあれよね。魔術師同士チームを組んで助け合ったり、いろいろしたりするパターンよね?」
整った顔立ちと聞いて、急にカルマがそわそわしだした。競争相手であることはもう忘れているらしい。
「パターンという意味ががよくわかりませんが、目的が一致すればチームで依頼を受けるということもあるでしょう」
「そう! それをいってるのよ! 目的とか体目的とか、そういうことよ」
『カルマ、いってることがおかしくなってるよ』
暴走し始めたカルマを朝霧は必死に引き留めようとした。しかし、カルマの心にその声は届いていないようだ。
「ねえ、どこにいったらそのサリーって人に会えるかしら」
「ギルドではメンバーの住所は把握していません。住所不定の人も多いですし。ここに現れるのを待つのが確実かと」
「そうか。ありがとう」
それならこのままロビーに張り込んでみようか? そう考えたカルマに朝霧が語りかけた。
『でもさ、高難易度の依頼はもう出つくしちゃってるだろう? ここにいても姿を現さないんじゃないか?』
(それじゃ、どうしろっていうのよ?)
『うーん。冒険者ギルドをのぞいてみるのはどうかな? あっちで依頼を探しているかも』
(ふうん。一理あるわね。いってみましょうか)
サリーは高難易度依頼をハイペースで受注している。それならカルマと同じように冒険者ギルドのメンバーでもある可能性は高かった。
(グレーのローブ、グレーのローブ。高身長でスレンダー……。うーん、見当たらないわね)
冒険者ギルドのロビーは人もまばらで、サリーと思わしき人影は見当たらなかった。
(急いてはアレを仕損じる。ここは落ち着いて待ってみますか)
『そうだね。それと、少し下ネタを抑えないと不審者扱いされそうだから、気をつけて』
ただ何もしないで待つというのも退屈なので、カルマは依頼票を眺めてみることにした。自分に合った依頼が掲示されているかもしれない。
聖剣ボウを床に立て、例によってするするとその上に登る。
「どれどれ。変身魔術薬の精製? これはパス。連続殺人鬼の討伐? やめとこう。モンスター討伐に、貴族の護衛、国境警備に武術訓練の指導かぁ。どれもアタシ向きじゃないなぁ」
『やはり冒険者ギルドの高難易度依頼となると、危険なものが多いね』
難易度の基準が戦闘能力重視になっている。特殊技術や問題解決能力が中心の魔術師ギルドとは、依頼の方向性が異なっていた。
「どいてくれ」
「っとっと……」
いきなりカルマの横からにょっきり手が出てきた。目の前を横切る腕に驚いてカルマはのけ反った。
ふらふら揺れる聖剣ボウの上で、あわててバランスを取る。
「ちょっと、びっくりさせないで!」
「あんまりいい依頼がない。これにするか」
振り向いて見ると、グレーのローブを着た長身の男がふわりと宙に浮かんでいた。
「出た! 『グレー・トール・サリー』キタァーー!」
『カルマ、興奮しないで!』
すーっと下降する男を追って、カルマも床に降り立った。
「き、キミィ―! サリー君じゃない?」
「……あんたは?」
奇声を上げたカルマを頭の先から足先まで眺め下ろし、ローブ姿の男は小さな声で問い返した。
「アタシはカルマ。付与魔術師よ。ぴちぴちの二十九歳、どうぞよろしく!」
「ぴちぴち?」
男は勢いよく差し出されたカルマの右手を不思議そうに見た。
「キミの名は? サリー君で合ってるよね?」
「サリーで合ってる。じゃ」
顔をうつむけたままそういうと、サリーはくるりと踵を返した。もうそれ以上カルマには目もくれず、受付カウンターを目指して歩きだす。
「ねえねえ。キミって高難易度の依頼ばっかり受けてるよねぇ。実はアタシもそうなのよ。どうよ? この際、合体――じゃなかった。合流してチームを組まない?」
下からフードの中を覗き込むようにしてカルマが勧誘すると、サリーはようやく足を止めた。
「間に合ってる。俺はソロがいい」
「あ、ちょっと!」
去ろうとするサリーにカルマが手を伸ばすと、突然全身に寒気を感じた。
「あんたに俺のパートナーは無理。武力も魔力も力不足。子守でもするのがお似合い」
寒気の正体はサリーから浴びせられた殺気だった。そうとわかってもカルマは全身の震えを抑えられない。
「二度とつきまとうな」
それだけいうと、サリーはカウンターで依頼受注の手続きを済ませて去っていった。
『カルマ、大丈夫かい?』
「……ぬぅぅ、チッキショーッ! あのトッポ野郎、人をコケにしやがって。今度会ったらギタギタにしてやる!」
『いや、あの子相当強そうだったよ? 下手に手を出したら殺されるんじゃないかな』
「ぐぬぬぬ……」
憤懣やる方ないカルマがロビーの真ん中でうなっていると、受付の人間が出てきて一枚の依頼票を長い棒で壁の上部に貼りつけた。
「うん? あの依頼票って……」
吸い寄せられるようにカルマは壁に近寄り、先ほどと同様聖剣ボウの上に立った。
「『武術訓練の指導員:若干名募集』か。やっぱりこれ、さっきトッポ野郎が受けた依頼じゃない」
『彼だけじゃ人数が足りないから、まだ募集が生きてるってことだね』
「よっしゃあ!」
びりっと紙を引きちぎる勢いで、カルマは依頼票を壁から手に取った。
飛ぶように受付に駆け寄り、手の中の依頼票をカウンターにたたきつけた。
「この依頼、受けさせて!」
「ひっ! あの武術指導ですけど、大丈夫でしょうか?」
カルマの勢いに驚かされた受付嬢だったが、依頼票を見てカルマが適格かどうか確認してきた。
「依頼票には『武術訓練』とあるわ。基礎体力と身体能力ならそこらの冒険者には負けない。ワイバーン討伐の実績もある」
「会員番号は……? ――確かにドラゴンスレイヤーに認定されていますね。結構です。依頼受注を認めます」
「そうこなくちゃ。で? どうすればいいの?」
受付嬢の説明によると、正式採用の前に指導員にふさわしいかどうかの試験があるそうだ。
「ふんふん。今日の午後、衛兵隊の訓練場にいけばいいのね」
「はい。万一試験不合格となった場合は、依頼失敗とみなされます」
「上等よ。ドラゴンスレイヤーの底力、見せてやろうじゃないの!」
サリーに味噌っかす扱いされたカルマは、この依頼でサリーを上回る好成績を上げて彼を見返してやるつもりだった。
「そうと決まれば、まずは腹ごしらえよ。力をつけなくちゃ」
カルマはギルドを出ると、近くの食堂に駆け込んだ、
「アタシにゃ子守程度が似合いだといったなぁー! 絶対、見返してやるー!」
カルマは料理が運ばれてくると、鬼のような形相で次々と食らいついていった。




