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第2話 高い! 高すぎる!

 探してみると、ごくまれに古代の魔術書やスクロールが売りに出されることがわかった。

 しかし、それらは本屋の店先に並ぶようなものではなく、王都のオークションにかけられるもので、目玉が飛び出るほど高価だった。


 ざっと、カルマの年収の十倍はする。


「高っか~い! 無理無理無理! お金のかかる方法は無理だわ!」


 自分の体を売って奴隷落ちしても、魔術書の頭金にもならない。


「人間一人よりも本一冊の方が価値が高いなんて、どういうことよ! ナンセンスだわ、不条理よ! こうなったら絶対に鑑定魔術を手に入れて、わたしの価値を証明してやろうじゃないの!」


 冷静に考えてみれば鑑定魔術がなくとも付与魔術の商売はできる。世の中の付与魔術師はみんなそうしているのだ。

 しかし、カルマの中では「鑑定魔術を得る」ことが存在理由(レゾンデートル)のポジションに納まってしまった。


 要するに、「思い込み」だ。


 こうなるとなまじ意志が強く、行動力が人並み外れていることが災いしてしまう。

 カルマは「足で稼ぐ」方法で、自ら情報を探すことにした。


「え、えーと。鑑定魔術を得る手段で残るのは、『ダンジョンの宝珠』『エルフの古老』そして『古代都市遺跡』だったわね」


 どれもこれも普通の人間が到達できる場所にはない。だが、それをいうなら普通人が鑑定魔術を得ることがそもそも無理なのだ。

 プロ中のプロである魔術師ギルドの長が、鑑定魔術の習得法を知らないというのだから。


「うーん。『エルフの古老』なんてどこにいるかわかんないし、『古代都市遺跡』なんて聞いたこともないわ」


 三つの方法の中では「ダンジョンの宝珠」を探す方法が最も現実的だった。他の二つに比べれば、とにかくダンジョンのありかはわかっているのだから。


 はるか五百キロの彼方にその町はある。迷宮都市ヒメイジ、別名「冒険者の都」と呼ばれる町だった。


 ◆


 鑑定魔術を得るためならどこまででも出掛けてやる。カルマは鼻息も荒く、旅に出たのだが――。


 「旅ってお金がかかるのね。トホホホ……」


 路銀を入れた財布。その心細くなった中身を数えながら、カルマはため息をついた。

 旅先であっても飯は食わなければならない。腹を減らしていてはまともに街道が歩けないのだ。


 旅館に泊まれば泊賃がかかる。けがをしたり、病気にかかれば薬代に金を使う。

 金は出ていくばっかりで、財布は軽くなる一方だ。


「まあ、いいわ! とにかくヒメイジまであと少しのところまで来たんだから」


 宿代、食事代を浮かせるためにカルマは二本の足で歩き、野宿で夜を越すことにした。食事もできるだけ自給自足で、野草を摘み、獣を狩った。


「だいぶ食べられる草にも詳しくなってきたわ。キノコは駄目ね。素人には見分けがつかんわ。この間は危なく死ぬところだった……。そういう意味じゃ獣を狩るのが一番ね」


 攻撃魔術が使えないカルマだったが、付与魔術が野外生活に役立つということをこの旅で知った。

 拾った棒きれや石ころに付与を行えば、切れ味鋭い剣となり、大ハンマーやメイスの代わりになった。


「うらぁ! このウサギ! きっちり往生しやがれぇ!」


 目をぎらつかせて棒きれを振り回すと、ウサギの首がすっぱり切れた。まるで手ごたえがなく、ナイフでプディングを切るような調子だった。


「よっしゃあー! とったドー! 今夜は肉祭りじゃいー!」


 鍋も釜も持っていないので、くし刺しにして焚火で焼くだけ。味付けも塩を振っただけの焼肉だが、カルマは骨まできれいにしゃぶりつくした。


「はぁー。食ったわぁ。ただの棒きれでウサギが狩れるとはねぇ。付与魔術ってこんなに便利じゃないの」


 (棒きれ)だけでは心もとないので、カルマは木の枝と蔓で弓を作った。


「よし。これなら鳥やキツネも狩れるね。肉のバリエーションが増える」


 カルマのサバイバル能力はポテンシャルが高かった。野ネズミの巣を見つけたり、シカの水場で待ち伏せしたり。

 すっかり自然の中での狩猟生活に慣れてしまった。


「はっ! これではハンターではないかい! 違う、違う! アタシの行き先は迷宮都市だった」


 目的を見失いかけていたカルマは、我に返った。獲物の肉は既に干し肉や燻製にして貯えてある。

 もう狩りをしなくても目的地までたどり着けるはずだった。


「ようし! ダンジョン目指して出発だぁ!」

 

 飢えることなく、カルマは迷宮都市ヒメイジに到着した。


 ダンジョンではモンスターが落とすドロップ品や宝箱から見つかる希少アイテムなどが手に入る。すなわち、ダンジョンがある町は商売が盛んで人が集まるのだ。

 迷宮都市ヒメイジも例外ではない。町は活気にあふれ、建物は立派でよく手入れされていることが一目で見て取れた。


 道行く人の身なりもよく、ダンジョンに挑む冒険者らしき姿もあちこちに見かけられた。


「はぁー。やっぱり冒険者の装備が立派だねぇ」


 ダンジョンに潜る冒険者の稼ぎはいい。その装備は命を守る大切なものだ。

 当然、しっかりと金をかけた高級な装備を身に着けている。


「うーん。アタシもちゃんとした装備が欲しいところだけど……、そんなお金はないか」

 

 旅の費用に貯えを使ってしまったカルマには、ダンジョン用の装備を買い整える金はない。カルマは自分の手で武器と防具を用意することにした。


「えへへ。アタシは一流の付与魔術師ですからね。武器でも防具でも、ちょちょいのちょいよ」


 カルマは道端で拾った太めの棒きれに耐久性向上と切れ味向上の強化を繰り返し施した。たいてい一回か二回の付与で棒きれは粉々になった。


「ダメかぁー」

 

 それでもかまわない。どうせ元手はタダなのだから。


「はい、それじゃ次の棒きれ! 代わりはいくらでもあるんだもんね」

 

 一日中それを繰り返していたら、耐久性向上五回、切れ味向上五回を受けつける棒きれに出会えた。


「ぬははは。大成功! やってみるもんだな。お前を『聖剣ボウ』と名づけよう!」


 試しに直径ニ十センチほどの立ち木に斬りつけてみると、すうっと抵抗なく切り倒せた。


「うん? えぇええー! この切れ味はヤバすぎるでしょ?」


 廃業前はそれなりに良い剣を素材として魔術付与していた。だからこそ付与が失敗した時に騒ぎになったのだ。

 ところが、ただの棒きれが名剣の切れ味にまで強化できてしまった。素材は何でもよかったのだ。


「これなら最初から棒きれを山ほど拾ってきて強化すればよかったじゃん!」


 そういうことになる。鍛冶屋いらずだ。


 もっとも名のある剣士が、道端に落ちていた棒きれを腰に差すわけにもいかないだろう。それでは全く格好がつかない。

 名のある騎士は、名工の手になる名剣を身に着けるものだ。みんながそう思っている。

 

 世の中とは面倒くさいものだ。


「じゃあ、盾も自分で作ろうか?」


 カルマは聖剣ボウを腰に、町を出た。近くの森で木を切るためだ。

 適当な大木(・・・・・)を聖剣ボウの一振りで切り倒し、サクサクと板材に加工する。熱したナイフでバターを切るような手軽さで、百枚以上の板材が手に入った。


 これを並べて、片っ端から強化魔術を付与していく。

 今度は半日で耐久性向上五回がけに耐える板材を手に入れた。


「よし! お前を『聖盾イータ』と名づける!」


 ほくほく顔で聖盾イータを持ち上げたカルマは、イータに持ち手がないことに気がついた。

 余った木材から持ち手を切り出し、釘でイータに打ちつけようとしたが、イータが硬くて釘が通らない。


「うええ。面倒くさい」


 カルマはじゃらじゃらと釘を地面にぶちまけ、まとめて耐久性向上の魔術を施した。二回、三回と重ねがけすると、耐えられなくなった釘が粉みじんになって消滅していく。

 五回の重ねがけに耐えた釘が、最後に四本残った。


 カルマは四本の釘で、持ち手を聖盾イータに打ちつけることができた。

 

「これでよし、と」

 

 聖なる装備(棒きれと板)を携え、カルマは冒険者たちに混ざってダンジョンに潜った。

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