第18話 魔術師ギルド長、スタン吠える
ダンッ、ダンッ!
ヤルギス邸に到着すると、魔術師ギルド長スタンがいきなり門扉を殴り始めた。
「開けろーっ! 開門!」
「ギルド長、いきなり破壊活動を始めないでください」
「どこが破壊活動だ! 扉をノックしてるだけだろうが!」
凶悪なガントレットでぶん殴っておいて、ノックというのはいささか無理がある。
もっともスタン氏が本気を出せば、一発で門扉を吹き飛ばせるらしいのだが。
それではもう戦争が始まってしまうので、現状はまだ穏便な訪問といってよい範疇なのかもしれない。
「な、何をしている? やめなさい!」
大きな物音を聞きつけて、執事のジェームスがあわてて邸内から走り寄ってきた。
「おっ? 出てきたな。お前は誰だ?」
「無礼な。お前こそ何者だ?」
ジェームスは門扉越しに見えない乱暴者の正体を確かめようとした。もしも鬼のようなスタンの形相が見えていたら、そんな強気には出られなかっただろう。
分厚い門扉に守られているという安心感のなせる業だった。
「無礼だぁ? ふざけたこといいやがって。いいから主のヤルギスに会わせろ!」
「素性もわからん奴を旦那様に会わせられるか。帰れ!」
「何だと、こらぁ! こっちは看板しょってきてるんだ。魔術師ギルドと喧嘩してみるか、コラァ!」
ダン、ダンとスタンはまた門扉を殴り始めた。先ほどよりも力が籠っている。
「やめ、やめんか! 門が壊れる! ん? 魔術師ギルドだと?」
「魔術師ギルドのスタンだ! さっさと開けねぇと門ごと吹き飛ばすぞ!」
「待て、待て、待て! 今開けるから待ってください!」
声に聞き覚えがあったのだろう。ジェームスはあわてて門の閂を外した。
「やっと扉を開けやがったか。魔術師ギルドのスタンだ。ヤルギスに会わせてもらおう」
「ギルド長のスタン様。こ、これは失礼をいたしました。しかし、前触れもないご訪問とは……。主の都合を確かめる間、しばらくお待ちいただきたい」
魔術師ギルドのギルド長ともなれば町の名士であり、有力者の一人である。ヤルギスがいくら金持ちだといっても軽視できる相手ではなかった。
ジェームスは態度を改めつつ、主人であるヤルギスの意向を聞く時間的余裕を得ようとした。
「待てねぇな。こっちは手を出されてるんだ。四の五のいうなら押通るぜ」
「ぐっ、それは……。わかりました。ご案内いたします」
スタンの表情を見て、ジェームスはこれ以上押しとどめるのは無理だと判断した。スタンの背後にモンドとカルマが控えていることも目にして、どうやら面倒が起きたらしいということをうっすら感じ取ってもいた。
ジェームスに導かれたスタンたちは、小一時間前にカルマがヤルギスに会った時と同じ応接間に通された。
「ふん。趣味の悪い部屋だぜ」
ソファーにふんぞり返ったスタンはぎろりと部屋を見まわして吐き捨てた。ジェームスに聞かれることを憚ろうともしていない。
一方のジェームスはスタンの非礼に反応することもなく、急いで主人を呼びにいった。
魔術師ギルドの実力について熟知しており、ガントレットをこれ見よがしに装着してきたスタンの「本気度」を身に染みて理解していたからだ。
「ギルド長、これはいったい何の真似だ?」
応接間に入るなり、ヤルギスは大声で尋ねた。不機嫌な顔で自分のソファーに収まる。
「単刀直入にいう。そこにいるカルマは承知の通りうちのメンバーだ。そのカルマがお前んところの人間に殺されかけた。こいつはお前の差し金か?」
「あん? 何の話だ? わしは知らんぞ」
ドスを利かせたスタンの声を浴びせられても、ヤルギスはひるむそぶりを見せなかった。この男も決して運だけで財産を築き上げたわけではないこと思わせる腹の据わりぶりだ。
強面の顔をした目の奥でスタンはヤルギスの表情を鋭く見定めていた。
「ジェームス、お前は何か聞いているか?」
「いいえ、何も。ただ……」
「ただ何だ? はっきりいってみろ!」
ヤルギスに急かされて、ジェームスは気になる情報を明かした。
「そこの女魔術師カルマが帰った直後から当家の護衛トローヤとメイド長マリアの姿が見えません」
「どういうことだ? 屋敷を出たという意味か?」
「逃げたんじゃねぇか? カルマを襲ったのはその二人だぜ」
「何? 女を襲っただと? 何のために?」
家人が人を襲って逃げ出したと聞いて、ヤルギスは意味が分からぬとばかり顔をしかめた。
その様子を見ていたスタンは、どうやら芝居ではなさそうだと唇をゆがめた。
「本当に何も知らねぇようだな。マリアという女が手引きをして、トローヤという奴がカルマをバッサリ斬ろうとしたんだよ」
「ば、バカな!」
「バカもカボチャもねぇ。魔術師ギルドに戦争を仕掛けたのはてめえの差し金かと聞いてるんだ。性根を据えて返答しやがれ!」
応接間の調度を震わすような大音声で、スタンはヤルギスに迫った。
「知らん! わしはそんなこと命じておらん!」
返事を間違えればスタンのガントレットに頭を吹き飛ばされる。その恐怖に襲われながら、ヤルギスは必死に首を振った。数々の修羅場をくぐった経験が、ここで疑いを残してはいけないとヤルギスに告げていた。
「本当に知らねぇんだな? ――そうなると、家の外に絵を描いた奴がいるってぇことになる」
「ヤルギスさんにはアタシを殺す理由なんかないと思いますよ?」
ようやく会話ができる状態になったと見定めて、カルマは当事者としての意見を差し挟んだ。
「毒無効化の仕事はもう一歩で完成というところでした。自分の身を守るための仕事を中断させる理由はないでしょ?」
仕事の完成までにはもう一枚の皿に毒素排除×4の属性を付与する必要がある。ヤルギス自身が依頼した仕事を、彼が中断させる理由などなかった。
「アタシという存在が邪魔な人間がアタシを消しにかかった。それは毒無効化を完成させたくなかったってことのはず」
「それなら狙われているのはむしろヤルギス本人てぇことか」
「ふん! 恨まれるのには慣れておる。毎週のように毒を盛られておったからな」
かつては十人のメイド、五人の護衛を抱えていたヤルギスだった。毒殺騒ぎが始まってから二月ほどでメイド長のマリアと護衛のトローヤにまで数が減った。
人が減った原因は毒見のために死んだ人間と、それを恐れて逃げた人間たちが半分半分だ。
「結局、残っていたマリアとトローヤが毒殺を仕掛けていたってわけか」
「おのれ、あいつらめ! 恩をあだで返しよって……!」
「お宅の使用人がギルドに喧嘩を売ったってことには納得がいったかい?」
スタンにとってヤルギス家の使用人が主人を裏切ったところで、そんなことはどうでもいい。ギルドメンバーを殺そうとした。その事実が断固として許せないだけであった。
「わしは関係ない! あいつらが勝手にやったことだ!」
「そんないいわけが通ると思うかい?」
「ぐっ!」
通らない。雇人には使用人の行為に関する責任がある。それが二人も語らい合って人殺しを犯そうとしたのだ。その監督責任を問われるのは当然だった。
「依頼の達成には皿一枚の毒無効化が足りないそうですが、それに茶々を入れたのはご当家側となります。ですので、現時点で依頼は達成したと見なさせて頂きます」
「むう……」
モンド氏は魔術師ギルドとしての立場を淡々と告げた。
文句があってもいい返せない。ヤルギスは食いつきそうな目でスタンをにらみ返すことしかできなかった。
「依頼達成の承認書です。こちらにサイン願います。依頼報酬は月末までにギルドに払い込みください」
「わかった……」
皿が一枚足りないものの、毒無効化の効果はカルマが体を張って証明して見せた。ヤルギスとしては毒から身を守るという目的を達成しているので、特に問題はないはずだった。
「依頼の話はこれまでですが、もう一つ決着しておかなければいけないことがあります」
「もう一つだと?」
「魔術師ギルドに喧嘩を仕掛けたことに対する賠償金です」
「賠償金⁈」
モンドの言葉に、ヤルギスはこぼれんばかりに目を見開いた。
「いわば戦争賠償金だ。金貨千枚、といいたいところだが、よかったな。全面衝突となる前に片がついた。半分の金貨五百枚に負けとこうじゃねぇか」
「金貨五百枚だと! そんな――」
「バカなとはいわせねぇぜ。いやだというなら戦争再開だ。手始めにこの屋敷は柱一本残さずに更地にしてやる」
スタンが右手を持ち上げてぎりっと拳を握り締めると、バチバチとそこから火花が散り、拳の周りに炎の輪ができた。
炎撃拳。
火炎魔術と格闘術を組み合わせたスタンの得意技だった。純粋な「力」と「炎」の融合。
特に攻城戦など建築物の破壊に威力を発揮する複合技であった。
スタンが本気で暴れだせば、要塞ではないただの邸宅など数分と耐えられぬことだろう。
「……わかった。金貨五百枚、用意しよう」
「よし。話はこれで終わりだ。俺たちは帰るぜ。邪魔したな」
スタンは炎を消して立ち上がり、引き上げるぞとカルマに目配せした。
カルマもこれに続いて立ち上がりながら、それでも一言いわずにいられなかった。
「ヤルギスさん、旦那が死んだら誰が商売を継ぐんでしょうね。その辺りがきな臭いんじゃない?」
「かっ?」
ヤルギスの口が大きく開かれたが、そこからことばが出てくることはなかった。
急に顔をのしわが増えたように見えるヤルギスを残して、スタンたちは魔術師ギルドへと戻った。




