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ポンコツ付与魔術師カルマは今日もどこかでやさぐれる  作者: 藍染 迅


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第16話 恐怖の人体実験

 調理台にずらりと並べられた皿の数はおよそ四十枚。これだけの数となれば鑑定スキルの行使にも最大限の集中が必要だった。


 キーンと張り詰めた鋼線を鳴らすような音が響き、朝霧の刀身を納めた鞘がカタカタと鳴った。


『一列目の右から三番目。三列目の左から二番目。この二枚が付与枠四つだ』


 鑑定結果を告げる朝霧の声がカルマの頭の中に響いた。


 カルマはその二枚を取り上げ、ほかの皿を片付けさせる。


「後二枚か。何とかなるかも?」


 五回同じことを繰り返し、総数約二百枚の皿を鑑定したが、付与枠を四つ持つ個体は合計三枚にとどまった。


「残念。一枚足りないかぁ。仕方ない。足りない分は後にして、ほかの食器の鑑定を進めよう」


 ボウル、ゴブレット、カトラリーの順に鑑定を進めた。幸いにも皿以外の食器については必要な数を用意することができた。


「皿が一枚足りないけど、今手元にあるものだけでも毒無効化の付与をしておきましょ」


 選別しておいた付与枠四つを持つ食器類を、カルマは調理台の上に並べさせた。


「皿よ、汝に授けるは毒素分解の力。その身の空虚を埋めること四度、重ねてわが力を受け取るべし。毒素分解×4!」


 カルマの手の下で三枚の皿が白い光に包まれた。


『うん。付与枠が埋まった。毒素分解×4の付与が成功したよ』

(ふう。さすがに四枠重ねがけは集中力がいるわね。疲れがたまる前に一気にいこうか)


 カルマは自分を励まして、残りの食器にも毒素分解×4の能力を付与していった。


「はい! これで終わり!」

「終わったか。ならば、毒無効化が得られたかどうか、試させてもらうぞ?」

「いいけど、どうやって試すつもり?」


 作業を見届けた執事のジェームスが付与の効果を確かめたいという。屋敷側でも鑑定士を用意したのかとカルマはその姿を探した。


「なに、簡単なことだ。これらの食器を使って、お前に食事をしてもらう」

「ん? えーと、それって……」

「致死毒入りの料理だ。『毒無効化』を試すのだから当然だろう?」

「ぇえーっ? 聞いてませんよ?」


 この依頼が塩漬け案件になっていた理由がこれだった。過去に挑戦した付与魔術師は、毒入りの料理を食べて全員死んでいる。

 カルマがいったように、完全に毒を無効化するのは至難の業なのだった。


 カルマの動揺をよそに、あっという間に食事の用意が整えられた。ご丁寧にワインまでゴブレットに注がれている。


 調理台ではメイド長のマリアが震える手でガラスの小瓶から透明な液体を料理に注いでいた。


「神よ、許したまえ……」


 はらはらと涙まで流したのは、過去に何人もの付与魔術師が死んでいったのを見てきたためか。


(うおーい、やな展開! 逃げたいよぉ! 食べなきゃダメかなぁ)

『どうも逃がしてはくれないらしいよー。護衛らしき人がいつの間にか出入り口をふさいでいるね』

(アンタ、他人事だと思ってのんびりしてるわね。大丈夫だとわかっていても毒入り料理とか食いたくねぇ―!)


 カルマが付与した毒素分解の能力は、毒の効果を十分の一に弱める。四回の重ねがけは相乗効果をもたらし、十分の一の四乗、すなわち一万分の一に毒素を減少させることができるのだった。

 ここまで効き目があれば、たいていのことでは毒に倒れることはない。


 しかしだ。致死量の一万倍を超える毒を盛られた時はこの限りでない。一万分の一に毒を弱めても、なお致死量を超えていることになる。


 カルマが「毒無効化の付与は難しい」といった理由がここにある。


『果たしてあの毒は致死量の何倍だろうねぇ?』

(うう……、食べたくないよぉ)


 そうこうしている間に折り畳み式のテーブルと椅子が用意され、簡単な食卓ができあがった。

 皿にはパンケーキ、ボウルにスープ、ゴブレットには赤ワインが満たされている。ありがたくもすべて毒入りだ。

 食卓にはナイフ、フォーク、スプーンが一本ずつ並べられている。


「さあ、遠慮せず平らげてもらおう」


 ジェームスに背を押され、カルマはひきつった顔で席についた。


「ええい! どうとでもなれっ! 女は度胸! アタシの付与魔術は完璧だい!」

「そうだ。食べる前に教えておこう。マリアが盛った毒は一品につき致死量の百万倍だ。残さず食べてくれ」

「ええっ!」


 ジェームスが衝撃の事実を宣告した。驚愕したカルマは思わず腰を浮かせたが、出入り口の護衛がすらりと剣を抜く姿を見て椅子に座り直した。


 逃げることは許されない。


 脂汗をかきながら、カルマはナイフとフォークを手に取った。押えられない恐怖で両手が小刻みに震える。

 歯を食いしばってパンケーキにフォークを突き立て、ナイフで端を切り分けようとした。


「くっ!」


 力を込めると震えが大きくなり、カチカチと食器が音を立てた。


 せめておいしく食べようというのか、カルマはナイフの腹でバターとシロップを掬い取り、切り分けた切れ端に塗りつけた。


「うう……」


 パンケーキの切れ端が刺さったフォークを口に運ぼうとするが、手がいうことを聞かない。

 カルマは右手のナイフをテーブルに置き、フォークを持つ左手の手首をつかんで手の震えを押えようとした。


『カルマ!』


 目を閉じて恐怖に耐えていたカルマは、朝霧の叫びとともにかっと目を開き、パンケーキにかぶりついた。

 体を硬くしてパンケーキを咀嚼し、目をつぶってごくりと飲み込んだ。


「休まず食べろ」


 ぽたりと脂汗を垂らしたカルマに、ジェームスは冷たく先を促した。

 

『カルマ、しっかりして! 自分の付与魔術を信じるんだ!』


 頭に響く朝霧の声。それを聞いてカルマの表情に変化が現れた。


「ガタガタうるさい。食事くらいゆっくりさせて」

「何だと?」


 様子の変わったカルマを見てジェームスが眉を寄せると、カルマはテーブルからスプーンを取り上げた。


「せっかくのワインがまずくなる。静かにしてちょうだい」


 そういうと手にしたスプーンをゴブレットに差し込み、赤ワインをゆっくりかき回した。


「ああ、デキャンタにも魔法付与しておけばよかったわね。あとでそうするわ」


 カルマはスプーンをテーブルに戻し、ゴブレットをゆっくりと唇に運んだ。


「やっぱりいいワインねぇ。一瓶もらって帰ろうかしら」


 ひと口味見した感想をいうと、カルマはゴブレットをきゅうっと空にした。


「このワインにパンケーキの甘さは合わないわね。これはこれでおいしいから文句はないけど」


 先ほどまでの震えはどこへやら、カルマはすいすいとパンケーキを切り分けて口に運んだ。見る間に皿の上がきれいになった。


「あとはスープね。透き通ったきれいなコンソメ。やっぱりお金持ちが口にするものは違うわ」


 手間暇のかかったコンソメを、カルマはあっという間に平らげた。


「ごちそうさま。これでいいかしら?」

「うむ。三十分様子を確かめさせてもらう」


 ジェームスは懐中時計を取り出して時刻を確認した。


「うーん。その間することがないと暇ね。デキャンタの魔術付与をやっておきましょうか?」

「わかった。マリア、用意しなさい」


 運よくマリアが並べたデキャンタの中に、付与枠を四つ備えたものが見つかった。

 カルマは手早くそれに毒素分解×4を付与し、これからはワインはそれを使って一度デキャンティングしてから食卓に出すようジェームスに注意した。


「三十分立った。異常はないようだな。うむ。お前の付与魔術、確かに毒無効化の効能ありと認めよう」

「ふうー。安全だとわかっていても毒入り料理を食べるのは精神的にきついわね」


 緊張を解かれた体で、カルマは大きなため息を吐いた。


『わたしの鑑定で安全と分かっていたんだがね』

(アンタがはっきりいわないから、こっちは気が気じゃなかったんでしょうに)


 致死量の百万倍毒を盛ったパンケーキは、皿単体では毒無効化できない。一万分の一に弱めても致死量の百倍毒を含んでいるからだ。

 それをナイフとフォークで切り分け、口に運ぶ。


 すると、さらに一万分の一に毒を弱める効果がナイフとフォークに上乗せされる。総合効果としては初めの一兆分の一にまで毒を弱められるのだ。

 そうなればほとんど害はない。


 ワインも同じ。ゴブレットだけでは効果が不足していたが、スプーンでかき回してやることで一億分の一にまで毒が弱まる。

 しかし、スプーンを使うのは不作法なので、カルマはデキャンタの使用をすすめたのだ。


「そういうことだから、どんな毒でも完全に無効化できるわけじゃないの。そこは注意してね」

「理解した。これ以上の毒性などおよそあり得ないことだ。効果は十分と判断する」


 依頼の完成にはもう一枚皿に魔術付与する必要がある。

 しかし、ここにはこれ以上の在庫がないので、カルマは直接販売元の商店を訪ねることにした。


「四重の付与が成功したらお皿をここに納品するわ」

「結構だ。それと引き換えに依頼の達成を承認しよう」


 ◆


 ヤルギス邸を出たカルマは教えてもらった商店へと歩いて向かった。


「いやあ、寿命が縮んだ気がしたわ」

『付与魔術師に人体実験させるとはねぇ。依頼の受け手がいなくなるはずだ』


 付与魔術師が行ったっきりで帰ってこないことが続けば、やがて噂になる。危険な依頼ということで受ける人間もいなくなった。

 よそ者のカルマは事情も知らずに、のこのこやってきたという訳だった。


『魔術師ギルドも事情は知っていただろうにねぇ。もう少し注意を促してくれてもよかったね』

「まったくよ。危険手当をせびってやろうかしら」


 ワインの力か、カルマの舌はよく回る。

 人ごみを縫って歩いていると、後ろからバタバタと駆け寄る足音が聞こえてきた。


「あんた! ちょっと! 待ちなさいって!」

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