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ポンコツ付与魔術師カルマは今日もどこかでやさぐれる  作者: 藍染 迅


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第14話 カルマ、大金を手にする

「いらっしゃいませ。トランブルの魔術師ギルドへようこそ」

「こんにちは。こちらで依頼を受けたカルマよ。依頼達成の報告に来たわ」

「かしこまりました。依頼票を確認させていただきます」


 カルマは魔術師ギルドの受付カウンターにやってきた。選んだのは前回と同じイケメンのモンド氏だ。

 選べるものなら話し相手にはイケメンを選ぶのが、カルマのポリシーだった。


 ブサイクは目の毒、イケメンは眼福というのがカルマの信条である。


「……ワイバーンの生き血採取ですね。あなたは確か『エルフの涙』を持ち帰った……」

「そのカルマよ。今回はワイバーンの生き血を持ってきた」

「こ、この短期間で?」


 経験豊富なモンド氏が目を丸くして絶句した。何年も塩漬けになっていた高難易度依頼を、わずか数日で二件片づけたとは。

 それも、このちんちくりんの魔術師が。


「はい。これがワイバーンの生き血よ」


 水筒に入れて密封したものを、カルマはカウンターの上に置いた。


「こ、これが。恐れ入ります。鑑定のできるギルド員に確認させます」

「結構」


 モンド氏は水筒を受け取り、部屋の奥に控えた老婆に手渡した。どうやらこの年寄りが鑑定スキルか鑑定魔術を使えるらしい。

 そうしておいて、モンド氏はカルマを応接室へといざなった。


「驚きました。この短期間に『エルフの涙』とワイバーンの生き血を採取されるとは」

「運にも恵まれたわ。いってみたらすぐに機会に恵まれたもんで」


 ソファに収まったカルマは、鷹揚に受け答えした。イケメンの前で大物ぶるシチュエーションを存分に楽しむ。


 すぐにさっきの婆さんがやってきて、鑑定の結果ワイバーンの生き血に間違いなかったことをモンド氏に告げた。


「わかりました。カルマ様、おめでとうございます。依頼の達成を確認いたしました」

「ありがとう。早速だけど報酬の方を用意してくれる?」

「もちろん。ただ今持ってこさせます」


 モンド氏が取り寄せた報酬は金貨六十枚、半年分の食費に相当する金額だった。


(思ってたより多かったわね)


 報酬の受け取りにサインしたカルマは、手の震えを押えながら大金をカバンにしまった。


「これで残りは『毒無効化』の魔術付与だけね」

「そうなります。よろしければ依頼者の事情についてご説明させていただきますが?」

「ぜひお願いするわ。事前の情報収集が依頼達成の決め手なんだから」


 一端の専門家面をしてカルマはモンド氏に説明を促した。


「依頼人はこの町の資産家ヤルギス様です。ご自身が使う食器一式に『毒無効化』を施してほしいという内容です」

「食器一式って、どれくらいの数かしら?」

「皿四枚、ボウル二つ、ゴブレット一つ、ナイフ一、フォーク一、そしてスプーン一つだそうです」

「ええと、全部で十個っていうわけね。多いような少ないような」


 カルマにはお金持ちの生活など想像がつかない。どれくらいの食器をふだん使っているかなど想像がつかなかった。

 実際は魔術付与の難しさを考慮して、ぎりぎりの数に減らした結果だった。


「こちらに特に準備は必要ないわ。明日以降、いつ伺えばいいかヤルギス様のご意向を聞いてもらえる?」

「わかりました。確認の上、お泊り先の方へ連絡します」


 カルマは宿泊先の名前を教え、魔術師ギルドを離れた。


「冒険者ギルドにいってみようか?」

『さてはワイバーンの牙を換金するつもりだね?』


 カルマの知識ではワイバーンの牙を原料にする薬は存在しないはずだった。だとしたら、使い道がない魔術師ギルドより冒険者ギルドの方が高い値段で買い取ってくれるのではないか?

 そう見当をつけたので、魔術師ギルドではあえて買取を頼まなかったのだ。


「どうせなら高く売った方がいいからね」

『なかなかやるじゃないか。ワイバーンの牙は武器の材料になりそうだからね』

「命がけで倒したワイバーンだもの。稼がせてもらおうじゃないの」


 カルマはべろりと唇をなめて、欲深い目つきになった。


『顔に出てるよ。落ち着いていこう』


 朝霧につっこまれ、カルマはあわてて手で顔を擦った。


「こんにちは。素材の買取を頼みたいんだけれど」

「かしこまりました。では、専門の受付にご案内します」


 買い取りカウンターはロビーの奥目立たない位置にあった。


「こちらに素材を」

「これの買取をお願い」

「こ、これはっ! ワイバーンですね?」


 鑑定を待つまでもなく、受付嬢はワイバーンの牙を見分けて見せた。

 ためつすがめつ日本の牙を観察していたが、納得してカウンターに戻した。


「結構です。傷のない成獣の牙二本。上物と判定いたします。討伐報酬を含めた当ギルドの価格リストはこちらです」


 慣れた手つきでカウンターの裏から買い取り価格の一覧表を取り出してきた。


「こ、この値段? ふうん、まあ妥当なんじゃない?」

「ご納得いただけましたか? それでは現金を用意します」


 カウンターを離れていく受付嬢の背中を見ながら、カルマは胸のドキドキを押えるのに必死だった。そっとハンカチを取り出して、額の汗をぬぐう。


(魔術師ギルドで受け取った報酬の倍以上じゃない!)


 牙二本で金貨百四十枚。ワイバーンの牙の買取相場はカルマの想像以上だった。


「苦労したかいがあったわ。どっかの妖刀がなまくらになっちゃったせいで、聖剣ボウで切り取るのが大変だったんだから」


 切れ味向上を多重付与してあるとはいえ、聖剣ボウは棒切れである。先端が丸まっていて刺さらない。

 一所懸命ワイバーンの歯茎を削ぐようにして、牙を切り取ったのだった。


『思いもよらずお金持ちになっちゃったね』

「さすがにこの量の金貨は持ち歩けないわ。銀行に預けましょう」


 カルマは当面の生活費として金貨十枚を手元に残し、それ以外を銀行に預けた。


「しかし、憂鬱になるわね」

『何がだい、カルマ? 収入が多くてウハウハじゃないか?』

「そのことよ。魔術付与のお店を開いていた時は金貨一枚稼ぐのも大変だったのに、片手間の冒険者でこんなに稼げちゃうなんて……。何だか割り切れない」


 大金を手に入れたこと自体はうれしい。だが、どうにもこうにもあぶく銭だ。

 汗水たらし、苦労して手に入れたという実感が伴わない。


『カルマの気持ちもわかるけど、あのお金も立派な稼ぎだ。命の危険を冒してまで依頼を達成したんじゃないか。胸を張りなよ』


 朝霧が励ましても、カルマの心が完全に晴れることはなかった。


「アタシって付与魔術が本当に下手くそなのね。今になってどれだけ商売が下手だったかがわかってきたわ」

『そんなことないさ。両足への速度向上、耐久性向上など体にかけた付与魔術のおかげで、依頼を達成できたんじゃないか。カルマの付与魔術は十分役に立っているよ』

「それもこれもアンタの鑑定スキルがあるからだし。あれがなければアタシなんかただの耳くそよ……」


 カルマは思わぬ大金を手にしたことで、かえって自信を失っているようだ。こんな時はどう慰めても心に灯りを灯すことができない。


『今晩は少しだけお酒を飲んでもいいんじゃないか? 依頼を達成したお祝いってことで』

「……うん」


 その夜、宿の食堂の片隅で静かに酒を飲むカルマの姿があった。


 ◆


「バカヤロー! 誰が耳くそらってェー! おら、酒もってこい、オヤジ!」

『カルマ、そろそろその辺で……』

「うるへい、豆腐包丁! だいたいお前のせいれアラシはこんな苦労してるんら!」

『わかったから、カルマ』

「わかっれないーっ!」


 結局手元に残した金貨十枚は、どういう訳かその日の飲み代で消えてしまったのだった。

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